9月からの中学校の授業では、平安時代あたりから授業が始まることになっています。
今、そのための準備をしているところです。
平安時代、というと、みなさんはどんなことを思い浮かべるでしょうか。
勉強する前の私が思い浮かべたのは、藤原道長、頼道、摂関政治、寝殿造、国風文化、貴族の時代、こんなところでしょうか。
私は高校のときに日本史を江戸時代からしか学んでいないので、私のなかの平安時代イメージはおそらく中学校で作られたものなのだと思います。
これらのイメージ、果たして歴史教育としてはどのような意味があるのでしょうか。
もちろん、歴史学の研究成果をふまえると、もっともっと取り上げなくてはならないことはたくさんあります。
藤原一族のなかでの政争しかり、初期荘園から墾田地系荘園、そして寄進地系荘園への変化、そして真言宗や天台宗、浄土宗など仏教世界の変化も欠かせないでしょう。
最新の歴史学研究の成果を踏まえ、それらを教育の現場にどのように還元するかということがこれまで議論されてきました。
こうした中学校での実践のなかで問題を立てるとき、たいていの場合、「平安時代をどう教えるか」「初期荘園をどう教えたか」などのような形になっているように思います。
私は、これらに対して非常に違和感を覚えます。
現在を生きる子どもたちにとって意味があるから中学校で歴史学習をするわけで、「最新の歴史学の研究成果」をただ教えるために中学校があるのではありません。
もちろん歴史学研究者は現在の問題意識に則って研究をしているわけですから、「最新の歴史学の研究成果」に学ぶところがないわけではないし、むしろおおいに参考にすべきです。
しかしそれらをただやみくもに、中学生にわかるかたちに変換し、出力すればよいというものではないはずです。
私なりの問題意識のなかから、平安時代という時代をどう捉え、歴史の授業のなかで意味づけしていくのか、これからの教材研究のなかで明らかにしていかねばと思っています。