今日は、長崎に原爆が落とされてから60年たった日です。

3日前には、広島の原爆の日を迎えました。

アジア太平洋戦争終戦後60年たった今、私たちは何を考えればよいのでしょうか。


「歴史」というのは、何らかのかたちで過去を再構成し、ことばとして残すという営みです。

(これには、文字に残すものも口頭で伝承するものもあります)

つまり、何を記憶していくのかということは、人間の意志によって選択された結果であるわけです。

逆に言うと、大変恐ろしいことですが、何かを意図的に「忘却」することもできるわけです。


今、アジア太平洋戦争を直接体験した世代が亡くなっていっているということが、教育の世界でも問題になっています。

これまでは、子どもが自分の祖父母から戦争体験を聞き取って、それで戦争の悲惨さを実感し、平和への意識を培うというのが、典型的な戦争学習、平和学習であったといってよいでしょう。

子どもたちにとって、自分に身近な人の口から発せられることばは非常に重みのあるものだと思います。

しかし、そういった教育活動が困難になりつつあるというのが現状です。

親はもちろん、教師さえアジア太平洋戦争に対する「実感」を失いつつあります。


そういったことに対する危機感を、広島の平和記念資料館でも感じることができました。

資料館の側でも被害者の遺品を保存し、収集する呼びかけをしているようですし、遺族の側も、遺品を大事にする人が高齢化したり亡くなったりするなかで、二度と戦争を起こさない、戦争のことを忘れないために、資料館に遺品を寄付し、後世に伝えていきたいというようなことがあるようでした。


アジア太平洋戦争に対する「実感」を失いつつある我々の世代、そしてこれからの世界を生きていく子どもたちに対して、どのようにこの歴史という「記憶」を継承してゆけばよいのか、大きな課題です。

少なくとも、これまでどおりの平和学習・戦争学習では、子どもたちが意欲や実感をもって学ぶことはできないでしょう。

現在DVDなどで多くの映像史料は残されていますし、さまざまな実物史料(赤紙や日章旗など)もありますから、当時のようすを追体験させたり共感させたりすることはできるでしょう。

しかし今考えなければならないのは、アジア太平洋戦争という歴史的事実のなかから、何を「記憶」していくのかということを再検討することです。


いい例かはわかりませんが、「新しい歴史教科書をつくる会」の人々は、これまでの日本の加害を中心に取り上げる歴史像に対して「自虐史観」であると批判しています。
個人的には賛成しかねますが、一方で加害だけを取り上げる歴史像も、結局はこれと同じ構造をもっているといえます。

歴史の学習のなかで、近現代の学習をどう再構成していくか、これからの大きな課題になるのです。