今日はサルから人間に変わり、日本列島が大陸から独立するお話でした。
ただ「アウストラロピテクス」とか「ネアンデルタール人」とか叫んでも面白くないので、人間とサルの違いは何なのか?ということを主発問に据えて、そこから授業を展開していきました。
その主発問のしかたなんですが、結果的に二種類の問い方をして、リアクションが大きく違いました。
初めのクラスでは、「人間とサルの違いは○○である」の○○に当てはまる言葉を考えなさい、と問いました。(「 」内を板書)
そうすると、返ってくる答えは、「二足歩行」や「火を使う」「言葉を使う」など、およそ模範解答といえるようなものだけでした。
頭固いね~なんて冗談ぽく言っても、やっぱり固い答えしか返ってきません。
それじゃあおもしろくないなぁと思って、二つ目のクラスでは発問を変えました。
サルと比べて、「人間は○○する動物である」に当てはまる言葉を考えなさい。(「 」内を板書)
そうすると、「記憶する」「学習する」「いじわるする」「恋愛する」「プリクラを撮る(笑)」などなど、非常に人間らしい感性にあふれた解答が返ってきました。
後者の発問でも、もちろん「二足歩行」や「火を使う」などの解答は出てきます。
授業ではそれらを今日の学習内容として生かしながら、一方で人間味あふれる解答の方をこれからの歴史学習で考えていく課題として挙げるというかたちにしました。
おそらく、板書に残っていた問いを子どもは意識したのだろうと思います。
前者の問いでは、「人間」と「サル」があまりにも対比的になりすぎていたので、「賢い」解答が多かったのでしょう。
後者の問いでは、より「人間」にクローズアップしているように見えるため、より人間らしい感覚で答えてくれたのだと思います。
これから人間の授業をやっていくわけで、現在の感性であろうとも、人間味を大事にしながら、過去の文脈に落としていってあげたいと思うのです。
発問や板書事項で子どもの思考が左右されることを改めて実感しました。
きちんと吟味しなければ、と反省した今日でした。