昨日に引き続き、(2)と(3)の観点から、自分の授業の課題について書いてみたいと思います。
自分の授業では、(2)の授業の展開部においては比較的子どもの意見を聞いたり、考えさせたりということを行うことができていると思います。
しかしそのあとの展開に課題が残ります。
それは、展開部で出てきた意見をどのように集約し授業のまとめとしていくのか、ということです。
自分がする発問は、一問一答のように解答が明確なものはほとんどなく、どうとでも答えることが可能なものが多いです。
実に多様な解答が子どもから出、そのこと自体は非常に喜ばしいことであると思うのですが、その出てきた解答を整理し評価していくのがどうしても教師主導になってしまうのです。
先日ご紹介した、反日デモを教材化した実践について具体的に考えてみたいと思います。
前半の部分においては、「中国の人の立場に立ってなぜ反日デモを行おうとするのかを考えてみよう」という発問に対して、子どもたちからは実に多様な解答があり、基本的にはすべて板書をしました。
しかしこの発問をした教師側の意図は、現在の問題を考えるためには歴史の問題を考えなければならないというものであり、子どもに出てきた意見の共通点を探させながらも、歴史の問題が共通している、だから歴史の問題を考えなければならない、というように極めて教条的な結論を教師が解説して終わりになってしまいました。
なんというか、自分の実感としては「尻すぼみ」でおもしろくない、と感じます。
授業のなかで出てきた子どもの言葉をどのように教師の意図とかみ合わせていくか、あるいは子どもの言葉で授業をまとめていくかということが課題です。
子どもの言葉が授業に生かされれば、子どもにとって実感のある歴史認識になりうるのではないかと感じるからです。
これらの課題をどのように克服していくか、これから考えなければ、と思っています。