佐藤正幸『歴史認識の時空』(2004 知泉書館)という本に出会いました。
この本は「人間が過去をどのように認識し過去と対峙してきたかを明らかにする」ことを目的としているようです。
まだ目次をぱらっと読んだ程度ですが、「歴史を学ぶことの意味の探究」が研究テーマの重要な一部である自分としては、非常に興味深い本です。
423ページからなる大著なので読み込むには時間がかかりそうですが、少しずつでもここでご紹介できればと思っています。
佐藤氏が指摘されているように、これまで歴史学において個別の歴史的事象についての研究は蓄積は厚いいと思いますが、歴史を認識するという人間の行為自体に着目したものはなかなかなかったように思います。
とはいえ、歴史学論とでも言うような分野の本も決して少ないわけではありません。
例えば、E・H・カーの『歴史とは何か』、小谷汪之の『歴史の方法について』のふたつは私の「歴史」観に大きな影響を与えてくれました。
他にもいわゆる「大家」と呼ばれる歴史家は、たいてい歴史学の意味を問うような論考を残しています。
しかし、それはあくまでも本流の歴史研究を踏まえたうえでの補論であり、それ自体が研究の対象にはなってこなかったのではないでしょうか。
しかし最近の混沌とした社会の状況は、歴史学がもつ意味、歴史学の存在理由自体も問い直す時期にきていることを示しています。
歴史学研究会の大会テーマなどを見てみても、それが垣間見えるように思います。
例えば認知心理学や社会学、教育学などの研究方法も援用しながら、「人間が歴史を認識することの意味」を研究していくことは、極めて重要なテーマであるように思います。
「創業百年」の和菓子屋と昨日オープンの和菓子屋、受けるイメージは違いませんか?
「新しい教科書をつくる会」の人たちはなぜ歴史にこだわるのでしょう?
現在起きている「反日デモ」、中国の人たちと日本の人たちの捉えかたの違いは何なのでしょう?
カーの「歴史とは何か」という問いは、現在においても輝きを失っていない、永遠の問いであるように思います。