正直、授業としてはあまりうまくいきませんでした。

 

新聞記事やニュースを見たあとの子どものコメントは、なかなかによいものが多かったです。

今さら日本を責めても意味ないじゃないかという意見。

中国は戦後ずっと我慢してきたのだから日本も誠実に対応すべきとの意見。

暴力的行為に対する否定的意見。

過去の歴史を把握して日中関係を見るべきだとする意見。

中国人が子どもっぽいとする意見。

靖国参拝問題、教科書問題を指摘する意見。

 

意見の多様性という意味ではすごく良かったですし、子どもたちに意見を聞いている段階では良い雰囲気でした。

ただ、もう少し教室がざわざわして小さな話合い(?)のような感じになってほしかったのですが、まだ学期当初で慣れていないのもあって、そういうふうにはなりませんでした。

これはきっと、教師の方の指示として、議論すべき論点が、議論しにくいものだったというのがあると思います。

子どもたちは、意見は言ってくれるのですが、踏み込んで理由や根拠を聞いてみても答えられません。

よく考えてみれば当然ですよね、まだ中学校での歴史の学習をしていないのですから。

中には塾やニュースなどで知識豊富な子もいるのですが、彼らでもやはりうわべ上の知識というか、知識の深まりがないのがよくわかります。

そこで本当は靖国参拝問題をはじめ、いろいろ反日デモに至る背景を説明してあげたいのですが、歴史や公民の学習をしていないので、使うことのできる言葉が限られ、その結果、なんだかわかったようなわからないような説明しかできませんでした。

 

その結果、今回歴史の導入単元として意図した、現在の社会的事象を理解するためには歴史を理解しなければならない、ということも、結局教師の方から説明してしまい、子どものこころには届いていないのではないかと思います。

 

もしこの学習を深めるのであれば、もう少し具体的な資料を与えて、それを根拠に論じられるような構成にするべきでした。

そうすればただ感性だけで問題を捉えるのではなく、科学的な思考も働かせた討論が組織できるのかもしれないと思います。

しかし今回そうしなかったのはあくまでも導入単元であり、討論の組織まで意図していなかったということがあります。

導入単元という意味では、子ども自身から「歴史を学ぶことは大切なんだ」という声がでるようにしなければならないと思います。

 

結論としては、導入単元としては不適切な素材だったのかもしれません。

もう少し子どもが感性や生活経験から捉えても問題のないようなものを学習の中心に据えなければならなかったと思います。

「反日デモ」はインパクトとしては強いですし、子どもの関心もあります。

政治的に難しい問題であるということもありますし、

しっかり時間をかけて、資料を複数提示して授業を構成すれば、地歴公民が融合した討論授業を組織できるのではないかと思います。

手ごたえとして、社会科の授業としての発展性はあるのではないでしょうか。

 

来週から、またがんばるぞ!