アメリカ議会での安部首相の演説をめぐる外務省の英語力 (7)

America andPost-War Japan
外務省訳:アメリカと戦後日本
 
Post war, westarted out on our path bearing in mind feelings of deep remorse over the war.Our actions brought suffering to the peoples in Asian countries. We must notavert our eyes from that. I will uphold the views expressed by the previousprime ministers in this regard.
外務省訳: 戦後の日本は、先の大戦に対する痛切な反省を胸に、歩みを刻みました。自らの行いが、アジア諸国民に苦しみを与えた事実から目をそむけてはならない。これらの点についての思いは、歴代総理と全く変わるものではありません。
 
 
最初に英語の原文だが、Post war を副詞句で、使っているようだが、post-warpostwar で「戦後の」という意味の形容詞で使うのが普通。ここは
After the war とすべき。
 
 「戦後の日本は、先の大戦に対する痛切な反省を胸に、歩みを刻みました。」とあるが、「戦後、私たちは先の大戦に対する深い反省を心に留めながら、私たちの道を歩みだした」と訳せる。
 
「自らの行いが、アジア諸国民に苦しみを与えた事実から目をそむけてはならない。」と一つの文になっているが、原文は二つの文から構成されている。「私たちの行ったことがアジアの国々の国民に苦しみをもたらしました。私たちはそれから目を背けてはなりせん。」とある。
 
「これらの点についての思いは、歴代総理と全く変わるものではありません。」と訳されているが、in this regard と単数になっているので、「この点については」とすべき。
「わたしは、この点については歴代の首相によって表明されている見解を変えることはありません」となる。
 
We must all themore contribute in every respect to the development of Asia. We must spare noeffort in working for the peace and prosperity of the region. Remindingourselves of all that, we have come all this way. I am proud of this path wehave taken.
外務省訳: アジアの発展にどこまでも寄与し、地域の平和と、繁栄のため、力を惜しんではならない。自らに言い聞かせ、歩んできました。この歩みを、私は、誇りに思います。
 
外務省訳では、原文の4つの文が3つに短縮されている。
「アジアの発展にどこまでも寄与し」とあり、in every respect「どこまでも」と訳しているが、「あらゆる点で」が一般的。また、all the more という表現が活かされていない。「だからこそいっそう」となる。
 
地域の平和と、繁栄のため、力を惜しんではならない」とあるが、正確には「その地域の平和と発展のために働く努力を惜しんではぜったいにならない」。
 
「自らに言い聞かせ、歩んできました。」とあるが、allthis way のニュアンスが伝わっていない。「そうしたことすべてを自らに言い聞かせながら、私たちはようやくここまで歩みを進めてきました」となる。
 
「この歩みを、私は、誇りに思います。」と素っ気ないが、「私は私たちが辿ってきたこの道を誇りに思います」とある。
 
70 years ago,Japan had been reduced to ashes.
Then came eachand every month from the citizens of the United States gifts to Japan like milkfor our children and warm sweaters, and even goats. Yes, from America, 2,036goats came to Japan.
外務省訳:焦土と化した日本に、子ども達の飲むミルク、身につけるセーターが、毎月毎月、米国の市民から届きました。山羊も、2,036頭、やってきました。
 
70 years ago 70年前」が抜けている。また、原文では had been reduced と過去完了になっているが、ago という副詞は過去形で使うので、
was reduced とすべき。「70年前、日本は焦土と化しました」となる。
 
「子ども達の飲むミルク、身につけるセーターが、毎月毎月、米国の市民から届きました。山羊も、2,036頭、やってきました。」とあるが、正確には、「子供たちのための牛乳、暖かなセーターやヤギのような贈り物までがアメリカの国民から毎月毎月届けられました。そうなんです、アメリカから2036頭のヤギが日本へ贈られてきたのです。」となる。
 
And it was Japanthat received the biggest benefit from the very beginning by the post-wareconomic system that the U.S. had fostered by opening up its own market andcalling for a liberal world economy.
外務省訳:米国が自らの市場を開け放ち、世界経済に自由を求めて育てた戦後経済システムによって、最も早くから、最大の便益を得たのは、日本です。
 
一見すると良さそうに見えるが、原文でよく分からないのが、a liberal world economy という表現。「自由経済」の場合は a free economy となる。a liberal economy とはいわない。なぜ liberal をつかっているのかが分からない。「自由主義の世界の経済」ということなのだろうか?
 訳では、「世界経済に自由を求めて」とあるが、原文がいおうとしているのは、「自由な世界経済を求めて」である。calling for a free market
 economy in the world とすれば問題なかったかと思うのだが。
 
Later on, fromthe 1980’s, we saw the rise of the Republic of Korea, Taiwan, the ASEANcountries, and before long, China as well.
This time, Japantoo devotedly poured in capital and technologies to support their growths.
Meanwhile in theU.S., Japan created more employment than any other foreign nation but one,coming second only to the U.K.
外務省訳: 下って1980年代以降、韓国が、台湾が、ASEAN諸国が、やがて中国が勃興します。今度は日本も、資本と、技術を献身的に注ぎ、彼らの成長を支えました。一方米国で、日本は外国勢として2位、英国に次ぐ数の雇用を作り出しました。
 
aswell があるので。「下って、1980年以降、韓国、台湾、アセアン諸国が台頭し、そしてまもなく中国も興隆してきました。」となる。
 
「一方米国で、」とあるが、「一方」の後に読点を入れ、「一方、米国では、日本は他のどの外国よりも多くの雇用を創出し、それは英国に次ぐものでした」となる。
 
 
このAmerica andPost-War Japan というセクションでは、全体として、英語の原文の間違いが多いのが気になる。
 
(続く)