小さなものに縛られぬ小さな自由
尾崎の歌のように、何かから卒業し、何かを手に入れたと思わされた。
実際には次のステージで必要な方程式や、お約束を詰め込まれただけ。
より大きなものに縛り付ける為に、必要不可欠な物を植え付けられるための教育。
国民という名の奴隷を飼育する為の飼育期間。
豊臣兄弟を見ていて、空には境界が無い。
境界が無ければ、争いも起こらないと。
毛利衛という宇宙飛行士が、宇宙からみた時、国境線は見えなかったと。
境界とは人間が勝手に引いた線。
とは言え、本能的に境を決めてしまうのだから、諍いは本能的に起こるものなのだ。
精神的な、生理的な距離感。
パーソナルスペース。
他者を受け入れたくない、拒絶したい距離。
嫌な思いをするのはとてもストレスになる。
ただ距離感が近しいだけで嫌われる。
現在は物理的距離だけでなく、SNSでの絡み方の距離感も注意が必要。
自由に自分を表現出来る空間においても、他者との距離感をはかり、様々な制約を受けながら発信する。
自由とは不自由との等価交換なのだろう。
本当は存在しないものなのかもな。
