同時にニューヨークに降り立ってから15年という節目。
当初は1年で帰る予定が、何もないゼロの状態からダンスを通じて繋がりを築き、気づけば15年。特に近年は、毎年色々な国を飛び回る生活が軸になっているので、実際に滞在している時間はもう少し短いかもしれませんが、それでもニューヨークは僕のアイデンティティを形作る揺るぎない基盤です。
当時からの仲間の多くは母国に帰国しましたが、当時から今も残っている友人は、大きな刺激になります。
帰る場所があるって事は、本当に有難いこと。同時にある意味で逃げる場所にもなり得る。
少なくとも、15年前の僕には無かった。仕事を辞めて勝手に来てしまったので、少なくとも無いと感じていた。
ダンサーを目指した日々の中で再確認したのは、昔から胸に抱き続けていた「先生になりたい」という想いも捨てたくないということ。
表現者として可能性を追求する一方で、その経験を次世代に繋ぐ教育への情熱も強くあります。現在はその二つの夢が混ざり合い、世界を舞台にする今の自分だからこそ体現できる、新しい表現と教育の在り方を模索しています。
新潟という都会ではない場所で生まれ育ち、そこで過ごした幼少期、僕の視界に入っていた世界は本当に限られたものでした。
しかし、アメリカ、そして45カ国を巡り多様な生き方に触れる中で「世界」という概念は大きく書き換えられました。
ニューヨークにいると「世界で活躍している」と表現されることもありますが、実際に住んでみると、NYも日本も広大な世界地図の中では本当に小さな一部に過ぎません。
各地で会った現地の人と繋がることで、地図が急に体温を持って身近に感じられるようになりました。
過酷な環境でもインターネットなどを駆使して自ら猛勉強し、広い世界を見ようと未来を切り拓いている人たちが確実に存在しています。
自らの意志で世界を広げようとする彼らの熱量。
かつての僕のように外の世界を知らずにいる子供たちに「世界はもっと広くて、可能性に満ちている」と伝えたい。一つの場所に留まらず、自らが動き、求められる場所へと出向いていく表現教育者として、自分の生き様や踊りを共有していくこと。それこそが、僕の本当の意味での世界進出なのだと感じています。
数ヶ月後にどこにいるか分からない生活を続けることは、決して楽なことばかりではありません。
年齢を重ねる中で、ふと将来に対して漠然とした想いがよぎり、手の届く範囲の生活に惹かれそうになる瞬間もある。
かつて飲食店の店長としてルーティーンをこなしていた日々も、やりがいが無いことはなかったですが、今の自分にとって、決められた枠組みの中でただ日々を過ごしていくことは、少し物足りなさを感じてしまう部分もあります。
誰かが作った型をなぞるだけの人生ではなく、前例がなくても自分にしかできない道を追求したい。
15年の中で多くの経験や繋がりができてきた今だからこそ、その積み上げたものに甘んじてしまう危うさも感じています。
だからこそ、誕生日というこの節目に、ニューヨークに来たあの日の何も持っていなかった自分を改めて思い出し、中途半端な慣れや甘えを捨てて突き進みたい。
自分の使命は何なのか、与えられた才能も苦手なことも全てひっくるめて、誰かのために、そして自分のために何ができるのか。
今の自分を形成してくれた全ての出会いに感謝し、この歩みを止めることなく、また新しい旅へと踏み出したいと思います。
一度きりの人生、どんな環境にいても、自分自身の可能性を諦めずに大きな志を持ち続けよう。
そんな夢みたいな寝言は、耳タコかもしれないけど、果報は寝てもやってこない。
だから、これは自分へ常に言い聞かす。
2010年の時の自分から2026 の今の自分へ。
もう少しで辿り着くはずだから、もうちょっとお付き合いください。






