ひねもす日記 -20ページ目

ひねもす日記

僕が観た映画や聴いた音楽や読んだ本などについて書きます。書かないこともあります。

ペニシリン作っちゃいました。
というか、仁先生からすれば「発見」というよりは「再発見」ですかね。
 
いやあ、咲ちゃん。
(原作の設定では15,6歳。江戸時代の10代は今で言うたら20代くらいじゃないですか。てことは、綾瀬はるかさんでも決して無理があるということはない!!)
惚れてますね。つくづく。
立ち聞きが多いです(笑)。
仁先生に対して、完全に恋の一方通行スパイラルに入ってるじゃないですか。
想いは届くのですかねえ。

今日は後半、吉原に入るというので(?でも前回は普通に入ってましたな。)男装でした。
こんな綾瀬はるかさんも見てみたい、ということでね。

今夜の(もはや恒例の)「街を見下ろす高台」での2人の語らいは、咲ちゃんにとってツラい話になりましな。
それでも表面上は明るく気丈に振る舞う咲ちゃんに星三つ!!……ということでね。

  *  *  *
いくつか感じたこと。

1.咲ちゃんは、本当に仁先生の「未来から来た」という話を信じているのか?
2,仁先生は、未来(みき)さんに対して抱いていたのと同じ気持ちを野風さんに対しても抱くのか?

僕なりに気になるポイントがあるのだ。

また機会があったら、自分の疑問を洗い出す意味でもこれをネタにして記事を書こう。
おいら、この度、生まれて初めて……

「保険」に入りました。

生命保険です。

おいらみたいな金のないのは月々のお金だって払えやしないだろうと敬遠していたのですが、身近な知り合いの方にお世話になって負担額のたいそう少ないプランを提案して頂いたのです。

保険のシステムなどまったく知らない僕。

ま、そんな素人のために保険会社の人たちが働いてくれるんですけどね。

ありがたいですよ。

あちらさんが「ありがとうございます」って繰り返してたけど、とんでもない。
僕は僕のことを考えて保険に入ったわけで、本当にこちらこそありがとうございますですよ。

皆さんは保険、入られてますか?
携帯打つのは右手?左手? ブログネタ:携帯打つのは右手?左手? 参加中
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僕のケータイ(ではないんですが)は横にして持つタイプのものなので、両手で打つことが多いんですが、縦画面の時には、そうですね、左ですね。
右手に何かしら持ちながら(タバコなり、菓子パンなり……)いじることが多いので。

僕は、ややこしいことに「利き手」がハッキリしていないのであんまり参考になりませんね。スイマセン。

右手で触ってると落としそうな気がして怖いですね。
僕の大事なiPhoneを落としてしまったら御先祖様に申し訳が立ちませんからね。

……一説に寄ると、「利き腕でない方の手」でメール打ち出すと依存症の疑いがあるらしいですよ。

怖いですね~。
僕はオッサンなのでプリクラなど撮ったことがないのです。

あんなものは若者の文化だと傍観しているのです。

しかし、
いいもんですね、プリクラ。

先日若い子らとプリクラを撮る機会があったのですが、
面白かったですよ。

変な意味ではないですが、あのプリクラのマシンの中というのはある意味でパラダイスですね。
密室だし。

若い子らがこぞってアレをやりたがる気持ちがオッサンにも理解できましたよ。遅ればせながら。
もう何年も前、とある音楽雑誌のライターさんがこういう記事を書いていた。

「桑田佳祐が『アーティスト』でないなら、日本にはアーティストはいないということになる」

今夜僕はこれを引用したいと思う。

「もしもMichael Jacksonが『スーパースター』でないなら、地球にはスーパースターはいないということになる」
  *  *  *
観てきました、
「This is it」。

この映画については、ていうかMichael Jacksonについては今さら僕なんかがどうこう言っても始まらんので言いませんが、非常に楽しい映画でした。

友人と一緒に観たのですが、彼は「ギタリストのお姉ちゃんが可愛い」と、そればかり。

確かに可愛かった。名前は、覚え損なった。

一流のアーティストを支えるのはやはり一流のスタッフなのですね。
全編リハーサル映像なのですが、それでも彼の音楽と動きに夢中になります。

奇しくも友人が言ったのですが、動きそうになる身体を抑えるのに苦労しますよ。

僕はMichael Jacksonのファン、というわけでもなかったので、使われてる曲を全部知っていたわけではなかったのですが、そんなこと関係なく楽しめます。

リハーサルとはいえ、マイケルの迫力に圧倒されます。

「あー、こんなふうにしてステージというものを作り上げていくのだな」と勉強。

本番ではないからボーカルもダンスもそれなりに力抑えてやってるんでしょうけど(ちょうど昨日のダルビッシュの「キャッチボール投法」のごとくに)、それでも特に身体の動きが、まあものの見事に曲に合ってる。
当たり前なんでしょうけどね。

あたかも、すべての楽器の音が彼の身体から発せられているかのように感じました。

映画館で映画を観てて、「ああ、終わらないでくれ」と思ったのは生まれて初めてでしたよ。