☆☆★★★

 

2020年公開。

住野よるの小説が原作。住野よるは好きなので、原作を読んでいます。好きですが、正直言ってこの小説は「う~ん」って感じ。住野よる作品はファンタジーが多いんだけど、こちらは青春小説。読んだ感想は、まんま「青くて痛くて脆い」。

そんなわけで、映画化されたと聞いてもまったく食指が動きませんでした。まぁ、観もせずに判断するのは早計かと思い、時間もあったので観てみました。

原作も「なんだかなぁ」だったけど、映画もそんな感じでしたね。いや、逆に原作を知らない人が観たらそれなりに楽しめたのかな?映画は時間的な制限があるから仕方ないんだろうけど、いろいろ説明不足で消化不良感は否めない。本筋を逸脱してフリースクールの描写を描き、オリジナルキャラのミズキを登場させた意図はなんなのでしょうか?楓と秋好の関係性、ドラマの展開に大きな意味を持たせたのでしょうか?そういう「オリジナリティ」という脱線をするくらいなら、楓の気持ちの揺れをもっと丁寧に描いてほしかったと思います。

住野よる作品にはありがちだけど、楓は正直言って性格が良いとは言い難い。陽キャと言うよりは、むしろ陰キャな属性。だからこそオーディエンスの共感も得られるんだろうし、掘り下げる余地もある。行動原理に意味があるキャラです。そう考えると、掘り下げが浅かったかなぁ、共感が薄かったかなぁ。どこに意味を持たせるべきだったかなぁ。モアイの結成、秋好との決別、逆恨み、行動と成功、反省と帰結といった原作の流れには沿っています。やはり最も見せ場となる楓の気持ちの揺れ、特にモアイに一矢報いた後に、自問し、その愚かさに気づいてしまうクライマックスが、上手く表現されていないんだよなぁ。これはやはり小説と映像作品の埋められない溝なのか。文章で書かれた数十ページを数分で表現してしまうんだから、なかなか観る側には伝わりにくいよなぁ、特に思考に連動した気持ちの変遷なんて。

小説では序盤のテーマとなる、楓と一緒にサークル「モアイ」を創設した秋好が「もういない」事と、現在のモアイの代表におさまる「ヒロ」との関係性が、映画ではバッサリと切り落とされていました。原作を知っていると、それでもう原作の醍醐味の半分が失われてしまったような気になります。確かに原作でも中盤で早々にヒロ=秋好であることは種明かしされます。映画でも楓は「秋好はもういない」と言いますが、中盤でモアイの代表として秋好が登場します。映画のように、楓にとって一緒にモアイを創設した同志としての秋好ではなく、巨大サークルとなったモアイの代表の秋好、に対する認識の仕方と、原作のように楓の手を離れ「ヒロ」と呼ばれるようになった秋好に対する違和感・距離感とは、やはり違うように感じました。小説と映画は違う作品ですから、敢えて寄せてはいないというのであればそれでもいいのですが、秋好に対する気持ちが原作と映画とでは、微妙に違うような気がしました。

楓役の吉沢亮は、楓を演じるにはイケメン過ぎるかな。秋好役の杉咲花は、演技力には申し分なし、秋好のイメージかどうかは人によるか。薫介役の岡山天音は安定ですね。ぽんちゃん役の松本穂香は、あえてああいうフワフワぼんやりした演技をしたのでしょうか。全てお見通しの上で、あえて緩いキャラを演じていたような感じもするのですが、それの意図するところまでは描かれていませんしね。脇坂役が柄本祐というのは、ちょっとイメージじゃないですね、もっとニヒルで倦怠感のあるイメージなんだが。役者さんはそれぞれに良い味出していたと思います。映画版「青くて痛くて脆い」としては、それなりに良い出来だったのかもしれませんが、やはり原作を知っていると比べてしまうのは仕方がありません。

原作を読んだ方にはお勧めしませんが、先入観のない方は新鮮な印象を受けるかもしれません。今時の映画だけあって「SNSによる拡散」という手法もとられているし、現実味があるのではないでしょうか。