しかし、高温でも融けにくい上、非常に硬いため加工が難しく、利用価値が見いだされなかったのである。
1736年、同地を訪れたスペイン人のアントニオ・デ・ウリョアがこの金属を発見した後、ヨ-ロッパに運ばれて高値で売買されるようになったのは、イスラム世界を経て受け継がれていた錬金術師たちの技のおかげであった。
彼らはプラチの加工に成功しただけでなく、鉛を混ぜることで金に似た輝きを放つ合金を造り出したのである。
このため、ヨ-ロッパ人は貴金属の原料としてこぞってプラチナを買い求めたのだ。
写真は、現在のポパヤンの町並み。
