プロレスは日本では馴染みのないスポ-ツだったが、その人気を煽ったのは、新聞やテレビジョンによる前宣伝だ。
2月17日に来日したアメリカ人選手の目玉は、NWA世界タッグチャンピオンのシャ-プ兄弟。二人とも身長は約2メートル、体重は110キロを越える筋肉隆々たる巨漢選手だ。
一方、日本人選手の中心は、かつて日本選手権10連覇を成し遂げた「柔道の鬼」木村政彦と、元大相撲関脇の力道山。日本の国技を背負った二人が、アメリカ人の持つ世界王座に挑むというのだから、興味を引かずにはおかない。
東京では19日から21日まで蔵前国技館で3連戦が行われたが、果たして連日の超満員。会場に入れなかった人間は日本テレビとNHKによるテレビ中継で渇きを癒すこととなったわけだが、東京の新橋駅前の街頭テレビの前には、2万人を越える大観衆が集まり、交通渋滞まで引き起こしたほどだった。
ほとんどの日本人はプロレスを初めて目にしたはずだが、あっという間に、その魅力にとりつかれてしまった。こんなに面白くて激しいスポ-ツは観たことがなかったからだ。
特に観客の心を掴んだのは力道山だ。素早く交替して木村を攻めるシャ-プ兄弟。力道山も加勢に出ようとするが、正式にタッチしなくてはダメだとレフリーの沖識名に制止されて、なかなかリングの中に入れない。ようやく木村のタッチを受けてリングに飛び出した力道山は、それまでの鬱憤を晴らすかのように勇猛果敢の大活躍。相撲の張り手を進化させたという必殺の空手チョップでシャ-プ兄弟をメッタ打ちにしまくった。
観客の興奮が最高潮に達したのが、まさに、この瞬間。日本人がでかいアメリカ人をバッタバッタと薙ぎ倒す-終戦以来、日本人なら誰しも抱き続けていたコンプレックスを力道山が見事に晴らしてくれたのだ。
蔵前での3連戦を終えた後、一行の闘いは地方でも繰り広げられ、プロレス旋風は日本中を駆け巡った。その間に行われたタイトルマッチは都合3回。結局、王座を奪うことはできなかったものの、国民に夢と希望を与えてくれた力道山は一躍、日本の英雄となった。今後、さらに経験を積めば、近い将来、必ずや世界チャンピオンになって、日本人の強さを世界中に示してくれるに違いない。