2014年の11月、Dトラッカーという中古の二輪車を探しに北摂に行くことがあった。

そのついでに、昔住んでいた辺りを散策することにした。

 

駅前の交通量の多い繁華街を通り、銀行と小学校に挟まれた歩行者と自転車しか通れない路地を抜け、住宅地に入る。


大きな屋敷が立ち並ぶ区画を過ぎ、さらに東へと10分ほど歩いて行くと、四辻の角にベージュ色の外壁塗装をしたマンションが見えた。

 

その一階の隅にある3DKの狭い部屋で、一家四人が過ごした時間が自然と思い起こされた。

元号が昭和から平成に変わった直後のことだった。

 

 

「はい、もしもし山本です。 あ、亮平ですか? 少々お待ちくださいね」

夜の七時過ぎに電話が鳴った。この時間の電話は嫌な予感しかなかった。

 

そして、案の定、私が電話に出ると、「今から来なさい」と一言、不愛想で野太い声が受話器の向こう側から聞こえてきた。

 

「今からまた行ってくるわ」

「今から行くの? 今日は塾の日とちがうでしょ?」

「しゃあないやん、呼び出しやから」

 

この付近では「がんばれ塾」と言うと、かなりマニアックでニッチな塾として知られ、そこに通っていると言うと、他の生徒からは小馬鹿にされたり、冷笑される空気もあった。

 

建物はモルタルの木造二階建て、文化住宅と呼ばれる年季の入った代物で、簡素で背の低い、粗末なブロック塀に囲われ、偏執病に罹った画家が描きそうな陰気で重苦しい雰囲気が始終漂っていた。

 

玄関灯が淡く灯る引き戸を開けると小さな玄関があり、目の前の狭小な階段を上がった二階に塾があった。

 

八畳からせいぜい十畳ほどの和室に、壁を向いて机が並べられ、そのそれぞれに中学生が黙して座っている。

 

私は森本という、学校では調子の良いヤンキーとして知られる友人の隣に座った。

 

「お前、呼び出されたんか?」と、森本が声を潜めて尋ねた。

「そうや、オレもなんのことか分からへんけど、いつものことや」

 

「おい、お前ら何しゃべってんねん。森本、口動かさんと頭使え、頭を。山本は英単語の書き取りしたやつを見せに来なさい」と、髭を生やし、恰幅の良い、鬼軍曹のような形相をした塾長が背後から唸った。

 

 

この塾に初めて来たのは中学二年の春のことだった。

クラスの半分以上が学校を終えてから塾に通うという環境の中、私の親もそれにつられてしまったのか、どこでどういう評判を聞いたのか知らないが、よりによってこの塾の門を叩くことになった。

 

それ以来、気分はいつも『車輪の下』のようなもので、圧迫、抑圧、支配のような文字の下にあった。

合わなければすぐに辞めるという現代的な風潮もなく、その選択肢もなかった。

 

塾長はいつもパジャマのようなスウェットの上下を着、傍らには竹刀を置いて座っていた。

年齢は四十代くらいだっただろうか。階下には奥さんと二人の息子がいるようだったが、最後の日まで彼らの顔を見ることはなかった。

 

 

「おい、山本、単語が終わったら数学や。平方根は二つあるんやぞ、覚えとけよ!」

 

その日の課題を無事に終えた生徒から帰宅が許され、苦手な数学の問題と格闘するうちに、残っているのは私と森本だけになった。

 

やがて、なんとか難を乗り切った私は、いまだ奮闘を続ける森本を戦場に見捨てる脱走兵のように足早に階段を降り、塾長の声がかからないうちに引き戸を開け、家の脇にとめた自転車を引っ張り出し、夜遅くに家路についた。

 

その次の日、学校で森本に会うと、開口一番、「昨日は泊まったで」と、疲れの残る表情で笑いながら語った。

 

 

 

その「がんばれ塾」を見るべく、坂を下った。

なんの変哲もない、当時のままの家屋があり、薄汚れた低いブロック塀も健在だった。

 

半分朽ちかけようとする黒いスチール製の門扉が開いていた。

一歩踏み入れ、引き戸の横のインターホンを押してみた。

 

すると、すりガラスになった引き戸の裏に人影が見え、戸を開ける気配が感じられた。

 

「先生、お久しぶりです。山本です。昔はお世話になりました」

 

一瞬、怪訝な表情になったが、記憶が繋がった様子で、「おお、懐かしいなあ、何年ぶりや。昔、高校生の時に見た以来やな。元気にやってるんか?」と朗らかな声がかえってきた。

 

当時から二十年以上の時間が流れた先生は少しやつれて見えた。

 

「まだ塾はされてるんですか?」

「まあ、してるんやけどな。生徒は二人しかおらん。最近の子供は全然勉強せえへんよ」

 

当時の覇気は姿を消し、ニット帽を被った顔には翳りが見られた。

家には人の出入りがないようにも感じられた。

 

「で、山本君は結婚はしたんか?」

「いえ、してないんです」

「なんでや?」

「なんででしょうねえ、面倒くさいんと違いますかね、たぶん」

「そうか。向いてる人間とそうでないのがおるからのお、あれは」


「ところで森本は来たことありますか?」

「ああ、あいつはもう車椅子や」

「病気ですか?」

「いや、事故や」

「事故?」

「高校生の時やったかな、盗んだ単車を友達と乗り回してて、後ろに乗ってたらしい。ほんで、そこの女子校の前のカーブに突っ込んだんや」

「なんか、あいつらしいですね」

「ほんまやなあ。アホなやつや」


会話の間に訪れる沈黙が多くなってきたところを見計らい、礼を言い、辞すことにした。

再び坂を上り、日暮れも早い晩秋の空の下、私は駅に向かった。

 

 数年後、マップで確認すると、先生の家屋は既になくなり、砂利が敷かれた更地になっていた。

 

「平方根は二つある」という警句めいた言葉は、それから何十年経っても耳の奥で反響している。