昔は、いくら好きあっているカップルでも、プロポーズされても即断ではなく、ワンクッション置いたものであった。
であるがこそ、その結婚に厚みが出て、長続きするというための儀式があった。
学校の入学式でも、長い儀式で、その入学に厚みを付け加えることにより、より一層の精進を喚起した。
ところが、敗戦後の合理主義で、儀式がすべて無駄なものとして扱われたので、現在のようなうすっぺらで、カネだけの拝金主義の世界に転落する。
いろんな、不合理な事件の生みの親は、実は合理主義から生み落とされているというパラドックス。
儀式やおまじないといった因習が、実は、安定した社会を形成していた一面もあるということに、気がつかなければ、藪の中に迷い込むことになる。
簡単な結びつきは、簡単に離れ、しっかりしたものは、しっかりとする所以である。