マネゲに続き「ビジネスゲームから自由になる法」を読みました。
違うたとえ話が入っているので、同じ部分も多いですが、
より深く理解できた部分もありました。
そして、思ったことがありまして。
お金と仕事(ビジネス)って、切っても切れないよね。って。
親から受け継いだ財産があるとか、金持ちと結婚してお金がいっぱいあるなら別ですが。
私は、お仕事しないとお金がなくて生活に困るし、
お金が必要だからお仕事しています。
なのに、私はマネゲで解決できていないってことになるではないか!
まあ、そんなことは置いておいて、理論的にすごく納得できた自分に気がつきました。
周りからの言葉や態度で、不快に思う自分。
まるで自分が卑下されているみたいで、仕事できない、へたくそと言われているみたいで。
だけど、本来の自分は完璧であって、偉大であって、そんな周りの言葉にへこむ必要はまったくない。
何を言われたって、変わらぬ本来の自分なんだなって。
外に自分の評価があるわけでなく、中に自分の評価があるんだなと。
あれ、これが腹に落ちたら、プロセスなんて必要なくなるじゃない?あれれ?
けど、確か周りが気にならなくなるみたいなことが本に書いてあったと思います。
だから、これで大丈夫大丈夫。
そして、お金についても同じく考えられないかと思考してみました。
病院で7000円の検査代に、高い!って思ったり、
花粉症の薬をそろそろもらいに行かなくちゃと思ったら、あーまた出費と思ったり。
お金払うと、自分が(自分の持分が)減るような感覚が。。
だけど、大いなる自分は減らない。減ることはない。変わらない。
また、仕事に関して。
次の更新で契約が切れて、次の仕事も決まらなくて、窮地に立たされるかもしれない。
不安ですよ。
今度は、減ることではなくて、入ってこないことにたいして恐怖を覚えている。
これも、自分が潤わないって思っている感覚が。
入ってこないと、私は潤わないのか?
いや、違う。
入ってこなくても、大いなる自分はいつも潤っている。
いつも完全だから、左右されることはない。
おー、理論的に納得できた!
不安がないわけではないが、この核を持ってプロセスを使っていけば、ホログラムは変化する。かもしれない。
そして、一番大切なことは、変化を望むのではなく、今に感謝していくこと。
できの悪い自分、いますよね。
体調が優れない自分、いますよね。
けれど、これも幻想なんですよね。
力を取り戻す。
そういう自分を演じてくれたんですね。でもって、それは意識の世界で、現実ではない。
自分に感謝です。そして、その自分を創った本来の自分にも感謝です。
借金のある自分。
(あー、嫌!って心がつぶやいた)
これも、意識であって、現実ではない。
3ヵ月後、仕事を失っているかもしれない自分。
(あー怖い)
これも意識であって、現実ではない。
私が演じてくれているんだ。
そこに力はない。
私は力を取り戻す。
どんどん大きくなる本来の自分。
謝金のある自分も、仕事に不安がある自分ものみこんでいく。
あー、そんな自分ありがとう。不快な気持ちをありがとう。
そして、本来の自分、ありがとう。
体調が優れない自分、いますよね。
けれど、これも幻想なんですよね。
力を取り戻す。
そういう自分を演じてくれたんですね。でもって、それは意識の世界で、現実ではない。
自分に感謝です。そして、その自分を創った本来の自分にも感謝です。
借金のある自分。
(あー、嫌!って心がつぶやいた)
これも、意識であって、現実ではない。
3ヵ月後、仕事を失っているかもしれない自分。
(あー怖い)
これも意識であって、現実ではない。
私が演じてくれているんだ。
そこに力はない。
私は力を取り戻す。
どんどん大きくなる本来の自分。
謝金のある自分も、仕事に不安がある自分ものみこんでいく。
あー、そんな自分ありがとう。不快な気持ちをありがとう。
そして、本来の自分、ありがとう。
気がついたことが。
こう、軸をもつというか芯を持つってことを、いままでも仕事で意識していたりしたのですが、
歌をうたうときは物理的に、下腹の意識(力)が必要で、でももともと下っ腹を使うのは非常に不得意でして。
でも、今そこを使うことを非常に心がけています。
まあ、その下腹って言うのが丹田の場所で。
丹田とは、生命エネルギーの場所とも言われますが、そもそも生命エネルギーって何?って感じで。
わかるようでわからない。
けれど、マネゲのプロセスで本来の自分を意識することが多くなってから、
丹田とは本来の自分がいる場所なのではないかと思いました。
だから、ぶれない自分、動じない自分、幻想の世界に力があるのではなく
力を取り戻している本来の自分なのではないかと。
そして、その丹田から内なる宇宙、フィールドにつながるのかなと。
まったく制限がなく、どんなことも可能で、どんなものでも創りだせるのではないかと。
丹田は本来の自分がいる場所ではなく、本来の自分とつ ながる場所なのかもしれないですね。
こう、軸をもつというか芯を持つってことを、いままでも仕事で意識していたりしたのですが、
歌をうたうときは物理的に、下腹の意識(力)が必要で、でももともと下っ腹を使うのは非常に不得意でして。
でも、今そこを使うことを非常に心がけています。
まあ、その下腹って言うのが丹田の場所で。
丹田とは、生命エネルギーの場所とも言われますが、そもそも生命エネルギーって何?って感じで。
わかるようでわからない。
けれど、マネゲのプロセスで本来の自分を意識することが多くなってから、
丹田とは本来の自分がいる場所なのではないかと思いました。
だから、ぶれない自分、動じない自分、幻想の世界に力があるのではなく
力を取り戻している本来の自分なのではないかと。
そして、その丹田から内なる宇宙、フィールドにつながるのかなと。
まったく制限がなく、どんなことも可能で、どんなものでも創りだせるのではないかと。
丹田は本来の自分がいる場所ではなく、本来の自分とつ ながる場所なのかもしれないですね。
親切にすると、なんとなく損した気分が。
一番思うのは、エレベーターで開閉ボタンを押す位置に立ったとき。
お礼を言ってくれると、うれしく思うのですが、ほとんどが当たり前のように無関心。
だから、できればエレベーターガールの位置には立ちたくないと思う。
これって、お金に関する感覚と似てるのかなって、損するとか減るとか。
親切だから、減るとかないはずなのに。
これこそ、目に見えないものだし。
今は、「親切=感謝すること」 と解釈して、できることはやっていこうと思います。
ただし、自分が降りる階で、携帯見ててモタモタ降りる人を待つのだけは、例外。
イラッとします。(笑)
この幻想からは、つど力を取り戻していきたいと思います。
一番思うのは、エレベーターで開閉ボタンを押す位置に立ったとき。
お礼を言ってくれると、うれしく思うのですが、ほとんどが当たり前のように無関心。
だから、できればエレベーターガールの位置には立ちたくないと思う。
これって、お金に関する感覚と似てるのかなって、損するとか減るとか。
親切だから、減るとかないはずなのに。
これこそ、目に見えないものだし。
今は、「親切=感謝すること」 と解釈して、できることはやっていこうと思います。
ただし、自分が降りる階で、携帯見ててモタモタ降りる人を待つのだけは、例外。
イラッとします。(笑)
この幻想からは、つど力を取り戻していきたいと思います。
『「ザ・マネーゲーム」から脱出する法』の筆者が推薦している映画、「トゥルーマン・ショー」を見ました。
「私たちは一体全体何を知っていると言うの」も見たいけど、これは、レンタルも見つからないし、DVDすらあるのかわからない。
しかし、2012年の5月に、マネゲの本を読んでから、今まで見ようとか思わなかったか!って感じですが。
何度か何度か本を読み返していくうちに、やっと見ようと思ったのでした。
誰かが(視聴者が)見ている感覚。まるで、もう一人の自分、本来の自分が見ている感覚なのかもしれないですね。
客観的にとらえられる自分。
心理学的にいうと、現実逃避とか自分のことを第三者として扱うなど、よろしくない状況と紙一重なところもありますが・・・。
けれど、今朝電車の中で、起こったことですが。
斜め前の人がマフラーをかけなおしたときに、私の顔に思いっきり当たった
り、立っている席の後ろの席が空いたので、後ずさりして座ったら、前の席の人があわてて電車を降りて席が空いたり。
ちっぽけなことだけど、ムッとしてしまうときもあ る状況。
これを客観的に見てたら、非常に滑稽でコメディーのようで面白い。
マフラーをぶつけた女性にも、タイミング悪く席を立った女性にも感謝なのです。
そして、自分自身にも感謝。
「私たちは一体全体何を知っていると言うの」も見たいけど、これは、レンタルも見つからないし、DVDすらあるのかわからない。
しかし、2012年の5月に、マネゲの本を読んでから、今まで見ようとか思わなかったか!って感じですが。
何度か何度か本を読み返していくうちに、やっと見ようと思ったのでした。
誰かが(視聴者が)見ている感覚。まるで、もう一人の自分、本来の自分が見ている感覚なのかもしれないですね。
客観的にとらえられる自分。
心理学的にいうと、現実逃避とか自分のことを第三者として扱うなど、よろしくない状況と紙一重なところもありますが・・・。
けれど、今朝電車の中で、起こったことですが。
斜め前の人がマフラーをかけなおしたときに、私の顔に思いっきり当たった
り、立っている席の後ろの席が空いたので、後ずさりして座ったら、前の席の人があわてて電車を降りて席が空いたり。
ちっぽけなことだけど、ムッとしてしまうときもあ る状況。
これを客観的に見てたら、非常に滑稽でコメディーのようで面白い。
マフラーをぶつけた女性にも、タイミング悪く席を立った女性にも感謝なのです。
そして、自分自身にも感謝。
