内田裕也さんが亡くなりました。
内田裕也さんと言えば!的なエピソードの一つでもあればよかったのですが、残念ながらお会いしたことすらありません。
しかし、サンダーには沢山の友人がいて、その中に内田裕也さんとのエピソードを持つものがいました。
又聞きなんですが、今日はその話を記しましょう。
もうかれこれ20年以上前。その友人がニューイヤーロックフェスに出演したんですね。
ところがその友人ってのが、当時(今でも)ものすごく人気があって、渋谷のラママでカウントダウンの大役を任されていたんです。
そう、まさかのダブルブッキングです。
困った友人は、なんとか「若手なんで」を理由にニューイヤーロックフェスの方の出番を早くしてもらいました。
でも、こんなことで許される裕也ファミリーではありません。
友人バンド、出番を終えそそくさと帰り仕度を済ませてコッソリと会場を後にしようとしたところに、1番の子分である安岡力也さんが通りかかったんです。
「お?お前らどうしたんだ?」
「は!はい!僕たち、実はラママというライブハウスでカウントダウンをしなくてはならなくて!
申し訳ありません!」
「はぁ?」
「本当に申し訳ありません!」
「この後、裕也さんとのセッション(おなじみジョニー・B・グッド)もあるんだぜぇ…」
「…」
「まぁ、ちょっと待ってろ」
と、言って力也さんは奥に下がります。
これは完全にぶん殴られるパターンです。
友人たちがビクビクとしているところに、力也さんが戻ってきました。
この「ちょっと待ってろ」から再度力也さんが現れるまでの時間は筆舌にし難い時間だったでしょう。
力也さんは友人たちの前に立ち、スーツの内ポケットに手を入れます。
「あぁ、こりゃ完全に撃たれる」
そう思ったらしいです。
ところが、力也さんは小さなポチ袋を出し、
「これ、裕也さんから」
と、お年玉をくれたのです。
ギャラじゃなくてお年玉。
「お前ら、ラママ、頑張れよ」
ほっぺピシャピシャ付きでこう言われた友人たち。
友人バンドは猛スピードでラママに向かったのはいうまでもありません。
そして後日、そのポチ袋を見せてもらいました。
紛れもなく、そこには「内田裕也」の文字。
なんて粋でロックンロールな人でしょう。内田裕也さん。
安らかにお眠りください。合掌。
サンダー