コバルト名作シリーズの短編集。
「ちょー」シリーズ以外は未読なので、「ちょー運命」のみの感想。
はじめに。
私が「ちょー」シリーズと出会ったのは、まだ小学生の頃。五年生か六年生だったはず。
図書室でコバルト文庫などのライトノベルの取り扱いがあり、表紙イラストに惹かれて借りて読んだのが出会いです。
当時、本文も好きだったのですが何よりも挿絵イラスト目当てで読んでいたので、新刊の発売日に本屋でまず挿絵の数を確認し、少ないとしょんぼりしていたのを覚えています。
高校生に上がる頃までは新刊が出る度に買っていたのですが、ビジュアル系バンドに夢中になり徐々に読みなおす機会も減り新刊を買うこともなくなり、押入れの奥に収納されていました。
再び読むようになったのは「そういやちょーシリーズってどうなったんだっけ…」と思ってAmazonで検索したら完結・外伝が出ていた・外伝の主人公(たぶん)が一番好きなキャラ・外伝も完結していた…という色々な衝撃で「これは読まなあかん…」という義務感にかられたから。
割と最近の話で、一年前くらいでしょうか。
今の年齢で読み直して本当によかったと思う反面、もっと早くに読んでいればと思わずにはいられませんでした。
急いで未入手の分を購入し、あまりの面白さに一日で一冊読み(私にしては相当早いペース。おかげで当時の睡眠時間が4時間とかだった…)読む度に号泣し、辛い時や強くなりたい時には必ず読むようにしています。
三十年も生きていない私ですが、人生の中で最期に読みたい本はこのシリーズです。
そう言いきれるくらいに大好きな本です。
コバルト名作シリーズ書き下ろしアンソロジー 2 ちょー聖霊と四龍島 (コバルト名作シリーズ書き.../集英社

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長くなりましたが、こっから読書感想。
ネタバレです。
ルチルは森でジオ・ダイヤ夫妻に助けられ、そうして帰った家には両親がおらずチャラチャラした借金取りに借金がある事を聞かされる。
どうして自分を置いて突然消えたのか。金貸しが両親に頼んだという、赤瑪瑙のブローチは一体どこにあるのか。
魔王シリーズと同時期のお話だけど、今回の軸になっているキャラが個人的にドストライクな年齢の少女でしかも周囲の大人キャラに可愛がられていて、もうそれだけで「ありがとうございます!!」と野梨原先生にお伝えしたい。
可愛がると言ってもその人の全てを肯定するわけでなく、自分で考えることを教えて、そうして本当に迷った時や困った時に手を差し伸べて、自分で考えられるように少し手を差し伸べる。
野梨原先生の小説が大好きな最大の理由はここ。
読んでいると涙が止まらなくなるほど情景が思い描ける綺麗な言葉の選びやテンポの良さもですが、一人一人のキャラが悩んで立ち直ってそして誰かを支える。
大好きすぎて他の言葉が思いつきません。好きだーーーーーーー。
内容は、中盤が一番好き。今回の個人的MVPキャラはサンストンさん。
チャラチャラしていて中身はお調子者というかその場その場のテンションで生きている感があって、無自覚に無神経。
だけど決して明るい道を歩いて来た訳ではなく、無自覚に無神経ながらに考えて悩む事を放棄していない人。だから舎弟の二人も彼を見放さないんでしょう。
食事のシーンでの言葉が最大のお気に入り。女の子が好きなものを的確に表してるけど、女の子が聞いたら怒りそうな言葉の選び方が最高です。
個人的な山場はジオとサンストンさんの会話のシーンからのサンストンさんの心情。
あとルチルがサンストンさんに笑いかけるシーン。
邪気のない笑顔を向けられて彼がいい方向に吹っ切れたのが、もう女の子の無邪気な笑顔って「あーあ、悩むの馬鹿らしいしもう後どうなってもいいわ、自分がして気持ちいいこと最優先だわだってこの子笑ってるんだもんそんでいいじゃん!!」って思わせる力があると私は思ってるので、好みドストライクで涙出ました。
その場のテンションで生きるサンストンさんだからこその行動で、それがいい方向に向いたのが本当に良かった…。
ハッピーエンドですが、終わり方というか最後のジオとルチルのお父さんの台詞、個人的には「運命」という一言で終えて欲しくなかった。
ジオやダイヤちゃんや宝珠ちゃんがここに至るまでに悩んだり迷ったり、その度に誰かに助けてもらったり奮闘したり、そういったあれこれが「運命」という一言で片付けられるのは…うーーーーーーーーん。
「運命」を切り開くのも各々だし、そうして時が過ぎて自分の経験を振り返った時に「運命」だと思ったりするのかな?
もしくは私がもっと歳を取ればわかるものなのでしょうか。
今回短編が出た事もあり、また何か外伝とか…ないかな~~~~ないよな~~~~~~~と思ってます。
いっそアニメ化とかしたらいいのに…画面映えしそうなんだけどな~~~~~。
