かぶり俺でGodhandな「俺」のブログ -7ページ目

モチベが…

 最近困ったことに、仕事へのモチベーションが下がっているような気がする。
 お客様にご満足いただける施術をしたいという気持ちは変わらないが、今の職場でそれを続けるということが、本当に良いのか?という気がしてきたり…。
 人間関係はまずまず順調。
 施術の質は、ある程度の評価をいただいているようにも思う。ま、お客様に…。
 給与は…。安井(笑)
 しかし、それだけが理由じゃないような気がする。
 いやほんとに給与は安い。何度言っても足りないぐらい安井。
 ほんと、びっくりするぐらい安井(笑)
 しかし、週休二日だし、ま~ま~楽しく仕事できてるし、そこを考えると悪くもないはずなのだが…。
 それでも、正直体と気持ちが付いて来ないような…。
 理由はよく分からないけど…。
 これがいわゆる「疲れてきた…」というやつか?と思ってみたり。
 ぎりぎりのスタッフの数でやっているのでいつでもなにか焦っているような気がせんこともない。しかし、それもまた直接モチベの低下をもたらすほどのことでもないような…。
これまでいろいろあったけど、その怒りが直接の原因でもないような…(苦笑)
 自分でもなにがこうまで俺のやる気を殺いでいるのかよく分からないが、とにかくやばい気がする(苦笑)
 いよいよ体力的限界を感じる歳になったのか?と思って苦笑したりもするが、別に体が毎日だるいってのもでもないし(笑)
 きっとなにかが足りないのだろう(笑)
 それか、バランスが崩れてしまっているか…なのだろう(苦笑)
 それか、本当は世間の人の大半がこうしてさほど楽しくもない仕事を無理して続けていることに、俺が気付いていなかっただけなんだろうか…。
う~ん。

マンボな夏☆

 最近、マンボが来てます(笑)
 前回の日記に書いたアレです(笑)
 そして、昨日。
 「cerezo rosa」
と憶えていたタイトルが英語訳では…。ちょっと違うことになっていて。
 職業病?なのか、俺はなるべく原語表記に従うように、なんでも憶えるようにしているつもりなので、「Cerezo Rosa」と記憶していたのです。
 脱線しますが、医療関係者が横文字(アルファベット)であれこれ書くのには、それなりの理由があります。
 それは、日本語に訳された病名などもあるにはあるのですが、そのニュアンスと原語表現が違う場合が、たまにあったり、文献を探したりするときも、探しやすいということがあったり…。
 例えば「SLE」という疾患があります。これは、「Systemic lupus erythematosus」と言ったりしますが、通常「SLE」とします。
 が、これを日本語で書くと「(全身性)紅斑性狼瘡」ということになってしまい、「あれ?」となってしまったり…しません?(謎)
 で、LUPUSは、たしかラテン語で狼って意味だったように記憶しています。それに、メジャー(!?)な疾患なので「紅斑性狼瘡」と書かれても分からないことはありません。
 …ということがあったりなかったりするので、より確かな書き方をしようとすると、原語が安心…とか思ってしまったりするので、なるべくそれを憶えるようにしているのですが。
 で、脱線しましたが、マンボ(笑)
 その「Cerezo Rosa」の意味は分かっていないのですが、俺はそれで記憶していました。
 すると、なんと英語のタイトルが付いていて。
 そのタイトルってのが…。
「Cherry pink and apple blossom white」
なんだそうで(汗)
 けっこう「訳されてがっかり」系でした(苦笑)
 それでも、こういう音楽の一つの楽しみ方として、いろんなバンドの演奏を聴き比べてみるってのがあって。
 クラシックでも、指揮者が違うだけで、同じ楽団でも全く違う感じになったりしますし。
 で、昨日そのなにやらアレな英語タイトルも分かったことだし、探してみたところ…。
 びっくりするぐらいの量がヒットして(汗)
 YOUTUBEのある世界に生まれて良かった(笑)
 これだけあれこれ聞き比べるなんてことは、そうできるもんでもないですし…。ちょいと著作権が気になったりもしますが(苦笑)
 で、ここまで来るのに長くなりましたが、結局、昨日の日記に貼り付けたバンドの演奏が俺としては一番良いような。
 いや、俺がトランペットをしていたから、それが目立つ…とか、そんなんじゃ全然なくて。なんだかこう、気持ち的に「これでしょ、やっぱ…」みたいな(笑)
いろんなバンドの演奏を聴いても、最後はやっぱり…みたいな(笑)
 でも、たくさんのバンドの演奏を聴きながらその違い?についてあれこれ考えたりしていて…。
 なんでこうまで「やっぱりこれっしょ!」と思えるのかについてあれこれ考えていました。
 録音の状帯、ビットレート、演奏するバンドそのもの、アレンジ、違う点は、本当にたくさんありますが、音楽なんてのは、最終的に好き嫌いで選んで差し支えないものだとおれは思っているので…。
「なにかが違う、いつものアレと、他のはなにかが違う!」
そう思っていろいろ聞き比べてみたところ…。
 一つの事実が。
 それが…。
やっぱり…。
「うぅっ!!」
なんですよ(笑)
 「うぅっ!」のタイミングとか、声とか…(笑)
 「Cerezo Rosa」は、さほど「うぅっ!」はありませんが、「マンボNO.5」なんてのは「うぅっ!」の代名詞みたいなもんですからね(ぉぃ)
 で、聞き比べてみると、本当にいろいろあって。
 素人のバンドの人たちがやっていたりして「うぅっ!」とやっているのですが、迫力もないし、なんかこう、とってつけたような「うぅっ!」で、俺の心をさらって行かないんですよ(謎)その気にならないというか…。
 でも、プロの人の「うぅっ!!」は、あれを聞くだけで、なんか陽気なリズムを想像してしまうというか、気持ちが持ってかれるというか…。期待してしまうというか。
 速いテンポの曲じゃなくても「うぅっ!」とやられると次に期待してしまう…みたいな。
 たとえるなら、コーヒー…みたいな。
 家で、レギュラーコーヒーを作ろうとすると、先にコーヒーの香りがしてきて、そこで「あ、これこれ!この香り!」って気になって、美味しいコーヒーができることを想像して待てるじゃないですか(謎)
 いわゆるコーヒー通じゃなくたって、豆や、コーヒーメーカーなどの都合?で香りが少し違う気がすると「あれ?」って思ってちょっと不安になったり…。
 そんな感じであの「うぅっ!」は、コーヒーの香りみたいなもんではないかと(謎)
 でも、それが分かっているからか、最初から「うぅっ!」を省略してる演奏もけっこうあったりして。
 もう、その「うぅっ!」が無かったら全然ダメじゃん?みたいな(苦笑)
 でも、やっぱり違うバンドでも同じような「うぅっ!」だから不思議なんですが(汗)
 あの「うぅっ!」が、こうまで俺を魅了するのか?とか軽くびっくりしたりして。「ついでっぽい…」と思えるあの「うぅっ!」が、そこまで大切だったとは…。
 やっぱり練習が必要なのかな…。
 聞きながら俺も「うぅっ!」とか言ってみたりしますが、全然ですしね(笑)
 いわゆるコピーバンドの人たちもYoutubeで「うぅっ!」してましたが、失礼ながら笑ってしまいそうになりますし(笑)
 やっぱりあの「うぅっ!」は、奥深かった…みたいな。
 「うぅっ!」で2度も日記を書くとは思ってませんでしたけど(笑)
 でも…。楽器があんだけあって、技術もかなりすごい人たちでも、あの「うぅっ!」が無いと…となってしまうことを考えると。
「うぅっ!」ってのは、どんなに大切か…。
 しかも、その「うぅっ!」のタイミングってのもとっても大切で…(笑)
 まだ見切ることはできていませんが、あれはあれで、ちゃんとお作法があるんだろうと思います(謎)
 ちなみに、「うぅっ!」だけじゃなく、「あぁっ!」とか、「ういぃっ!」とかってのも…(笑)
 ダメだ。ここまで来たら、社会人マンボバンドでも探して入れてもらおうかな(爆)

トランペット

こんにちは、ご無沙汰しておりますm(__)m
 ふと思い出したことがあって。
 最近、トランペットが懐かしくて聞いていますが、それと一緒に思い出したということで。
まず、こちらをどうぞ☆


 実は俺は前からそうなのですが、影響されやすく…。
 見聞きした物はなんでもいちおうやってみたい人で…(笑)
 実はトランペットを吹いていたとき、テレビかなにかで初めてマンボを聴いてしまって…(笑)
あの「あ~~~↑!! うぅっ!!」があまりにツボってしまって(笑)
 しかも、どのバンドのを聞いても、なぜか声が同じに聞こえるってとこがまた偉く不思議で(笑)
 で、これを聞いたわけですよ、テレビかな~、なにかで。
 ちょっとこれだと「うぅっ!!」が少ないような気がせんこともないのですが(笑)
 で、あまりの衝撃に…。
 練習中、どうしてもやってみたくなりました(爆)
 あのなんとも言えないメロディー。初めて聞くゆるい感じ(笑)
 しかも、「うぅっっ!!」ってあんた…みたいな(笑)
 他の人たちがロングトーンとか、スケールとか、苦手なフレーズを練習している正にそのとき!!
 俺の頭はマンボ一色(笑)
 が…。
 イントロのあの中途半端な音が出ません(笑)
 ピストンを速く動かしても、12音階を滑るようにはできても、無断かいにはなりません。
 おかしい。テレビで見たときは、他の楽器じゃなく、絶対あれはトランペットだった!しかも、勘だけど、そこまで難しそうな気はしなかった!!
 俺は、呼吸を調整したりなどして、どうにか近い音が出ないかと研究(?)を始めました。
 そりゃもう、口元が痛くなるぐらいの勢いでした。
 研究しまくったからではなく、ただただおもしろくて(笑)
 こう、いたずらをしようとしている子供な気持ち…みたいな(笑)
「次はなにをしてやろうかな…」みたいな(笑)
 呼吸、ピストン。どっちでも思うようにならなくても、耳の中も頭の中もマンボ一色(笑)
 スケールの練習をするフリ?をして、ピストンや呼吸をあれこれ調整してみたりして…。
それでもやはり12音階の呪縛から逃れることができずに、そろそろ「これってやはりプロがやってるぐらいだから難しい技術なんでは?」と、軽くマンボが遠くなってきたころ…。
なにかの拍子に1個のピストンが半押し状態のまま息を入れてしまいました。
すると…。、なにやら中途半端な音が(笑)
 壁から50cmほど離れ、壁に向かって吹いていたので、間違いなく俺の音。俺のペットから出た音。も、もう1度。
 ……。惜しい。気持ちは分かる…みたいな中途半端な音が出るようになりました(笑)
 これは、もしかして…。
 あれこれピストン半押ししたり、ゆっくり押し込んだり、それと呼吸をシンクロさせたりしているうちに!!
 見切った!!あの中途半端な音の出し方、見切った!!
 遠のいてしまいそうだった、脳内マンボが高らかに鳴り響きました(爆)
 あとは、記憶を辿り、あの曲を演奏すれば…(笑)
 苦節数時間(?)ついにマンボが近づいてきた!!(笑)
 呼吸と判押しの度合いも、タイミングも合ってきた!
 まさにマンボな俺の頭上に(爆)
 曲は単純なので、わりと多くのフレーズを憶えることができていたし…。
 技術まーまー、気持ちと記憶は準備OK!
 では!!満を持して!!
え!?他の人?そんなの関係ね~~ぇ!(笑)
今こそ俺のマンボを聞きやがれ!
さあ、女子部員ども、俺のマンボに酔いしれろ(謎)
さあ、男子部員ども、俺のマンボに付いて来い(爆)

 「ドファラド↓↓↓↓」……。
きたーー!!これだ!!これこそが俺のマンボだ!!(爆)
 もう、笑が止まらなくなりました。できたという喜びもありましたが、あのゆるい感じと「うぅっ!!」を思い出すと、おかしくて、おかしくて(爆笑)
 後は、記憶の中のメロディーを乗せるだけ♪
さあ、俺のマンボだ!!
 頭の中で「ドドドドドドド(シャープ)」
そして口と手を動かして、さっきの
「ドファラド~~↓↓↓」
……。
 そして、それに続けて頭の中に残っていたメロディーを…(笑)
 もうね…俺の頭の中では、あの陽気そうな外人のおっさんたちとセッション開始(爆)
 もう、周囲の練習なんて聞こえない(爆)
 さっきまでばれないように控えめに研究していたのも忘れ、絶好調(笑)
 今度は、テレビで見たマンボのフレーズを思い出すことに集中し、1曲どうにかならないかと……(苦笑)
 断片的に憶えていたメロディーを繋ぎ合わせて「あれ?こうだった?」「え?違うかも?」とか、ブロック遊びのように繋いでは取替えたりしながら、とにかくマンボ(爆)
 しかし…。せっかく見切ったアレを使わない手は無いので、そこは毎回(爆)
 しかも、もう、マンボが忙しくて、周囲の空気は無視!
 ……
 ただただマンボに集中しながら、ブラスバンドにはあまり登上しないピストン半押しの音ばかり出していたら…。
なんと木管部隊の視線がこっちに(爆)
 当時の木管部隊といえば、生真面目そうな女子が多くて(滝汗)
なんかこう…。練習が終わってもあまり楽しくしゃべってなかったような(苦笑)
 そこで久々に我に返りました(汗)
 で、口元からマウスピースを離して、口元をゆるめる?ための「ぷるるるる」ってのをやって、空気を読むことにしました(笑)
 すると。楽器の音はとても綺麗で、普段から「この人すげー…」と思っていた香苗(仮名?)さんが立ち上がり、なんとこっちに向かってくるじゃないですか(爆死)
 ついに怒られるときが来た(汗)
 香苗さんは、サックスを持ったままゆっくりこっちに…。「え、なんか備品でも?え?違うの?あれ?まだ来るの?もしかして、俺?俺に用?」
みたいに、彼女の足が止まるのを、祈るような気持ちで、いや、祈りながら見ていましたが、その気配は無く。
 ついに俺の正面に(爆)
 そして、香苗さんは、俺の顔をまじまじと見ながら一言。
「さっきのやつ。もう一度やってよ…。」
俺:「え、さっきのって…。」
香苗さん:「なんかやってたじゃん。」
俺:「あ、ああ。あれね。いや、ちょっと…。」
香苗さん:「やって、もう1回。」
もう、死後に近いかも知れませんが、マジびっくり?みたいな~~(笑)
 今でもあの恐怖は忘れません(汗)
 たとえるなら北斗の拳で明らかに強い人が、ザコに…。
「もう一度…やってみろ…。」
と言う、あのイメージ(苦笑)
香苗さん:「やってよ。あれ。」
もう、俺のアドレナリンが大放出されたという記憶があるぐらいびびりました(笑)
 が、どうせ怒られるなら…とか思いました(ぉぃ)
 「貴様にはできまい。この俺のピストン半押し、受けてみるがいい……。」
と、逆ギレに近いイメージで、やってやりました(爆)
 ベル(ラッパになってる部分)を彼女の真正面に向けると、とんでもなくうるさいだろうと思って、ちょ~っとそらして、吹きました(弱)
 が、いつ怒られるかが気になったので、香苗さんの顔は、しっかり観察?しながら吹きました(長弱)
 しかも、途中までしか完成していないので、途中で「今はここまでしか…」と、途中で止めてしまいました(ぉぃ)
 すると香苗さんは遠くを見るような目をして…。一言言いました。
「かっこいいね、それ。」
爆笑しそうになりましたが、どうにか我慢しました(笑)
 いや、びっくりしたとか、緊張していたからってのではなく、かっこいいか?と思ったので(笑)
 俺は、マンボが初めて聞いたジャンルで、とても興味深かったし、あの「うぅっ!!」がおもしろかったからやってみようとしただけなのに、かっこいいと来るとは思わなかったので(汗)
 すると香苗さんが「今度CD貸し手…」と言い残し、俺の答えを聞かずに去って行きました(汗)
 CDなんてあったらもっとしっかりやってるし、できるさ…とか思いました(笑)
 テレビでちょっと聞いただけだから俺はこんなに苦労してんだよっ!とか言ってやりたくもなりました。が、怖くて言えませんでした(笑)
 細身の体にセミロングの髪。楽器をしているところしか知らないからかも知れませんが、いつもうつむいた感じの印象しかなく、そのせいか、笑った顔を見たことがなかったような人にそんなこと言われたら……。
 そりゃもう、びっくりで…(苦笑)
 でも、俺の勝手な思考回路として、なぜかその怖い香苗さんを思い出すと、次に出てくるのはゴキゲンなマンボのリズム(爆)
 今どきの(ちょい古いけど)言葉で言えば、あれが俺の初めて見たツンデレなのかも知れません…。
 と、ここまで書いておいて思いましたが、もしかしたら怖いイメージは、俺の勝手なものだったのかも知れませんけどね(笑)
 それ以来、香苗さんとは、わりと話すように、いや、正確には話せるように?なりました(笑)
 はあ、怖かった(笑)
 きっと今は香苗さんも、そして俺も変ってしまっただろうけど、あの「うぅっ!!」って声だけは、どのバンドの声もまだ同じに聞こえる俺の耳は、どうかしてるんだろうか…(苦笑)
 しかも、それこそ口真似とか声真似とかもわりとできる俺なのに、あの「あ~~↑↑…うぅっ!!」だけはどうやってもできないのも気になるのですが(苦笑)
 どのバンドでも同じなのに、俺にはできないだなんて(T_T)
 あれこそ、本当にかなりの練習が必要なのかも知れないですね(笑)

甘え?

 最近当家のお子様どもを見ていると、お子様なんて甘えるのもこれまた仕事なんでない?なんて思ってきたりする。
 そして、親。
 これが逆に子供に甘えてるんでない?とか思ったりもする。
 俺は、なるべく怒らずに、叱るように心がけている。
 怒ることと叱ることの大きな違いは、怒るのは自分が中心にあり、叱るのは基本的に相手が中心にあるということ。
 そして、叱るというのは、その後どうして欲しいかを伝える努力をするところまでであって、自分が気に入らないことを指摘するのは叱るとは違う、怒るということのような気がする。
 俺はアイメイトと生活しているが、彼がそのことを一番よく教えてくれる。
 犬が仮に3歳児ほどの知能だというなら、我が家では、まだ子供たちより賢いことになる。
 現実の生活からしても、正直今のところアイメイトの方が賢いように感じることもある。
俺の待ては絶対だし、許可があるまで食事を口にしない。無駄な声は絶対出さないし、命令には1度で従う。歩くということについては正直大人の人間よりも優れている部分が大きいようにも思うので、普段の生活の面ではこんなところか。
 しかし。子供たちだって、犬にはできないことがたくさんできる。そして、許されている。大きな声を出すこと、親の意図しない排泄、感情の表出、自由な意思での行動などなど。
 もちろん、アイメイトには厳しい訓練が成されているし、教育課程は修了しているので、まだまだ教育課程が残っている子供たちと一概に比較できるものでもない。そして、犬と人間なので、少し無理もある。
 しかし。
 生き物というところは同じ。そして、学習するという点でも、わりと同じ。教え方こそ違っても、許されることが違っていても、いろいろなことを身に着ける…ということではわりと近いように思う。
 そして、そのアイメイトに接するときの基本中の基本が…。怒らずに叱るということ、そして、褒めるために叱るということ。
 俺のアイメイトを叱るときの勢いは、正直わりとすごいと思う。少なくともその場が凍りつくほどの勢いで叱る。もちろん、度合いにもよるが、大きな失敗(命に関わるようなこと、二度とあってはならないことなど)の場合には、本当にかなりの勢いで叱る。
 しかし。それもこれも、後で褒めるため。なにがいけないのか、いけなかったのか。どこをどうするのが正解なのかということをハッキリしてからでないと、本気で叱ることは難しい。今日はダメでも明日ならいいなんてことはNG。今日がダメなら明日もダメ!今日はいいけど明日から…もNG。
 そして、子供たちにも似たようなことが言えるように思う。
 だいたいの場合「今日だけ」は、大人の都合で決められることが多い。「今日は…ま、いっか」などなど。
 しかし、子供たちがいつでも真剣に学習しようとしているとしたら、それは子供たちに対して不誠実だといわれても仕方が無い。
 子供たちこそが、もしかしたらいつだって真実を欲しているのかも知れない。
 で、今日。
 妻が子供たちに片付けるように言った。それは…いい。別に妻が言ったことが間違っているとか、そういうことが言いたいのではなく。
 ところで…「片付けて!!!」と言っても、なにをどう片付けていいのか、本当に彼らは理解できているのか?ということが、こっそり俺は気になった。
 まだ「同じ形を同じ場所へ」などという遊びもさせていない。いちおう親御さんたちは毎日「片付けて~~」と子供たちに言いながら片付けているが、本当はそんなの見てなくて、こっちは「やって見せた」とか「見ればわかるでしょ?」と思っているだけかも知れない。
 片付けるということを考えた場合、いろいろなことの複合であるように思う。
買い物に行って商品をかごに入れ、最後にレジに持って行く。片付けも、床に散乱したあれこれを、かごに入れ、最後に所定の場所に置く。子供たちから見て、最後にお金を払えば買い物で、お金を払わないのが片付けであるとか、店員さんが応対するのが買い物で、家の中でやるのが片付けだとか。お店のあちこちにあるものを勝手に入れて最後にお金を払うのが買い物で、そうじゃないのが片付け…だったり。「片付ける」という意味を明確に理解していないのかも知れないような。
 しかも、これらをもっと分解すると、その辺にある物をかごに入れるという導差は、遊びの中にもある。かごから出さなければかごに入れて遊ぶことはできない。となれば、出してから入れる。それは遊びの一部。そこを切り取って考えると、大人が「片付け!」といってかごにあれこれ入れようとしても、つい?そこからまた出してしまう気持ちも分からなくはない。大人からすると遊んだ後始末が片付けだが、子供からするとまだ遊んでいたり、遊びを再開したところで大人が「片付け」といってあれこれ入れてしまうので、つい?出してしまいたくなるのかも知れない。
 しかし、それは大人から見てとんでもない行為だ。せっかくあれこれ片付けているのに、また取り出されては大変だ。ましてほとんど全部を入れたところでかごをひっくり返されたりしたら、それはもうやってられない(笑)
 そこで。大人はつい?怒ってしまうのかも…なんて思った。
 しかし、子供たちからすると、いつだって最初はオモチャが入っているかごからオモチャを出さなければ遊べない。遊ぼうとすれば、取り出すしかない。遊びたいと思えば取り出す。なんならひっくり返す。
子供本人に時間や生活の概念が定着していない以上、そろそろ寝る時間だから片付ける…という大人としては当然の行為が、理解できないというのも、全く分からないことではない。遊ぶときにはなにも言われないのに、急にいつものようにすると大きな声を出されるとなると、どうしていいものやら…となるのかも…とか思った。
 なので今日。また長女を呼んで、ゆっくり話してみることにした。
 「いい?パパのお話をよ~く聞いて?」
長女:「きく。」
パパ:「お片づけってのは…。一度出した物を、前あったとこにないないすることを言うんだよ?分かる?」
長女:「う~ん…」
パパ:「う~ん。えっと、オモチャを出したら、それを片付けるってことは、前あった位置に…」
長女:「さんしーごーろーくなーなはーちきゅーじゅー!!できた!!」
パパ:っ!!「……。」
長女:「できたね~!」
パパ:「で、できたね。あ、あは。あははは。あはははははは…。そうだね。」
 俺は一瞬かなり驚愕したが、すぐにその理由が分かった。
パパ:「元の位置に…」
「もとのいちに」→「もとの1、2」
そう、彼女は本当に真剣に話を聞いていたのだ。自分の持ちえる知識や情報を準備して、パパの話を、だれより真剣にしっかり聞いて、理解しようと努力していたのだ。
 もう少し俺に心の余裕がなかったら、もっと俺が疲れていたりしたなら…「関係ないことを言うな!!」と怒ったかも知れない。長女が全力で話を聞こうとしたその姿勢さえも否定してしまっていたかも知れない。
 危なかった。本当に危なかった。
 それにしても…。
 長女よ…。本当に賢い子だ。よくそこまで集中してパパの話を聞いてくれた。
 賢いってのは、別にだれと比較するべきもんでもないし、比較できるもんでもない。そして、比較されても、その結果を気にする必要はない。勉強のできる、できないなんかはいつか比較されることがあるかも知れないが、本当の意味で賢い者が最後には笑う。そして、笑った回数が多ければ、きっとその人生は豊かだったといつか言える日が来る。
 本当にそう思った。
 そして、ひょっとしたら甘えているのは親の方で、都合のいいときは「ちゃんと見て勉強しといてよ!」というくせに都合が悪いときには「そんな言葉だれが教えた?」なんてことを言い出したりするのかも…なんて思った(笑)
 当家のお子様どもは、保育園や幼稚園に行っていない。ということは、テレビか、親しか情報源が無いことになる。
「いったいこれで何度目!?」と子供が1度で理解してくれないことに怒っても…。
もし、1度でしっかり記憶されたり、理解されてしまったら、勘違いや誤解で怒ってしまった場合にも記憶してしまうことになり、それは親として大変やりにくい(笑)矛盾だってきっとわだかまりとして子供たちの心に残ってしまうことになるだろうと思う。
 そう考えると、親としてはちょいと面倒だが、やっぱり何度も言って聞かせるとか、やって見せるとかして。それは自分が一方的にしてあげているのではなく、子供たちに矛盾や誤りを忘れてもらっている…と理解すると方が、なんだか怒らずに済むのかな?なんて考えた。
う~ん。難しいですね(笑)でも、面白いです(笑)

生きてます。

 こんにちは。
生きてます(笑)
 最近は、パパ業をしたり、原因不明で膝が痛くなって歩けなくなったり(今は80%ぐらい快復)してますけど。
 いや、ね。
 お子様ども?の成長が面白くて…。
 面白いって、いや、ほんとに笑えてしまうことばかりで(笑)
 もう…。
 先日長女との話。
パパ:「今日なにした?」
「お買い物に行った。」
パパ:「そうか。お買い物か~。いいな~…。」
「いいな~」
パパ:「なに買ったの?」
「え?宝の地図。」
パパ:「た、宝の地図!?」
「そう、宝の地図。」
パパ:「へ~~。そういうのは売ってるもんなの?」
「売ってないね~…」
っ!!
とか。
「パパ!宝の地図どうじょ♪」
パパ:「ん?宝の地図!?」
「そう、宝の地図。」
パパ:「た、宝の地図ときたか。どれどれ?見せて?」
「はい、どうじょ。」
パパ:「こ、これが!あの宝の地図か~~!!ん~~!!なっるほど~~!!どこにあったのこれ!?」
「**(長女)が書いた。」
パパ:「ということは、**は、宝のありかを知ってるんだな!?」
「船の中にあるよ」
パパ:「え!?船!?ど、どうやってその船に乗るんだぃ?」
「ロケットで行くんだよ」
パパ:「ロケット!?」
…リトル・アインシュタインの影響らしい(汗)
 そう、宝物はお前の中にこそある。きっとそれはお前にとっても、この俺にとっても、とても大切で、二つとない宝物に違いない!
 …とほんのり感動した辺りで…。
「パパ!」
パパ:「なんだぃ?」
「いひいひひひひ」
パパ:「な、なんだなんだ?」
「音楽!」
…。
リトル・アインシュタインは、音楽と映像を結びつけていて、リズムなども視覚的に表現されたりしてるのですが。
 たっしかその宝の地図の話のBGMは…。ビゼーではなかったか?
 口笛を吹いてみると…。
「パパ!もう少しだね!」
どうやらそのリトル・アインシュタインの主人公になってるらしい。
「パパ、これこれ!」
パパ:「そ、そうか。」
しかし。俺は気付きました。
 彼女の中での音楽は、ビゼーのその曲だけ。
「い、いかん。音楽なんてのは、いろいろあって、その一部にビゼーの音楽もあるのだ。訂正せねば!」
さっそくゆーちゅ~~ぶ!(笑)
 彼女の知っている(音楽だと思っている)曲を探して再生!
「パパ!音楽だよパパ!!」
パパ:「いや、実はこれも音楽なんだけど、違うのも音楽で…。」
「…」
パパ:「これはね?ビゼーが作曲した、カルメンの序曲。えっとえ~っと。。」
「…。」
パパ:「カルメンのプレリュード!!」
「…かりめん!」
パパ:「違う。カルメン!」
「はるめん!」
パパ:「か」
「か」
パパ:「る」
「う」
パパ:「違う、る!」
「る」
パパ:「め」
「め」
パパ:「ん!」
「ん!」
パパ:「カルメン!」
「カルメン!」
パパ:よし!OK!カルメン!!」
「カルメン!カルメン!」
…。これでいつでもカルメンが…いや待て。なにやら話しをしてみると「音楽」という単語が「カルメン」と入れ替わっているではないか(滝汗)
パパ:「あ、え~っと。違う。カルメンなんだけど、音楽!」
「……。」
「ビゼーというフランスの人が作ったえっとあの、オペラっていうか、あsの、なんていうか。その。あ~っと。…。」
「オペラ!」
パパ:「あ~!いやいや。そうでなくて。」
「……」
パパ:「えっと、あの、音楽なんだけども、カルメンも音楽なんだけど、他の音楽ってのもあったりして、あの。」
「カルメン!」
パパ:「(なんとしても正確に教えなければ…)あ、あの。音をある程度こう、なんというか、規則的にというか、え~…あ~…」
「カルメン!」
パパ:「そ、そうなんだけどね。よし!この音楽が聞きたくなったらママに…」
「……」
パパ:「カルメンのプレリュードが聞きたい!って言ったら聞かせてくれると思うよ、う、うん。」
「カルメン!」
パパ:「いや、あの。カルメンにはたくさん種類、あ、ま、いっか。カルメンのプレリュードって言わないとわかんないと思うから…。」
「カルメン。わわわわ~!」
パパ:「プレリュード!」
「プレユード」
パパ:「惜しい。ぷれりゆーど」
「プレリュード!」
パパ:「ん~!!賢い!カルメン、プレリュード!」
「カルメンプレリュード!」
パパ:「よしよし。カルメンプレリュード!」
「カルメンプレリュード!」
はあ、疲れた(笑)
 いつもこうなるんですよね(苦笑)
より正確に答えようとすると「え、あ、あの、その…え~…」みたいな(笑)
でも、てきとうな事を言うのも真剣に質問してよこす2歳児に失礼な気がするし。
吸収できるうちにしとけ?とも思うし。
 でも、正直そこまで必要なのか?とか思ったり。
そのうちアニメで「微分」とか「積分」とか言い出して、俺に質問してよこしたらどうしたらいいんだ?とか…(汗)
 DY/DXとか、インテグラル(∫)とかラウンドディー(∬)とか説明するつもりなのか?とか。
 どこまで正しく説明していいものやら…。
 かといって、「後は大人になってからね!」というのも逃げるようで好きじゃないし…(苦笑)
 考えて理解できそうなことであれば結論の方向に誘導すればいいので楽なのですが、知ってる、知らないの問題になると、これがなかなか…。
かといって、ラウンドディー(∬)なんて、知らなくても絶対幸せになれるような。なんなら、知らない方が幸せになれるかも知れないような(爆)
 彼女が中学生ぐらいになって、保健体育(まだあるか知らんけど)でAIDSの話なんか習ってきて質問してよこしたらどうすんだ?みたいな(笑)
 いや、どうしたら感染するとか、そんなことはふつうに説明しますけどね。
予後とかそんなんまで説明してしまうのではないかと我ながら心配で…(笑)
 どこかで「心臓発作で倒れた」とかって話を娘が聞いてきてそれを質問してよこしたりすると…。
「おそらくそれは心室細動の状帯になってしまったので、カウンターショックとかで蘇生を試みたんだろうけれども、結果として無理だったということで…」とか言い出しそうで(苦笑)
 いつでも子供たちとは真正面から向かい、話をするように心がけている…といえば聞こえだけは良いのですが、なんかおかしくない?と我ながら思ってしまいます(苦笑)
 あまりに世知辛いことなんかは説明しないつもりですが、科学的「なぜ?どうして?」には真剣に応えてあげたいとも思いますし…。
うむむむむ(笑)
どうなるんでしょうね、どこ行くんでしょうね、我が家(爆)