今回は、この教えを前提にブログ発信しなければ意味がないのでは祈る とさえ思えるほど重要な課題について書かせて頂きたいと思いますキラキラ

 

最初にぜひとも知って頂きたいのはひらめき電球これは決して新しい教えなどではなく、もちろん異端の教えでもなく、これこそが元々の、本来の聖書の教えであるという事です。

 

 

昨今では、この世で信じられてきたこと全てが「真実であるとは限らない」と気付かされる事が多いのではないでしょうか、、汗それどころか、実際は「欺瞞でいっぱいに満ちている」と知る度に、それらに決して騙されてはならないと強く感じています。

 

この一部の西洋キリスト教の大いなる「間違い/勘違い」を正し、真実を宣べ伝える事はとても重要だと思わされます。

 

 

何よりも、この西洋キリスト教による「誤解」により広められた「誤った」教えが、、

 

日本の人々の救いに「歯止め」が掛かってしまっている大きな要因の一つだとしたならば、決して黙っている訳にはいかないと、意を決して何度かこの課題を取り上げさせて頂いていますくろす

 

 

 

 

もしも、この教えにどうしてもご納得いかないと思われる方がいらっしゃいましたらぐすん どうかこの記事は何卒スキップして頂けましたなら幸いですお願いキラキラ

 

※なお、このブログで「よみ」は、日本でもなじみの深い「黄泉」という漢字で統一させて頂きたいと思います。

 

 

 

 

日本国内では、下記のような声をよく聞きます。

 

「自分の亡くなった家族が、いま「地獄」で苦しんでいると思うと、とても辛い。

自分だけが救われるのは、申し訳ない 」 、、

 

 

日本にクリスチャン人口が増えない一つの理由は、死後の世界観に関する誤解により、他者への思いやりが深いがゆえつまずいてしまう、という事が大きいような気もします、、

 

 

福音を受け入れずになくなった方達は、決して地獄などにはおられませんハート

 

 

 

 

 

「この世で」福音を受け入れた人々は、神のご臨在する「天の御国」へ召されますが天使

 

この世で福音を受け入れる事なく亡くなった人々は、「黄泉」へ一度降ることになります。

 

 

黄泉の世界は、天国にも似た(アブラハムの懐のような)「慰め」の場所や、

 

地獄にも似た「苦しみ」の場所等の4つの様々な区間に分かれている(エノク書)と言われています。

 

ただ、ある意味で(「苦しみ」の場所に降った人達にとっては特に)この世でいう所の「留置場」に入れられてしまうのと同様の状態であるとも言われています。

 

 

それも「何千年」という、とてつもなく長い期間ですポーン 

 

 

 

 

そして「最後の審判」である最終の行き先が決定する「白いみ座の裁き」まで、黄泉にてこの世での自分の行いなどを振り返る機会や、回心するチャンスが与えられると言われています。

 

 

そのような段階を経ること無く、「直行ベル」で天の御国の祝福にあずかるという事は、何と幸いな事でしょうか うさぎのぬいぐるみラブラブ

 

 

だからこそ、今この世においての「プロローグ/テスト期間中」はてなマークに、真の救いである「福音」を信じる事が何より大切なのですクラッカー

 

 

 

 

「クリスチャン人口1%」と呪文のように唱えられている日本人が泣、、

 

また「全世界のノンクリスチャン」の人々が、「福音を受け入れなかった」という理由だけで、、

 

死後には「有無を言わさず」、悲惨な「永遠の地獄」へ落ちるなどとは、ずっと信じる事は出来ませんでしたあせる

 

 

日本国民の99%が、「火」と「硫黄」と「蛆」がつきる事のない、とてつもなく恐ろしい地獄(地獄は、黄泉と違って慰めなどの場所が無い)で永遠に苦しむなど、とても考えられないからですあせる

 

 

そんなホラーのような悲しい事は、到底信じられるものではありません (:.;゚;Д;゚;.:)

 

 

 


「神は一人も滅びることを望まず」という聖句があります。

 

 

だからこそ、「最後の最後」の審判にて最終的な罪の言い渡しをされるまで、主は救いの手を差し伸べ続けるのだという事を信じます十字架

 

 

 

十字架の後、イエスキリストは復活される直前にも、「黄泉に降られ」、旧約時代に亡くなった者達へ福音を述べ伝えられました。

 

そしてそれは後の時代にも、同様のことが成就されるのだと信じますお願い

 

 

聖書では数多くの「ひな型」があり、「歴史が繰り返される」事がいくつも記されているからです。

 

 

しかし、覚えておきなさい。
 
彼らは、生きている者と死んだ者
すべてをさばかれる裁判官の前で、
 
罪を問いただされることになるのです。
 
だからこそ、福音は洪水で
滅ぼされた人々にも伝えられたのです。
 
それは、たとえ肉体には死の罰が下されても、
霊においては神に生かされるためでした。
 
 
ペテロの第一の手紙4:6
 
 

 

 

さらに注目して頂きたいのは、では一体何のために白い御座において「最後の審判」なるものが執り行われる必要があるのかはてなマークということなのです。

 

 

聖書には、「この最終の裁きにより、火の池である地獄へ落とされる者もいる」と記されています。

 

 

もしも万が一、「この世で福音を受け取らなかった者達」=「全員地獄」叫びであるとするならば、、

 

あえて「最後の審判」を催す必要など、どこにもないのです汗

 

 

憐れみ深い神は、一度地獄へ落とした者達を引きずり出してはてなマークまで大泣き 最後のとどめを射すあせるなどという事は決してなさらないと思うからです。

 

 

 

 

神はとてつもなく恵み深い方であるという事を、忘れてはなりません (∩。•o•。)っ.゚☆。・ 

 

 

人々が、黄泉に降られた後も、

 

「全人類のために死んでくださった、罪なき神のひとり子イエスキリストを信じる」事により、

 

どんな罪も贖い清められ、永遠の救いへと導いてくださるのです十字架キラキラ

 

 

 

 

もしかすると、「セカンドチャンス」という響き?が一部反感を買われてしまう理由の一つなのかも知れません。

 

それは決して、ゲームやクイズの「敗者復活戦」のような軽いものなどではないのです。

 

 

もしも最初から今までずっと、聖書の神の本来の教えである事実が正しく広まっていたならば、セカンドチャンスなる言葉自体が聞かれる事はなかったかも知れません。

 

 

ただ、地獄へ落とされる事を「第二の死/セカンド・デス」と言うのであれば、

救われる為の「第二の恵み/セカンド・チャンス」という言葉があるのも不思議ではないのかも知れません昇天

 

 

死とよみも、

その中にいた死者を出し、

 

彼らはそれぞれ

自分の行いに応じて裁かれた。

 

死もよみも

火の池に投げ込まれた。

 

この火の池が

第二の死である。

 

その名が命の書に

記されていない者は、

 

火の池に投げ込まれた。

 

 

ヨハネの黙示録20:13-15

 

 

 

 

 

 

私たちは、これらの真実を人々に伝える必要があるのです祈る

 
 

さらには、黄泉の「苦しみ」の区間に降りた人々は、「そこで」悔い改め、福音を素直に受け入れることは、この世において受け入れるよりも「さらに難しくなる」可能性があると考えられます。

 

最後まで受け入れる事が出来ずに、むしろ「神を呪いながら地獄へ落される者」ドクロも多いと言います。

 

 

残念ながら、聖書で語られるように「二度目の死」に遭遇し、「永遠の裁き」に合う者達も存在するのです魂

 

 

 

 

 

 

だからこそ、皆「この世で」いち早く救われるのがベストキラキラであるという事は間違いありません。

 

 

そしてたとえ「黄泉」の「慰め」の場所にいる人達とさえも、長い期間、再会することは叶いませんタラー

 

そんな家族や、友人知人、先祖達の救いの為に、救われた者達が熱心に祈り求める事が出来るという事は、とても大きいのではないでしょうかチョコ

 

 

主イエスを信じなさい。

 

そうすればあなたも、

あなたの家族も救われます。

 

 

使徒16:31

 

 

 

 

 

今現在でも、先進国においてクリスチャンが著しく少ないのは「イスラエル」と「日本」であると言われています泣

 

 

だからこそ、ずっと理解出来ず不可解に思っていました、、そんな「神の民」として選ばれたといっても過言ではない国民のほとんどが、「地獄行き、、はてなマーク」とはとても考えられず、それが神の御心とは、とても信じがたいものだったからです。

 

 

必ずそこには「神様の壮大なるプラン」である何かが隠されているはずだと、ずっと信じて疑いませんでしたラブレターキラキラ

 

 

そのような者達にとっては、この教えを知る事により、心から感謝にあふれ、喜ぶ事が出来ることは間違いありませんヾ(´︶`*)ノラブラブ

 

 

 


たとえどの時期に、どのような形であるとしても、神の民である多くの者達が救われクラッカー天国に導かれる事を心より強く信じています ( ; ᵕ ; )ドキドキ

 

 

☆.。.†:*・゜☆.。†.:*・゜

 
 
もしよろしければ、かねてよりセカンドチャンス論を世界に発信されている、久保有政さんの動画2本を一部抜粋させて頂きます。
 
 
 
 
東方教会のセカンドチャンス信仰
 
 
人は死後、「天国」か「黄泉」へ行く。
 
ようやく21世紀の今日になって、欧米などでも「黄泉ハデス」と「地獄ヘル」は違うのだという理解が広まりつつあります。
 
 
結論から言いますと、東方教会の伝道者らは「死の直後に天国か地獄のどちらかに行く」という西洋キリスト教を「聖書の教えから駆け離れた、かなり異質なもの」として問題視しています。
 
西洋のキリスト教の教え、つまり「天国と地獄の2つだけだ」というのは「単純化されすぎている」と東方教会の人々は指摘します。
 
 
 
 
考えても見てください。
 
例えば、あなたが愛する未信者の家族を失ったとしましょう。
 
あなたが誰かに「あの人は今どこにいるのですか?」と聞いて、もし「地獄です」と言われたら一体どんな気持ちがしますか?
 
きっと「ひどいことを言う」と思うに違いありません。
 
 
 
 
しかし西洋キリスト教は、そんな教え方をしてきたのです。
 
または良くて「それは神様にお任せしましょう」と答えることでしょう。
しかしぼやかして、そう言っているに過ぎないのです。
 
 
それを考えただけでも、東方教会の死後観の方が、はるかに「聖書的」であるということがお分かりになるはずです。
 
 
 
 
それは、
イエスの御名によって、
 
天上のもの、地上のもの、
地下のものなど、
 
あらゆるものがひざをかがめ、
また、あらゆる舌が、
 
「イエス・キリストは主である」
と告白して、
 
栄光を父なる神に
帰するためである。
 
 
ピリピ人への手紙2:10-11
 
 
東方教会では初代教会以来、この「地下のもの」とは黄泉の死者のことだと理解されてきました。
 
実際旧約聖書では、黄泉は地の下にあるものとして何度も言われていますから、それが最も自然な解釈です。
 
 
この聖句は天上、地上、そして黄泉を含む全宇宙の魂たちが神様に賛美礼拝を捧げている光景を描いています。
 
黄泉の魂たちも、キリストの声に反応して信仰を持つならば、救われてやがて復活して永遠の命に入ることを意味しています。
 
 
 
 
黄泉の死者のための最終的な行き先を決定する、世の終りの神様の「最後の審判」の法廷に、「命の書」が提出されています。
 
命の書とは、実は「回心者名簿」です。
 
 
これは取りも直さず、黄泉にいた魂の中にも回心して命の書に名前が記されている者たちがいるということです。
 
 
 
 
西洋キリスト教では、反対する人々はよく誤解して「もしセカンドチャンスがあるなら必死にこの地上で伝道する意味がなくなってまうじゃないですか」なんてことを真顔で言います。
 
しかし実際には、そんなことは全くないわけです。
 
セカンドチャンスがあるからこそ、地上の人々と黄泉の魂たちのために今必死に伝道すべきです。
 
 
私たちは、「伝道は今周囲に生きている人々に対してできるだけで、過去の人々にはもう出来ない」とも思いがちです。
 
しかし、そうではないのです。
 
私たちが今この地上で行う伝道と祈りは、「過去に生きた人々」、「黄泉に下った魂たち」に対しても、大きな影響力を持つのです。
 
 
 
 
あなたが地上で人々に伝道したからこそ、黄泉に行った魂は、キリストの福音をそこで思い起こすことができます。
 
それらがあってこそ、黄泉に行った魂も救われるのです。
 
 
しかし、信じたことのない者を、
どうして呼び求めることがあろうか。
 
聞いたことのない者を、
どうして信じることがあろうか。
 
宣べ伝える者がいなくては、
どうして聞くことがあろうか。
 
 
ローマ書10:14

☆.。.†:*・゜☆.。†.:*・゜

 

 

 

 

こんなに違う!東方教会と西洋キリスト教の死後観

 

日本にいると、「東方教会のキリスト教」に触れる機会はほとんどないと思いますので、内容はあまり知られていないのではないでしょうか。

 

「東方教会」と「西洋キリスト教会」の最も大きな違いは、「死後観」に関する違いです。

 

はっきり言って、ものすごく違います。

 

一体どうして同じキリスト教なのに、こんなにも違うのか?と戸惑うほどです。

 

聖書に何度も出てくる「よみ/黄泉」、これはギリシャ語で「ハデス」、ヘブル語で「シェオール」と言いますが、西洋キリスト教会では、黄泉の世界は地獄と「同一」とみなされてしまっているのです。

 

 

それを思うと私などは、西洋キリスト教が日本で広まらないのは当然だろうと思ってしまいます。

 

 

 

 

東方教会では、「黄泉」と「地獄」ははっきりと区別されています。

 

 

キリストを信じて生きたクリスチャンは、死後ただちに霊的な天国に挙げられる。

 

 

一方、未信者は死後ただちに、黄泉(ハデス)に降る。

 

黄泉は、地獄(ゲヘナ/ヘル)とは別の世界である。

 

 

 

 

 

黄泉にいた者の内、「悔い改めの実を結ばなかった者」は、「最後の審判」の後に、最終的に「地獄」へ入れられる。

 

しかし、「悔い改めと信仰の実を結んだ者」は、そののち「神の国」に迎え入れられる。

 

 

だから、黄泉にいる魂に光が与えられ、悔い改めて信仰を持てるよう、地上の者たちが「祈る」ことは、神によって良しとされる事である。

 

 

 

 

神の恵みと愛は、黄泉に行った未信者の魂に対しても途切れず注がれていると信じられています。

 

聖書が言っている事を、単純にそのまま信じているわけです。

 

 

これらは、「未信者の死後に希望はない」という西洋キリスト教となんと違うことでしょうか。

 

一体どちらが聖書の教えなのか、皆さんも真剣に検討していただきたいのです。

 

 

 

 

西洋キリスト教の宣教師の多くは、実は母国の教会で「使徒信条」を、「主は死にて葬られ、地獄(ヘル)に降り」と告白してきた人々なのです。

 

聖書は、「主イエスは十字架の死後、黄泉/ハデス/シェオールに降った」と述べます。

 

 

この混同は、一体いつから始まったのでしょうか?

 

実は、四世紀にラテン語聖書が「黄泉と地獄を同じ言葉で訳してしまう」という致命的な間違いを犯しました。

 

 

 

 

また、今も欧米で使っている人が多いKJVという英語訳があります、これもルカの福音書16章では地獄(ヘル)と誤った訳をしてしまいました。

 

しかし言語のギリシャ語では、ハデス(黄泉)の苦しみの場所という区画の事であったのです。

 

 

死後観の誤りは、正さなければなりません。

 

それは人にとって、最も大切な部分だからです。

 

 

 

 

今は亡きあなたの親族も家族も、また福音を一度も聞くことなく死んだ日本人の先祖たちも、私たちの祈りによって救われる可能性があります。

 

 

神は愛であり、公平で正しい義なる方です。

 

 

ですから、救われるためのチャンスを必ず全ての魂にお与えになります。

 

 

 

 

イエス様は、「全ての造られた者に福音を宣べ伝えよ」と言われましたね。

 

福音を地上で一度も聞くことがなく去った魂に対して、イエス様が無関心でいることなどあり得ないのです。

 

 

イエス様は、どんなに彼らのことを気にかけておられることでしょう。

 

 

神はそういう方でありますので、どうぞ失望なさらないでください。

 

福音を1度も聞くことなく、また信じることなく去った今はなきあなたの先祖や親族、家族、友人の方々も全員、神との愛の中にあります。

 

 

「生きている者をも、
死んだ者をも、顧みて、
 
いつくしみを賜わる主が、
どうぞその人を祝福されますように」
 
 
ルツ記2章20節
 

 

 

いつもご訪問いただきまして、ありがとうございますおすましペガサス乙女のトキメキ

 

 

今年は日本のみならず、世界各国で異常気象や災害などが頻繁に起こる年となってしまいましたねショボーン汗被害に遭われた方々には、心よりお見舞いを申し上げます。

 

 

今回は引き続き、シリーズとして少々怖い内容のものとなってしまいますが (((;´•ω•`;)))

 

「聖書」が将来的に起こる「終末」の預言を元にした動画の内容をシェアさせて頂きたいと思いますので、よろしければぜひ一度ご覧ください祈るきらきら

 

 

 

 

キリストの再臨 - 映画(2026年)

 

 

 

「反キリスト」が現れる前に、世界が「単一の指導者」によって統治される時が来ます。

 

また太陽、月、星に、奇妙な兆候が現れると警告されています。

 

 

 

 

イエスキリストの「再臨」までの数か月、数週間の間は、人々は普段通りの生活を続けるでしょう。

 

聖書が預言したように、人々は日常生活の喧騒や要求に気を取られてしまうでしょう。

 

 

キリストは、必ず戻って来られます。

 

「義の姿」で来られますが、世界全体はまだ準備ができていません。

 

 

 ここであなたがたに、

驚くべき神の奥義を告げましょう。

 

私たちはみな、

新しい栄光の体をいただくのです。

 

終わりのラッパが鳴り渡る時、

一瞬のうちにそうなるのです。

 

天からラッパの音が響くと、

死んでいたすべてのクリスチャンは、

たちまち朽ちない新しい体に復活します。

 

次に、まだ生き残っている者もまた、

一瞬にして新しい体に変わるのです。

 

なぜなら、地上の死ぬべき今の体は、

天上の決して死ぬことのない、

 

永遠に生きる体に

変えられなければならないからです。

 

 

コリント人への手紙第一15:51-53

 

 

 

 

「携挙」は、突然起こります。

これは予期せぬ出来事です。

 

まるで夢のように携挙が起こりますが、現実はあまりにも衝撃的で理解し難いものとなるでしょう。

 

そして大きなラッパの音と共に、「栄光の王」が雲の中から現れます。

 

それは単発の出来事ではなく、全世界の注目を集める、まさに大事件となるでしょう。

 

 

 

 

これらの迫害が続いたすぐあとで、

太陽は暗くなり、

月は光を失い、

星は天から落ち、

天体に異変が起こります。

 

その時、

わたしが来るという前兆が

天に現れるのです。

 

地上のあらゆる国の人々は

深い悲しみに包まれ、

 

わたしが力と輝く栄光を帯びて、

雲に乗って来るのを見ます。 

 

ラッパが高らかに鳴り響く中で、

わたしは天使たちを遣わします。

 

天使たちは、

天と地の果てから果てまで行き巡り、

選ばれた者たちを集めるのです。

 

 

マタイの福音書 24:29-31

 

 

 

 

携挙されたクリスチャンの心を満たす喜びは、言葉では言い表せないでしょう。

 

それは、この世の残酷さと罪深い性質に耐えたことに対する、究極の報酬だからです。

 

私たちはかつての使徒たち、殉教者たち、そしてキリストにある愛する親族や友人たちと会うのです。

 

また携挙は多くの人たちにとって、審判の日となるでしょう。

 

 

 

 

そしてすべてが理解され始めたまさにその時、7年間の「患難時代」が始まります。

 

それは神が、彼らに「怒りを解き放つ時期」です。

 

混沌、甚大な不確実性、説明のつかない超自然的な出来事が次々と起こるでしょう。

 

 

 

 

しかし、救われるのは左右に振られることのない者たちです。

彼らは立ち上がり、頭を上げます。

 

なぜなら贖罪、すなわちイエスキリストの再臨が近づいているからです。

 

聖書は患難時代を通して、神が下す一連の段階を明らかにしています。

 

 

 

 

反キリストは、患難時代の7年間を統治します。

 

悪魔は単なる詐欺師であり、神を妬んでいるのです。

 

 

「ヨハネの黙示録」は、イエスキリストから与えられた「啓示」を受けて書かれた物です。

 

私たちはこれを、世界の未来を予測するために用います。

 

 

この後、私は、

天からおびただしい

群衆の叫び声を聞きました。

 

「ハレルヤ、主を賛美せよ。

 

救いは神からの贈り物、

誉れと権威は神だけのものです。

 

 

黙示録19:1

 

 

 

 

ヨハネの黙示録5章には、イエスキリストだけが開く権限を持つ「巻物」が言及されています。

 

 

第一の封印は、白い馬です。

 

多くの人がこれが「反キリスト」だと考えています。

 

反キリストは、「キリストの地位に就くこと」を意図しています。

 


 

 

「そんな恐ろしいことが

いつ起こるのですか。

 

あなたがもう一度おいでになる時や、

この世の終わりには、

どんな前兆があるのでしょう。」

 

そこでイエスは、

彼らに説明されました。

 

「だれにも

だまされないようにしなさい。 

 

そのうち、自分こそキリストだと

名乗る者が大ぜい現れて、

多くの人を惑わすでしょう。 

 

 

マタイの福音書24:3-5

 

 

 

 

第二の封印は、赤い馬です。

 

この騎手は、地上から「平和を奪うため」に現れます。

 

これは「戦争」を象徴しています。

 

 

民族は民族に、

国は国に敵対して立ち上がり、

 

至る所で

ききんと地震が起こります。 

 

しかし、これらはみな、

やがて起こる恐ろしい出来事の

 

ほんの始まりにすぎないのです。

 

 

マタイによる福音書24:3-8

 

 

 

 

けれども、

最後まで耐え忍ぶ者は

救われるのです。

 

そして、御国についての

すばらしい知らせが

 

全世界に宣べ伝えられ、

すべての国民がそれを耳にします。

 

それから、

ほんとうの終わりが来るのです。

 

 

マタイによる福音書24:13-14

 

 

 

 

第三の封印は、黒い馬です。

 

 

これは、深刻な「飢饉」を表わしています。

 

この時代には、「物価が天文学的なものとなる」でしょう。

 

 

 

 

第四の封印は、青白い馬です。

 

この色は、病弱で死にゆく肉体を連想させると考えられています。

 

この騎手には実際に「死」という名前が与えられており、「ハデス(黄泉)が続く」と言われています。

 

これらはまさに、小説や映画でこれ程恐ろしい場面を描けるはずがないほど恐ろしい光景です。

 

 

 

 

第5の封印は、キリストへの信仰のために殺された聖徒達が天に現れます。

 

これは、「患難時代」にも、多くの人々が救われる事を示唆しています。

多くの人が悔い改め、神を信じるようになるでしょう。

 

 

第六の封印は、「大地震」と「暗闇」です。

 

使徒ヨハネは、黙示録6章12章~16節で見た驚くべき事柄について語っています。

 

 

 

 

さて、黙示録第7章の第六と第七の封印の間に、二つの重要な出来事が起こります。

 

まず、イスラエルの子らの「14万4千人」が印を押されることがわかります。

 

 

 

これらのイスラエル人が、新しく生まれ変わったことに注目してください。

 

彼らは「神のしもべ」であると書かれています。

 

この14万4千人の人々が福音を延べ伝え、地上に生き残っている人々への証人となると信じています。

 

 

 

 

また、もうひとりの御使が、

生ける神の印を持って、

 

日の出る方から上って来るのを見た。

 

彼は地と海とをそこなう権威を授かっている

四人の御使にむかって、

大声で叫んで言った、

 

「わたしたちの神の僕らの額に、

わたしたちが印をおしてしまうまでは、

地と海と木とをそこなってはならない」。 

 

わたしは印をおされた者の数を聞いたが、

イスラエルの子らのすべての部族のうち、

 

印をおされた者は十四万四千人であった。

 

 

ヨハネの黙示録7:2-3

 

 

 

 

まさに同じ章で、大勢の人々が天国に到着する場面が描かれています。

 

この7年間で多くの人が亡くなりますが、聖書には「多くの人が救われる」とも記されています。

 

 

神は、これまで地上を歩んだ聖徒たちの、最後の涙と祈りをすべて覚えておられます。

 

私たちが生み出すあらゆる傷、苦しみ、辛い記憶を神は覚えておられます。

 

 

神はいつの日か、全てを正しく導いてくださいます。

 

 

 

 

そしてそれが、患難時代において最も重視する点なのです。

 

ある意味で、「終末の裁き」は「地獄の前兆」です。

地獄は決して終ることなく、逃れることが出来ない永遠の苦しみです。

 

 

こうした全ての裁きの後、イエスが「再臨」し全てを正します。

 

全ての聖徒たちは救い主と共に「千年間の統治」を行い、キリストが真の正義と指導の在り方を示します。

 

その千年の後、サタンは永遠に縛られます。

(その後に、最終地点である「新天新地」の時代がはじまります)

 

 

 

 

私たちが見て来たこれらの事は全て、私たちのすぐ目の前に迫っています。

 

それらは私たちが生きている間に容易に起こり、いつ始まるかわかりません。

 

 

私たちはこれらの恐ろしい出来事を、人々に伝えるために心を奮い立たせないわけには行きません。

 

 

 

 

これらの迫害が続いたすぐあとで、

太陽は暗くなり、月は光を失い、

星は天から落ち、天体に異変が起こります。

 

その時、

わたしが来るという前兆が天に現れるのです。

 

地上のあらゆる国の人々は深い悲しみに包まれ、

わたしが力と輝く栄光を帯びて、

雲に乗って来るのを見ます。 

 

ラッパが高らかに鳴り響く中で、

わたしは天使たちを遣わします。

 

天使たちは、

天と地の果てから果てまで行き巡り、

選ばれた者たちを集めるのです。

 

 

マタイによる福音書24:29-31

 

 

 

 

奇妙な者たちがやって来ます。

外見はまともに見えても、内面には闇を抱えている者たちです。

 

彼らは「悪魔の手先」であり、影で暗躍する権力や支配者たちの影響を受けています。

 

彼らは羊の皮をかぶった狼であり、彼らの目的は「人々の心を神から引き離す事」です。

 

 

わたしたちの戦いは、

血肉に対するものではなく、

 

もろもろの支配と、権威と、

やみの世の主権者、また天上にいる

 

悪の霊に対する戦いである。 

 

 

エペソ人への手紙6:12

 

 

 

 

私たちの神は秩序の神であり、その神の命令に従う「無数の天使」を従えています。

 

 

悪魔はダニエルの祈りを届けるのを阻止しようとしたが、それでも大天使ミカエルには敵わなかった。

 

 

信仰が強くなるほど、反対勢力も強くなります。

 

しかし知識を持つとき、イエスキリストはあらゆる悪霊、あらゆる闇の支配者、悪魔も含め、それら全てよりも上位にいる事を知るでしょう。

 

 

「イエスキリストが、万物に対して絶対的な力を持っている」という知識があれば、あなたは滅びる事はありません。

 

「キリストが、闇の王国の最高位の人物よりも上位にある」という知識があれば、恐怖は消え去ります。

 

 

 

 

最後に、

覚えておいてほしいことがあります。

 

あなたがたは、

自分のうちにある主の

 

全能の力によって

強められるようにしてください。 

 

悪魔のどんな策略にも

立ち向かえるように、

 

神のすべての武具で

身をかためなさい。

 

 

エペソ人への手紙6:10-11

 

 

 

 

私達は、イエスの血によって、信仰によって、そのみ名によって権威を与えられています。

 

地獄の門も、打ち勝つ事は出来ない。

 

 

私達は聖霊によって、悪魔に打ち勝つ力を与えられている事を知っています。

 

 

また、神は私達のまわりに、天使達を配置しておられることを知っています。

 

 

神の子である私達を守る、「神聖な境界」があるのです。

 

 

 

 

だからこそ、「神の言葉」を知ることはとても重要なのです。

 

 

神は、

神を愛する者たち、

 

すなわち、ご計画に従って

召された者たちと共に働いて、

 

万事を益となるようにして下さることを、

わたしたちは知っている。

 

 

それでは、

これらの事について、なんと言おうか。

 

もし、神が

わたしたちの味方であるなら、

 

だれがわたしたちに敵し得ようか。 

 

 

ローマ人への手紙8章28、31節

 

 

 

 

突然なのですが、、「携挙」なるものははたして実際に起こり得るのでしょうか?アセアセご存じの方は、みな一度は不思議に思われた事があると思います。

 

それは、日々私たちが過ごしている日常では、少し非科学的に感じてしまう現象なのかも知れません。

 

とはいえ聖書は常に真実を語っており、それらは確実に実現されると多くの者が信じていますチョコ

 

 

何故ならばすべての預言は、ことごとく成就されているからです。

 

 

「ソドムとゴモラ」や「ノアの箱船」の時代にも、神は罪深い人類をまさに「摩訶不思議な超常現象」を用いて滅ぼされたお話は有名ですね。

 

想像を絶するほどの「罪」と「腐敗」で満ちていた世界に、神の裁きがくだされたのです。

 

その際にも神は義人達を、この世に「災害が下される直前」に取り去られるように守ってくださいました天使

 

 

ソドムとゴモラの廃墟跡地には「塩の成分」が含まれた土が発見されたと言われ、また「ノアの箱船の残骸」もトルコのアララト山に埋もれているのが発掘されています。

 

「進化の過程における化石」は、(無数になければおかしいにも関わらず偽物ばかりで)実際には一つも発見されていないようですがうーん、、

 

一方で「ノアの箱船時代の化石」が多数発掘されているという事は、進化論は間違いであり、ノアの箱船は真実であるという良い証拠なのではひらめき電球

 

また、アリゾナのグランドキャニオンなど世界中に現存する「地層」においても、短期間の内に「大洪水」が起きた歴史を私たちが目にすることが出来る、最大なる証であるとも言われています。

 

 

お話が大分それてしまいましたが 猫あたま、、今まさにこの現代においても罪と腐敗が蔓延しており、日々のニュースでも目を覆いたくなるような事件が多発しているようですねガーン

 

「携挙」は、確かに人間にとっては壮大過ぎてあり得ない出来事のように感じてしまうかも知れませんが、、よく考えてみますと、人知をはるかに超えた「天地/人類創造」を成された神様にとっては、いとも容易いことなのかも知れませんキラキラ気づき

 


実際に、旧約時代の「エノク」と「エリヤ」と、復活された「イエスキリスト」は、群衆の観ている目の前で、天にそのまま引き上げられたと聖書にはっきりと記されていますねキラキラ

 

 

この終わりの時代に、今までの人類史上あり得ないと思える方法で、神が裁きと救いをもたらせるのだと信じてやみませんお願い

 

それがいつになるのかは、神のみぞ知ることだと聖書にあります。数年以内なのか、数十年なのか、あるいは100年以内の事なのでしょうか、、

 

ただ確かに言えることは、一人ひとり個人の終末は確実に数十年以内には訪れると思われるので、たとえ携挙がいつであったとしても、私たちは同じ信仰を持ち続けるべきだと思うのですカギ

 

 

イエスキリストご昇天後の時代、神は、ただ「聖書に延べ伝えられている福音により信じる人々」を探し求めておられるのではないでしょうかくろす

 

 

「あなたはわたしを見たので

信じたのか。

 

見ないで信ずる者は、

さいわいである」。

 

 

ヨハネによる福音書 20:29

 

 

神がお約束された事は、必ず成就されるのです

(∩^o^)⊃━☆゚.*・。

 

 

信仰とは、

望んでいる事柄を確信し、

 

見えない事実を確認することです。

 

 

ヘブライ人への手紙 11:1

 

 

 

 

 

 

もしもよろしければ、ご参考の一つとしてぜひ一度ご覧くださいね ( ´∀`)bグッ!

 

 

RAPTURE | In The Twinkling Of An Eye 
携挙/瞬きをする間に

 

 

 

それはすぐに起こります、瞬く間に。

 

民間旅客機の操縦席では、パイロットが操縦桿を握っている。

 

そして一瞬の内に、彼は姿を消した。

「携挙」され、取り去られた。

 

高速道路を、会計士が長い一日を終えて家路についている。

そして、彼女は取り去られた。

 

 

 

 

世界の指導者や政治家たちは、想像を絶する事態が展開しているのを目の当たりにした。

 

携挙は予告もなく、容赦もなく、別れを告げる時間もなく訪れる。

 

世界は、何が起こったのか理解できないだろう。

世界は準備ができていないだろう。

 

そして残された人々は混乱し、恐怖に怯え、答えを探し求めるだろう。

 

 

 

 

携挙は必ず訪れる。

そして、それは突然のことだ。

 

「携挙」は、「大患難」が始まる前に起こる。

 

この出来事において、イエスはご自身の民を救い出し、世界に迫りくる怒りの時から彼らを守るでしょう。

 

 

「携挙」の際、イエスは雲に乗って来られ、空中で忠実な信者たちを捕らえて連れ去るだろう。

 

 

「再臨」の際は、イエスは地上に来られる。

 

彼はオリーブ山に足を踏み入れ、神の敵を滅ぼし、地上に「千年王国」を築くでしょう。

 

 

 

 

携挙の際、イエスの再臨は喜びと祝祭によって迎えられる。

 

栄光に満ちた出現に言及する聖句は、神の敵、特に「反キリスト」を偽預言者に何が起こるかに焦点を当てている。

 

 

反キリストが権力を握る前に、携挙がまず起こるだろう。

 

反キリストはおそらく、世界中で何百万人もの人々が突然

消滅することによって生じる「混乱」を利用して、世界に登場しようとするでしょう。

 

 

 

 

また多くの人々は、世界の指導者たちが、人々の失踪は「宇宙人による誘拐や侵略」の結果であると主張することで、「携挙があったという説を否定」しようとする可能性が非常に高いと考えている。

 

メディア業界の多くの指導者たちは、悪魔的な力に促されてこの話を広めている可能性がある。

 

 

彼らは、「反キリスト」が権力を握るための舞台を整えていることに気づいていない。

 

 

新しいカリスマ的で、一見賢明で慈悲深い世界の指導者が支配し、関係者全員の利益と保護のために戒厳令を課すことを可能にするだろう。

 

 

 

 

ハリウッドは、エイリアンが突然襲撃して関係者を連れ去ったと発表される日が来ることを、私たちに準備させてきた。

 

 

その物語は、何十年にもわたって綿密に作り上げられてきた。

 

 

大衆は、その嘘を信じるだろう。

 

悪魔的な勢力によって何十年にもわたって育てられてきた邪悪な指導者たちは、このエイリアンの「偽装工作」を利用して恐怖を煽るだろう。

 

 

 

 

高度な技術と悪魔的な力は、脅威の幻想を増幅させるだろう。

 

預言に記されている苦難の出来事、水の汚染、空から降る火、疫病などは、目に見えない異星人の敵のせいにすることが出来る。

 

 

これは、「聖書が真実」であり、「神が苦難の裁きを通して人類を神に立ち返らせようとしている」という真実を、覆い隠してしまうだろう。

 

 

 

 

黙示録の災害

 

ヨハネの黙示録に記されている災厄は、「悪人たちの悪行に対する報い」として、神が定めた正義のシステムの一部です。

 

 

始める前に言っておきたいのですが、この情報によって恐れる必要はありません。

 

 

むしろ黙示録は、祝福を伴う書物であることを覚えておいてください。

 

 

 この預言の言葉を

朗読する者と、これを聞いて、

 

その中に書かれていることを

守る者たちとは、さいわいである。

 

時が近づいているからである。

 

 

黙示録1:3

 

 

 

 

さて、ヨハネの黙示録に記されている災いの第一段階には「七つの封印」が含まれ、第二段階には「7つのラッパ」の災厄が含まれる。そして最後の段階は「七つの鉢」という用語です。

 

 

苦難の時代にあっても、信仰を貫こうとする人々がいるのがわかるでしょう。

 

それは「新しい世界の指導者」に服従することを、拒む者たちだ。

 

 

 

 

多くの人は、何が起こっているのかを理解できないだろう。

 

 

その時には、

人々は死を求めても与えられず、

 

死にたいと願っても、

死は逃げて行くのである。

 

 

ヨハネの黙示録9:6

 

 

世界の政治システムは崩壊し、権力と富を失ったことへの嘆きが広がるだろう。

 

聖書によれば、「神を呪い、救いを求めて神に頼ることを拒む人々が現れるだろう」とさえ記されている。

 

 

 

 

ハルマゲドンという大戦の幕開け

 

 

悪霊たちは奇跡を起こしながら、世界各地の王たちのもとへ出向き、「神との戦い」に加わるように彼らを促した。

 

多くの人々は疫病の恐ろしさゆえに、依然として神を呪うだろう。

 

患難時代は、神の裁きを地上にもたらす。

 

しかし、キリストにある者は救われる。

 

 

 

 

永遠を考えると

 

もし今夜が地球上で過ごす最後の夜だとしたら、あなたはどのように過ごしますか?

 

 

しかし、携挙とは一体何なのでしょうか?

携挙という言葉には、いくつかの定義がある。

 

まず、「人を別の場所や存在領域へと運ぶもの」と定義できる。

 

 

携挙とは「イエスキリストが地上に戻り、信者たちを天国へ連れて行き、永遠の命を与える瞬間」のことです。

 

それは文字通り、「信者たちを地上から運び出す」ことになるでしょう。

 

 

 

 

すなわち、主ご自身が

天使のかしらの声と

 

神のラッパの鳴り響くうちに、

合図の声で、

天から下ってこられる。

 

その時、

キリストにあって死んだ人々が、

まず最初によみがえり、 

 

それから生き残っているわたしたちが、

彼らと共に雲に包まれて引き上げられ、

 

空中で主に会い、こうして、

いつも主と共にいるであろう。

 

 

テサロニケ人への手紙第一4:16-17

 

 

イエスは私たちのために場所を用意し、戻って来て私たちを迎え入れると告げました。

 

 

 

 

黙示録

 

「見よ、彼は白い馬に乗ってやって来る」

 

それは聖書の言葉です。

 

キリストは「正義の裁き主」として、そして「世界の唯一の真の救い主」として再臨する。

 

ヨハネの黙示録の最後の章で、全世界にイエスキリストからこの警告が与えられます。

 

 

見よ、わたしはすぐに来る。

 

わたしは、報いを携えて来て、

それぞれの行いに応じて報いる。

 

わたしはアルファであり、

オメガである。

 

最初の者にして、最後の者。

 

初めであり、終わりである。

 

 

ヨハネの黙示録 22:12-13

 

 

 

 

その時は、世が思っているよりも近い。

そして唯一適切な対応は、義をもって生きることである。

 

何世代にもわたり、生活は慣れ親しんだパターンで続いてきた。

 

ノアの時代のように、世界は安定し、予測可能であるように見えた。

 

自分たちの生活、社会、そして運命さえも完全にコントロールしていると信じていた。

 

 

人々は、しばしば「聖書の終末の警告」を無視してきた。

 

また、それらは「私たちの時代とはかけ離れた時代のもの」だと信じる者もいた。

 

しかし、聖書は常に明確であった。

 

 

神は日を定めた。

ご自身の主権によって、時と季節を定めた。

 

 

 

 

そしてある日、静かに、誰にも知らされずに公の発表や人々の認識によって、「歴史の最終章」が始まります。

 

神の言葉に耳を傾け、世界の出来事を注意深く見守ってきた人々は、それをはっきりと見るでしょう。

 

「兆候」はここにあります。

それらは、もはや地平線の遠い影ではありません。

 

ますます激しくなる「産みの苦しみ」のようなものです。

 

 

心を整え、キリストに目を向ける者は、この世が自分たちの故郷ではないことを覚えており、自分たちは旅人であり、通り過ぎる異邦人です。

 

そして大きな「欺瞞」の時代にあっても、彼らは警戒を怠りません。

 

彼らは心を守り、敵の策略に抵抗します。

 

 

 

 

イエスは言われた。

 

「惑わされないように気をつけなさい。

 

わたしの名を名乗る者が大勢現れ、

 

『わたしがそれだ』とか、

『時が近づいた』とか言うが、

 

ついて行ってはならない。

 

 

ルカによる福音書21:8

 

 

そして今日、その「警告」はかつてないほど強く響き渡っています。

 

何故でしょうか?

それはサタンが、「獲物」を狙っているからです。

 

魂を釣り上げ、巧みに餌を投げ込んでいるのです。

 

 

彼は時が迫っていることを知っており、人々の心を盲目にするために奔走しています。

 

 

 

 

また大地震があり、

あちこちに疫病やききんが起り、

 

いろいろ恐ろしいことや

天からの物すごい前兆があるであろう。

 

 

ルカによる福音書21:11

 

 

そして、自然界に兆候が現れ始めます。

 

 

 また日と月と星とに、

しるしが現れるであろう。

 

そして、地上では、諸国民が悩み、

海と大波とのとどろきにおじ惑い、 

 

人々は世界に起ろうとする事を思い、

恐怖と不安で気絶するであろう。

 

もろもろの天体が

揺り動かされるからである。 

 

そのとき、

大いなる力と栄光とをもって、

 

人の子が雲に乗って来るのを、

人々は見るであろう。

 

これらの事が起りはじめたら、

身を起し頭をもたげなさい。

 

あなたがたの救が

近づいているのだから」。

 

 

ルカによる福音書21:25-27

 

 

 

 

地球がうめき声をあげる。

空が轟音を立てる。

自然災害は、その規模と頻度を増している。

 

火山が目覚める。

そして、天空そのものが揺れ動いているように見える。

日食、赤い月、空の奇妙な動き。

 

これらは無作為ではない。

それらは偶然ではない。

それらは兆候だ。

 

 

裁判官がドアの前にいます。

それでも世界は眠っている。

 

 

 

 

しかし、見る目のある者にとっては、これらの印は丘の上の篝火のようなものだ。

 

その時代は、終わりを迎えつつある。

 

聖書は悪が増大し、多くの人々の愛が冷えていくことを警告している。

 

 

そして私たちは、この事態が恐ろしいほどのスピードで展開していくのを目の当たりにしている。

 

 

「善」のために開発された技術が、「悪」のために利用されている。

道徳が嘲笑される。

 

「暗闇は光」、そして「光は暗闇」と呼ばれる。

 

 

もし生き残る為の代償が、あなたの「魂」だったとしたら?

 

 

 

 

「狭い門から入りなさい。

 

滅びに通じる門は広く、

その道も広々として、

 

そこから入る者が多い。

 

しかし、

命に通じる門はなんと狭く、

その道も細いことか。

 

それを見いだす者は少ない。」

 

 

マタイによる福音書7:13-14

 

 

聖書は私たちに、ほとんどの人が聞きたくないことを伝えています。

 

大多数の人は、「広い道」を選ぶだろう。

 

大多数の人は、「その刻印」を受け入れるだろう。


 

 

 

 

「反キリスト」は、「怪物」として現れるわけではない。

彼は、(偽)救世主として現れるだろう。

 

彼らに解決策、新しい世界秩序、新しい金融システム、混沌から秩序をもたらす刻印を提供するだろう。

 

それは「彼らの安全、安心のため、そして社会のためだ」と説明するだろう。

 

そして拒む者、欺瞞を見抜く者を狩り立てるだろう。

 

 

彼はいと高き方に敵対して語り

いと高き方の聖者らを悩ます。

 

彼は時と法を変えようとたくらむ。

 

聖者らは彼の手に渡され

一時期、二時期、半時期がたつ。

 

 

ダニエル書7:25

 

 

 

 

 

 

わたしはまた、多くの座を見た。

 

その上には座っている者たちがおり、

彼らには裁くことが許されていた。

 

わたしはまた、イエスの証しと

神の言葉のために、

首をはねられた者たちの魂を見た。

 

この者たちは、

あの獣もその像も拝まず、

額や手に獣の刻印を受けなかった。

 

彼らは生き返って、

キリストと共に千年の間統治した。

 

 

黙示録20:4

 

 

 

「反キリスト」は、その名前が示す通り、「イエスキリストに攻撃的に反対する者」となるでしょう。

 

彼は「イエスキリストが象徴するものすべて」、「聖なるものすべて」、「真実であるものすべて」を破壊しようとするだろう。

 

しかし、私たちが理解しなければならない最後の真実があります。

 

 

「反キリスト」はどれほど強力に見えようとも、

どれほど多くの人々が彼に従っていようとも、

どれほど彼の刻印を受け容れるよう強い圧力がかかろうとも、

 

最終的には敗北します。

 

 

イエスキリストは、最終的に勝利します。

 

 

 

 

預言的カウントダウン

 

さて、この迫害の増加は福音の急速な広がりを示しています。

 

これは「携挙の直前」に起こると予想されます。
 

 

信者が反対に直面すると、彼らの信仰はしばしば「強まり」、証はより「力強く」なります。

 

 

この広範な迫害は聖書の預言を成就し、まさに終わりの時代にいるという印となります。

 

 

また、「欺瞞」の規模は驚くべきものです。

 

「自称メシア」の多くは、時には数千人にも及ぶ大勢の聴衆を集めています。

 

 

今日のデジタル時代においても、偽りの教えの拡散はソーシャルメディアという強力な味方を得ています。

 

 

 

 

無法と道徳の退廃

 

イエスは、「無法が増加する時が来る」と警告しました。

 

その答えは、世界中の多くの都市を変容させている衝撃的な傾向にあります。

 

 

多くの場所や都市部では、危険地帯と化している地域がますます増えています。

 

 

不法がはびこるので、

多くの人の愛が冷える。 

 

しかし、

最後まで耐え忍ぶ者は救われる。 

 

そして、御国のこの福音は

あらゆる民への証しとして、

全世界に宣べ伝えられる。

 

それから、終わりが来る。」

 

 

マタイによる福音書24:12-14

 

 

 

 

自然災害と気候変動による混乱

 

地球全体が激動の渦中にあり、「自然災害」が驚くべき速さで発生しているようだ。

 

近年、記録された自然災害の発生頻度は急激に増加している。

 

 

だから、

目をさましていなさい。

 

いつの日に

あなたがたの主がこられるのか、

 

あなたがたには、

わからないからである。

 

 

マタイによる福音書24:42

 

 

神は存在する。

そして神は、すべてを支配しているのだ。

 

これらすべてを述べると、これは人々を怖がらせるためのメッセージだと思う人もいるかもしれませんが、そうではありません。

 

聖書には、「主を畏れることは、知恵の初めである」とあります。

 

 

イエスは、下記のように仰いました。

 

 

 体は殺しても、

魂を殺すことのできない者どもを

恐れるな。

 

むしろ、魂も体も

地獄で滅ぼすことのできる方を

恐れなさい。

 

 

マタイの福音書 10:28

 

 

私はあなたを、ただ怖がらせたいのではありません。

あなたを励ましたいのです。

 

あなたを深く愛する神がおられ、その神はあなたのために御子を遣わし、あなたが神を信じるならば救いを与えると約束しておられることを伝えたいのです。

 

 

RAPTURE | In The Twinkling Of An Eye 
携挙/瞬きをする間に

 

 

 

☆.。.†:*・゜☆.。†.:*・゜

 

 

 

熊本での地震にて被害に遭われた方々、またそのご家族に、心よりお見舞いを申し上げます。

どうか一日も早い復興となりますように、皆様の心が癒されますように。そして人々が救いに導かれますように、心よりお祈り申し上げます。