支配から始まって私の人生は 息苦しいものだった。
何を決めるのも何か見えないものに縛られているようで自由に決められない。
それが やっと最近自分の判断で決められるようになりつつある。
心が呪縛から少しずつ解放されて来たから。
自分で知らなければ、自分で自分を見なければ今は有り得なかった。
ADとゆうのは病気ではない。歪みなのだから。
誰にだって多少は歪みはあるだろう。
それが親の過大な期待や支配から 育った環境で大きな歪みとなる。
感受性の問題も関係しているが、多くは見過ごされているのだろう。生き辛いまま。
私は行き辛いと気づいてからどれくらいたつだろう。
いつだって、何が起きたって必ず親との問題に最終的にはぶつかるのだ。
そこを解決しないと何も前には進めないと分かった。
それから私の自分との闘いが始まった。 < 続く >
