昨日は七夕でしたね 、皆様のご多幸をお祈りいたします。
我が家ではちょっと複雑な気持ちの日であります。
ダイエットでも息子君でも仕事の話でもない話なのでスルーしてもらっても良いです
タイトルの通り
腎臓の移植手術をした日です。
誰が?いつ?誰に?
と思いますよね?
旦那が
6年前に
弟(三男)へ腎臓をあげた日です。
命を繋いだ日です。
三男君は高校生の頃から腎臓が悪かったらしいです。
それが徐々に悪化していったらしく、とうとう透析を始めなければあぶない所まできたそうです。
透析しても確実ではないとか言ってたみたいです。
それで義父は自分の腎臓をあげたいとドクターに言ったが高齢の為に無理だったそうで我が家に電話が入りました。
三男君を助ける為に旦那(長男)の腎臓をあげて欲しいと。
もちろん適性検査などを受けてOKが出てからです。
旦那は自分の弟を助けたいので、悩まずOKの返事しました。
私も三男君を助けてあげてと言いました。
義母は旦那(息子)をリンリン家の養子に入ってるので、うちの両親の承諾を取ってからじゃないと・・もうリンリン家の息子なんだからね!
とか言ってましたが、うちの両親もすんなりと三男君を助けてあげてと言ってました。
それでも義母はかなり悩んでました。
やはり、一つでも生きていけるかも知れないが身体に負担がくるのは間違いないと思うからです。ソコは私も賛成です。
あと、うちの息子君が何かあった時にはもう旦那からは移植出来ないからです。
義母はリンリン家のコトも考えていてくれて、ありがたいと、その時思いました。
でも、その時は私のがあるのでと、なだめました。
親子でも適合するとは限らないんですけどね(^_^;)
旦那の実家で家族会議もしました。
その時、途中から次男君が来ました。
次男君は癌治療中の身でした。
余命が幾ばくもないコトを知ってか、僕のを使ってもらっても良いよ!と話してくれました。その気持ちにみんな一瞬涙が出そうになりました。
実際は適合率50%以上の健康体からしか移植出来ないので。
それから
旦那の適合検査が始まりました。
が、
それと平行して
私の母の容態悪化そして亡くなりました。
そうです、
6年前は母が亡くなった年なのです。
同時期なのです。
母を亡くしてしまった私は
旦那の手術が失敗して旦那までいなくなることを怖れて、賛成してたのに反対をするようになってしまいました。
5月に母を亡くし、7月に旦那を亡くしたらと、あの頃怖い想像ばかりしてました。
精神が不安定でした。
でも、旦那は次男は助けられないけど、三男は助けたい‼と言いました。
手術に対する家族の不安を聞いてくれる臓器移植コーディネーターさんの所へ私や義両親達を連れて行きました。
そこで成功率等いろいろ説明を聞き、ほんの少し冷静になりました。
私も母や姉なら助けたい思いになるな~と。
旦那も後悔はしたくない、助けられる命は助けたい!その気持ちだけで旦那自信も始めての手術は恐いといってました。
そして決まった手術日が7/7でした。
7/3が母の四十九日で、7/5から入院して手術ですが、その日は大雨で息子君を小学校に送ってから大学病院へ向かいましたが渋滞で着いた時には手術室に入ってました。
義両親と共に待ってましたが、予定より時間がかかるそうで私は息子君のお迎えの時間があるので、結局会えないまま帰りました。片道1時間半はかかるので><
手術は成功したと夜に義父から電話がありホッとしました。
義両親は二人の息子の心配で大変だったと思います。
退院まで2週間、通えるだけ通いました。
息子君も少しパパがいなくて寂しかったかな?
退院してきたパパの手術の傷口にパンチする息子君が面白かったです
適合検査が50%だったので三男君は拒否反応を抑えるために大量の薬が必要だったのですが、最近少し量が減ったと言ってました。
三男君はそれ以来この時期になると毎年御礼にきます。
私達夫婦はそれより腎臓を1日でも長く使えるように身体を大切にして欲しいです。
三男君は本当にヒョロっと細長いので(私の半分)、会うたびに食べてる?と聞いてしまいます(笑)
旦那は腎臓がひとつになったので、私も塩分を気にするようになりました。
旦那の場合は1日塩分6グラムを目指すようになりました。
いろいろ気をつけなければならないコトがあるのに全然旦那自身がしなくてブクブク野郎です🐽
そんなこんなで、
我が家では七夕の日は健康を強く祈ってしまう日になりました。
現在の息子君は1兆円欲しい!が願いでした。無邪気です( ̄▽ ̄;)
最近移植の話題もチラホラ出てるので、うちもだよ!って家庭があるかもしれませんね。
重い話を書いてしまい、ゴメンね(^_^;)
人生って何があるかわかりませんね><
ここまで読んで下さりありがとうございました♪