前回の続きです。
このテーマはいろいろな実例があるので、3回に分けて書きます。
今回は、「ムリなこと」をしないについてです。
私が経験してきたことをふまえて悟ったことです(。-人-。)
ぱくたそ(www.pakutaso.com) photo すしぱく モデル ひろゆき
私がメンタル疾患になった時、産業医や保健師の方から、「マジメな人が病気にかかるんですよ」と言われました。
そう聞いてこれまでの自分の過去を振り返ってみると、たしかにどちらかというと、まわりからそう言われることが多かった方です。自分の取り柄なんだとも思って過ごしてきました。
一方で、日本の企業社会においては「マジメな人」と言われることは決していい印象ばかりではありません。私は「マジメだけが取り柄」と思っているわけではなかったですが、取り柄がいくつかあったとしてもマジメ部分が目立っていたのかもしれません。
そんな調子の自分は、会社員人生を振り返っても、意外と自分にとって「ムリなこと」をして来たわけではなかったです。
確かに大変な仕事、とても苦労する仕事といった有事をいくたびも経験してきました。
でも、それを乗り越えることができたのは、自分に合っている職種であり、それを乗り越えられるためにスキルやノウハウがあったからに他なりません。
それでは、私がなんでメンタル疾患になったのかというと、社会人人生18年目においてはじめて職種が変わったことがきっかけになっています。私の場合は内勤から営業へと異動になったことでした。
これ、私にとっては場違いのフィールドでした。しかも、前年2年間は組織の運営職もしていたのですが、異動後も組織運営職でした。これは、ヤバいと思いました。あまりにも知らないことが多すぎると思ったからです。
そこで、長年営業に従事している先輩社員の何名かとサシで飲みに行って、営業とはどんなもので、どんな動きをしているのかなどの話を聞いたり、自分がこれまで担当していた案件の営業から話を聞いたりして、とにかくわからないことをどんどん聞きました。
ところが、それだけでは自分が自信を持って営業の仕事するには不十分でした。営業経験ゼロの人間がプレイングマネージャーをやるというのは、自分の想像以上に「ムリなこと」でした。
なによりも、新たに仕事を作ることができませんでした。お客さんを目の前にして何を提案したらいいかがわかりませんでした。依頼のあったことだけ受けている状態で、これは営業職にとって致命的です。
さらに、営業職のマネジメントが全くできませんでした。相談に来るメンバーの問題を解決したり、会社での営業の報告や予算管理ができなかったりと、散々な状態でした。
こうしたことは、時間が経ってから振り返っているから整理できていますが、当時は無我夢中でこんなふうに客観的に見ることはできませんでした。
「どうしてできないんだろう」と悩みながらも、朝早くに来て深夜に帰るという日々を続けていました。それでも、仕事はどんどんたまる一方で、新規案件の獲得など全くできず、既存の案件もおろそかになってしまいました。
そうした日々が2ヶ月ほど経過し、会社で定期的にやっている健康自己診断という食事や睡眠、気分のことを書く場面があり、少しでも状況を改善したいと期待をして、ありのままを書いて提出をしました。
その頃すでに、食欲不振、睡眠不足、頭痛、胃痛、肩こりなど、からだのいたるところの調子が悪くなっていました。
しかし、書類を提出して数日経っても上長の反応はなく、不安はさらに広がっていきました。当時は上司もその上の上司も決して余裕があったわけではなく、上司は上司で大変だったようです。
それから数日後、たまたま保健師さんの面談が社内で行われていることを偶然目にして、自分は該当者ではなかったのですが、総務の人にぜひお願いしたいと言って、面談ができました。
私はこの直後に病院に行って、翌日から休養に入ることになりました。
異動後、できないことだらけで2ヶ月ほど過ごしていましたが、1人の営業として動けないばかりか、1人のマネージャーとしても動けていませんでした。周りにとても迷惑をかけてしまいました。
なんでこうなったかを振り返ってみると、知らないことはできないということです。
それがわかると、どうしてこれまでの17年間全く経験のない仕事に異動させたのだろうと会社に対して疑問を持ちました。さらに、私が担うことになっていた、営業としての仕事、マネージャーとしての仕事のレクチャーを全く受けていませんでした。
もちろん、会社としてもルール(営業の報告や数字の管理方法など)は聞いてそれに沿って報告をしていましたが、営業活動やマネジメントってどういうことなのかを知らないまま仕事をするというのは自分にとって大変酷なことでした。
「背中を見て育て」「先輩の動きを盗め」みたいな指摘が出てきそうなのもごもっともなのですが、できているのならこれほど辛くなかったと思います。あと、立場上、営業やマネジメントのスキルはもっていないと回らないポジションだったので、どうやって瞬時に身につけるのだろうと不思議に思っていました。
休養のタイミングで「いろんな部署を経験してもらって、将来はさらに上のポジションで頑張ってもらうから」と話をされました。
そらを聞いて私は白けてしまいました。そもそもさらに上のポジションにいくことを全く求めていなかったからということもあります。しかしそれ以前に、40歳にもなっていろんな部署の経験をしてほしいということは、それは新卒の人と同じレベルでゼロから別のスキルを身につけてくださいと言われているようなもので、今までの自分はなんだったんだと、自分にも会社にも疑心暗鬼になってしまいました。
ある意味、もし、さらに上のポジションで頑張ってというならば、もっと若い年齢からジョブローテーションをしたほうがいいと思います。自分でも営業を経験していない人間がさらに上のポジションに行くのにも違和感もあり、いずれにしても自分にはそぐわない道でした。
私が今の会社に入社して以来、会社同士がくっついて、はなれて、くっついて、という具合にグループ内の転籍を繰り返して、その都度雇用のされ方が変わり、最初は職種も固定された契約社員だったのですが、途中からいわゆる総合職の正社員になっていました。
だから、異動はやむを得ないことだったので、異動を命ぜられたこと自体は受け入れて、なんとか自分が営業として仕事をやっていこうと思いました。
しかし、ダメでした。白旗をパタパタ振ったわけです。
「ムリなこと」はしないと悟った瞬間でした。
この年齢まで職種が変わらない状態だと、その職種で力をいかんなく発揮できる状態の方が自分の精神衛生上いい状態が保たれますし、会社にも同じ時間で貢献できる度合いが高いと思います。
当然、世の中にはこうした状況でもメンタル疾患にならない人はいるでしょう。ただ、私にとっては、なってもおかしくない状況だったんだと思いました。
「ムリなこと」と判断する程度は様々ですが、からだや脳に過度な負担をかけないのが一番だと思います。
それでは、また。

