やはり予感は当たるもので、ラストブログは記憶が定かでなくなりそうな時期にやっと書けるタイミングに。勢いが持たないお年頃になってしまったようです

岩手、大船渡での2日目ですが、前日とはうって変わってピーカン、ポカポカ陽気。
ではありますが、泊まったホテルから見える風景は。。。周り中がこのような情景。

泊まったホテルも3Fまで津波がかぶったそうです。しかし、大船渡で復興に携わる方達や地元の方達から、「何とか、宿泊設備を整えたい」という要望が強く、ボランティアの方達も奮闘して夏に営業再開を果たしたそうです。尚、夜は真っ暗な中、ココだけ灯りのともる建物があるわけで、目立ちますけどたどり着くまでの道が無かったり、冠水していたりで大変。

でも、ココ以外にも年内の営業開始を目指して宿泊施設や飲食店も急ピッチで修繕や改築を進めています。それだけ需要はあるということですね。

さて、このピーカンな中 綾里川という川へ。ココが2日目のサーモンスイムポイントです。1日目の吉浜川より水深がかなり浅く、最初は1日目同様ウェイト12kgで川岸へ降りましたが、水に沈む場所が無いので、後半はウェイト外してほぼ1/4水面写真を採ってました。


綾里川を海側から見た所です。ココは早くからくまちゃん達が清掃作業をしていた場所。かなりキレイに戻っています。川岸に立つ津波で破壊された桜の木からも小さいですが新たな芽が出始めていました。





水はキレイで上から上っていく鮭がチラホラ。吉浜川より数は少ないですが、水深が浅いためか、鮭も上りにくいようで、岩陰で水面に半分以上身体を出してあちこちでお休みしています。
そのような方の前とか、横で「お疲れ中のところ、すいませんが、1枚お願いします」
とつぶやきながら。。。




ほぼ、陸撮写真ぢゃん

なかなか、このようなシチュエーションに慣れていないこともあり、イイ被写体を見つけられずタイムアップ。天気いいんだけど、少し消化不良な綾里川でした。(あ、他の方はバッチリ撮られてました。ハイ) まだまだ勉強足りんなぁ。。。。

夜には東京に着くように帰らないといけないので、午前中のスイム終了で、くまハウスへ移動。お土産買ったりして少しまったりして、くまちゃん達「三陸ボランティアダイバーズ」の皆様にサヨナラして帰路に着きました。

しかし、ホントピーカンでございました。



帰りは渋滞が心配ではありましたが、幸い大きな渋滞には嵌らずに南下。途中仙台近くでは


コレ(牛タン定食)を遅いお昼としていただき、しっかりと目とSDカードと舌に東北を焼き付けて帰りました。

出発地と同じ品川駅にはPM9:40くらいに到着。新幹線で静岡に帰る方もいらっしゃったのですが、終電には間に合いました。

今回、たった1泊2日、しかも震災から8ヶ月以上経過してから行った東北。でもまだまだ復興のとばくちにあります。実際に被害をこうむってない方々(自分も含めてですが)から見ると、義援金も集まってるし、もう8ヶ月経ってるんだからかなり復興してるんじゃないの?
という先入観もあるかもしれません。恥ずかしいですが、自分にもそんな気持ちがありました。

でも、1日目に大船渡の町を案内された時点でそんな気持ちは微塵に打ち砕かれました。
まだまだ、長い時間がかかります。継続的に応援を続けていかなくてはと。

これからもくまちゃんの活動を通じてになるかもしれませんが、東北復興のほんの一部でもお手伝いできればと思っています。
                                         Fin


さて、海鮮丼で”まんぷくぅ~”になった所で前のブログは終わってしまいましたが、午後からが本来の目的である”鮭取り” ぢゃなかった”鮭撮り”です。

場所は大船渡市三陸町吉浜川。ここも堤防が津波で破壊され内陸まで迫ったそうですが、幸いなことに犠牲者は無かったそうです。三陸沿岸は過去いくども津波を経験しており、この地区においては昔からの慣わしで海に近い場所は水田や畑とし、人は高台に住むということを徹底していたためだそうです。

この岩、今回の震災後に見つかったもので、元は堤防と道路を作った際に埋め立てた場所にあったものが堤防が壊れて出現したとのこと。これ、ただの岩ではありません。表面に文字が彫ってあるんです。

津波記念石 

前方約二百米突(メートル)

吉浜川河口ニアリタル石ナルガ

昭和八年三月三日ノ津波ニ際シ打上ゲラレタルモノナリ 

重量八千貫

一貫って3.75kgなので、30t! 昭和8年の津波の記念碑だったようです。この岩は保存する運動が進んでいるそうです。

吉浜川の河口。遠方に見える堤防がず~っと続いていたものが、数10mに渡って壊れており、破壊された堤防の残骸が波打ち際で巨大なオブジェとなっています。かなり河口も削られてしまい、河口部の形も変わってしまったとのこと。そのためか、上ってくる鮭の数は例年よりかなり減っているとのことです。

鮭って生まれた川のにおいを覚えていて、生まれて4年目に産卵のために帰ってくるそうです。しかし津波で河口部がかなりえぐられてしまい、また復旧工事等で川底をさらったりもしていることで、においも少なくなったのかもしれません。 この話は三陸VDの理事長であり、BigBlueの元スタッフであるKUMAちゃんが語ってくれたのですが、少し悲しそうでした。

でも、初めて来たワタシ達にとっては、”少ない”という感覚がピンとこないくらい川には鮭の姿が。。。

河口部を上から撮った写真ですが、チラホラと鮭の姿が。。。


当日は小雨交じりでしたが、その分気温は高め。14℃くらいあったと思います。

まあ、川なんで当然水は冷たく、これまた当然ドライスーツで入る分けですが、ワタシダイビングを25年以上してます(年数だけで、タンク数は伸び悩みですが)が実は生まれて初めてドライスーツなるものを着ました。

いや、着方は人のを見ていて何となく分かってましたが、実際に着込んで見ると。。。。
苦しいね。。。。こりゃ

でも、水温10℃近いためウェットだと我慢できないでしょうね。レンタルしたものですが、この時の写真はFaceBook等に上がってたりします。とてもカラフルすぎる衣装で、写真で見るとチョー恥ずかしい人になっておりました。流石にこのブログで公開する勇気はありましぇん。


まあ、そんなこんなでエントリ。水深は50cm程度なのでスクーバではなく、しこたま錘をつけて流れに対向しつつカメラを構える、修行のような状態。水つべたく、マスクに入ってくるとヒクヒクしちゃう。

でも、そんなつらさも川の中を見ればぶっ飛びます。ましてやファインダ除いてしまうとね。

目の前数cmを鮭が駆け抜けていきます。スゴ~!

繁殖期なので海の魚でいう婚姻色が出ています。

ですが、海から川までの長い旅、そして川に入ってからは水深の浅い川を身体を岩に打ちつけながら上っていくので、身体はどんどんボロボロになってきます。


流れのよどみで休憩している鮭


休憩が終わると、またひとつ瀬を越えて上流へ上っていきます。

写真にはありませんが、上っていく途中で力尽きた鮭や、産卵を終えて命をまっとうした鮭がいたるところにあり、生と死が隣り合っていることが分かります。

この日は40分ほど川に浸かっていました。流石にウィンターグローブしてても指は少しかじかんでいましたが、初めてのドライスーツでも水没することもなく、快適に過ごすことができました。

ただ、上がってからのウェイトの重さ(流れのある川+ドライなので10kg+アンクルウェイト)でよろよろです。カメラも重いしね。

楽しかった~


この日はこの後、温泉であったまってから、くまハウスに集合して三陸VDの方やボランティアに来ていた東京のショップ”海侍”の皆さん、そして”海侍”のつながりで撮影に来られていた水中写真家の中村卓哉さんも加わっての宴会~!!!

途中、電話で日本帰国中の元BigBlueスタッフMAYUKOも飛び入り参加して盛り上がりました。(盛り上がりすぎて写真はないですぅ・・・・)

楽しい東北の一夜。飲み過ぎそうだったので外に出てみたら、小雨だったはずが、いつの間にか晴天になっていて、満天の星が出ていました。周りに光がほとんど無いのでチョーゼツ綺麗でした。

日曜日は晴れそうだ!!


                   その3へ


久しぶりのアップになります。最近めぼしいスイーツも無く、くすぶっておりましたが、11/19、20の週末に岩手の陸前高田、大船渡をメインに海や川の清掃ボランティアをやっているNPO法人(申請中)の

『三陸ボランティアダイバーズ』

主催のサーモンスイムツアーに参加してきました。
この団体の親玉は元BigBlueのガイドで今でも非常勤でカオラックやタオにも来つつ、地元である岩手でダイブショップ”みちのくダイビング・リアス”を営む”くまちゃん”こと”H Sato Kuma”さんです。今回のサーモンスイムツアーはBigBlueとくまちゃんのコラボで実現したもので帰国中のBigBlueスタッフ”IYOちゃん”、”Ryoくん”とチャバ会写真部部員とその友達の総勢10名で行きました。

「チャバ会写真部」:(タイのダイビングサービス”BigBlue”のデジイチ常連で作る趣味の会)

11/18(金)夜に品川駅集合。そこからハイエースのレンタカーで交代で運転しながら早朝に陸前高田にある”くまハウス”(三陸ダイバーズの活動拠点)に到着し朝まで仮眠。そして

11/19(土)

AM ドライスーツフィッティングと、大船渡の被災地現場視察
PM 三陸町 吉浜にてサーモンスイム(撮影会)
    温泉+ビール
    くまハウスで宴会
    大船渡市内のホテルで宿泊

というスケジュール。

三陸VDの方の案内で大船渡市の現状を見に行きました。道中はだんだん皆さんの口数が減っていきました。


それは、自分の目で見た現状に圧倒されてしまったから。。(少なくともワタシはそうでした)

ここは海や川ではありません。防砂林の内側の宅地だったところ。水がひかない場所は復旧が遅れてます。まずは堤防作りを急ピッチで実施されていました。

有名な 一本松 数千本あった松林でこの近傍では唯一立った状態で残っていたそうです。ただ、根がかなりズタズタになっているようで、枯れてしまう可能性が大とのこと。

対岸に見えるのはスポーツセンタ。屋根まで津波をかぶっており、屋根材が引き剥がされていました。

大船渡駅。。。。。 案内されないとわかりません。駅舎は影も形も無くホームの面影を残したこのコンクリート部分と短いレールだけ。先日までは、このレールの先に取り残された電車もあったそうです。

駅のホームにあたる部分に折紙鶴が。。 どんな思いでこれを残したのでしょう?

大船渡の繁華街。

繁華街に立つ時計。時刻は津波が襲った2011/3/11 15:25をさしたまま止まっていました。


しかし、復旧作業は休日返上で日夜行われています。大船渡は比較的復興が進んでいる地域のようで、お店やホテルも営業を再開しているところが出てきています。ワタシ達が宿泊したのも再開したホテル。大船渡駅から海側に少し行った所。
案内してくれた三陸VDの方に最初に言われたのは「もし、宿で地震にあったら、1kmほど先の高台までダッシュするか、ホテルの屋上へ避難するかどちらかです。決めておいてください」
と言われました。 報道等で被災現場の画像/映像は見ていたつもりですが、自分の目で、その状況下で確認することが現状理解の上では大変大切なことであることを再認識しました。

いたるところにガレキの山があり、これを処分して新しい造成計画を成し遂げるのに何年かかるんだろう。。 と思ってしまいました。

BigBlueのTakeshiさんが、事ある毎に

「支援は継続的にお願いします」

と言っています。今までは”そうだなぁ”と思いはすれども、日々の生活に追われつい忘れがちになっていましたが、実体験として現場に立つと、時間がかかるということをいやでも思い知らされます。まだまだ支援は必要です。


さて、視察を終え少々トーンダウン気味の一行を三陸VDの案内の方が「碁石浜」にある「岬」という料理屋さんへ連れてきてくれました。

ここも2F建ての建物の1F部分は水没したそうです。水面から目測で軽く20m近くあるにも関わらずです。
でも、店を切り盛りするおばちゃん達はチョー元気!! 海鮮丼をいただきましたが、東北の魚は

”うんまい!”


みんなの気持ちもおばちゃんの元気で復活してきたようでした。

ここで、お食事と場所を少し借りてカメラのセッティングをし、午後からは三陸町にある吉浜川という川でサーモンスイムです。

                                その2へ続くのです~