
青木繁の足跡をたどり
彼が卒業旅行で友人坂本繁二郎や恋人福田タネとともに滞在し
傑作 海の幸 を描いたという青木繁「海の幸」記念館を目指し
千葉県館山市を訪ねました。
築130年という住宅は内も外もよく手入れされていて
開け放たれた窓からは暑い中にも秋の訪れを感じる涼やかな風が吹き抜け
青木繁が滞在した当時もきっとこんなふうだったのではないかと思われました。
館長ご夫妻の丁寧な解説を受けながら住宅内をゆっくり見て回りました。

青木繁が寝泊まりし海の幸を描いただろうとされるこちらの部屋には
上記のように原寸大の写真が飾られていました。
第1回白馬賞を取り 没後西洋画として初めて国の重要文化財になったという
日本西洋美術界にとって記念碑的なこちらの作品、
歴史や美術の教科書で幾度となく目にしたように記憶していますが
原寸大のものをじっくりと時間をかけて眺めたのは初めてでした。
はじのほうなどラフなスケッチでとどまっているような箇所があることに気づいたり
真ん中に浮き上がっている恋人福田タネの白い顔が殊更に印象的で、
この顔があるのとないのではだいぶ絵の雰囲気が違ってくるだろうな と感じたり。
なんでも福田タネとその前列にいる男性の顔は後から青木繁が加筆したもので
白馬賞に出展当時には描かれていなかったとのこと。
では加筆後のものは白馬賞として評価されたものとは別物になっているのだから
果たしてどうなのだろう? という疑問も沸いてきましたが
没後半世紀以上の時を経て
西洋画として初めて国の重要文化財に指定されたということなのだから
たとえ別物になったとしても高い評価を受けたということ。
、、、と美術作品の鑑賞眼には自信のない私などは
つい受賞歴や文化遺産として指定されているか否かに頼ってしまうところもあるのですが
でも一方でいつまででもこの前にたたずんで眺めていたいと思わせるような
魅力というか魔力は写真とはいえ明らかで
この一枚のためだけにでも足を運ぶ価値のある
圧倒的な存在感のある作品なのだろうと思いました。

海の幸が飾られた向かいの部屋には 同じく重要文化財に指定された
青木繁のもうひとつの代表作 わだつみいろこの宮 の原寸大コピーが飾られていて
両方の絵を眺めつつt畳敷きの部屋に置かれたちゃぶ台の前に座りコーヒーをいただきながら
ひとしきり青木繁や海の幸についてお話を聞かせていただきました。
当時のこの家の持ち主のご子孫にあたるという館長ご夫妻から
先代、先々代から伝わる青木繁滞在時にまつわるお話やその後のことなど
感激しつつ伺い、青木繁関連の本などを眺めていたら
あっという間に時間がたっていました。
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卒業旅行といっても青木の滞在時期はちょうど真夏の頃。
学校の4月入学がはじまったのは明治の後期から
大学などで取り入れられるようになったのは大正になってからということなので
青木繁が東京美術学校にいたころはまだ9月入学6月卒業だったのだろうと想像します。
評伝を読むと天才にありがちな破天荒で傲慢不遜な性格だっという青木繁。
彼を含むいかにも面倒くさくひとくせもふたくせもありそうな貧乏な絵描きの卵たちを
快くひと夏のあいだもてなしたというこの家の主とは
いったいどんな気風の持ち主だったのか と興味深く感じていたのですが
ご子孫の方の温厚で包容力のあるお人柄に触れてその謎はとけたように思いました。
才能を認められながらも貧困にあえぎ
28歳で亡くなるまで不運続きの恵まれない境遇だった青木繁が
安定した精神状態の中で創作活動に没頭し海の幸という傑作を生みだし得たのは
おそらくこの家の暖かなもてなしがあったからこそ と想像し
その場所がこうして時を経て記念館として現存している事実に胸を打たれました。
3時間弱の滞在でしたがまだまだゆっくりしていたいような気持でした。

記念館の小谷家は海辺の家、少し歩くと静かな海岸に出ます。
こちらの景色 どこかで見覚えがあるなと思いしばらく考えたのち
母の友人で私が絵を習っていた画家のアトリエに
大量にこんな景色の絵があった記憶が蘇りました。
子ども心によく似たような絵を飽きることなく何枚も書けるものだと思ったものです。
我が家にもその画家の同じような絵が飾られていましたっけ。

母が一緒に館山方面にその画家夫妻とスケッチ旅行に行った話も思い出しました。
なぜ千葉県房総半島なのか 近くにも海はあるのにとその時分思ったものですが
今になればわかるような気がします。
おそらく画家にとってはこの場所は聖地なのではないでしょうか?
それを示すかのごとく記念館前にある記念碑には多くの画家の名前が記されていました。
小谷家住宅を記念館として残すにあたり尽力した海の幸会なるNPOのメンバーの方の名簿だそうです。
ちなみにこちらのNPOの理事長はノーベル賞学者の大村智さんでした。
受賞前の広く一般にそのお名前が知られる前から
記念館の建設にご尽力されていたそうです。
なんか さすが と思ってしまいました。

いかにも絵心をくすぐるような景色がどこまでも広がる館山の海と空。
台風の心配もあったのですがお天気にも恵まれて
記憶に残る旅となりました。