sumireのブログ

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日々雑感 
 夫 と 息子 と サビ猫ミーコ  三毛猫ユー
3人と2匹で暮らす毎日を感じたことを感じたままに時におかしく、時に真面目に綴ります。

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連休を利用して旅をしました。

 

東南アジア某国に赴任している友人を訪ね

更に彼女とともに女三人で隣国インドネシア・ジャワ島の仏教遺跡ボロブドゥールへと。

 

友人が用意してくれた旅に気軽に乗っかってしまった形でしたが

実は私は本格的に東南アジアを旅するのは初めてで

装備はさながら探検隊のようだと旅慣れた友人に笑われました。

 

実際には熱帯の気候も日本の厳しい夏に比べれば過ごしやすく感じましたし

環境も想像するよりははるかに近代化されていました。

車に至っては日本よりピカピカに磨かれていて立派なくらい。

たとえるなら私の子供時代 4,50年前の高度経済成長期の日本くらい、、、、

といったところでしょうか?

私は密林を踏み分けて秘境に行くような覚悟でしたから

ホッとしてちょっと拍子抜けしました。

もっともこれは私の行ったところに限ったことだったのかも知れず

真相は短い滞在ではわかりませんが、、、

 

インドネシアではガイド兼運転手さんにお世話になりました。

 

観光名所で寄ってたかって外国人観光客に土産物を売りつけるという商売のスタイルには辟易した部分もありますが、

概ねインドネシアの人は素朴で親切、親しみやすい人が多いという印象を持ちました。

予想外に親日な感じもしました。

あくまでも通りすがりのいち旅行者としての感想ですが、、、、

 

帰国後、ガイドブックを読み直してみて

実は世界で一番美しい仏像という評価もある釈迦三尊像も見ていたということを知りました。

ガイドさんがいつの間にかコースに組み入れてくれていたのです。

その時は気が付かなかったけれどそうと知って改めてその時撮った写真を眺めてみると

何とも言えず安らかな気持ちになりました。

奇跡的に写真を撮っていてよかったです。

(私自身はあまりその気はなかったのですが、美術に造詣の深い友人が

世界で一番美しい、、、などという触れ込みを知らずに

随分と熱心にその場に佇んで眺めていたのです。さすが!)

 

もっとじっくり見ておけばよかったと思ったけれど後の祭り

それでも いつの間にかそんな素晴らしいものを見ていたのだという感動はじわじわと押し寄せ

今は携帯の待ち受け画面にしています。

 

それがこちらの画像です。

 







 

いかがでしょう?

私はこの画像を見るたびになぜだか見当違いではあるのですが

バッハのマタイ受難曲の一番有名なフレーズが流れてきて

えも言われぬ安らかな気持ちになっています。

 

 

 あっ 画像としてはこちらの方が有名かもしれません。




ボロブドゥール遺跡 悟りを開いた御釈迦様のお姿です。この一体だけが覆いがなく

他のものはまだ悟りを開かれていないということですべて籠の中に隠れています。

(覗くとその姿が見えます)

 




 なんか深くて興味深い世界でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

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青木繁の足跡をたどり

彼が卒業旅行で友人坂本繁二郎や恋人福田タネとともに滞在し

傑作 海の幸 を描いたという青木繁「海の幸」記念館を目指し

千葉県館山市を訪ねました。

 

築130年という住宅は内も外もよく手入れされていて

開け放たれた窓からは暑い中にも秋の訪れを感じる涼やかな風が吹き抜け

青木繁が滞在した当時もきっとこんなふうだったのではないかと思われました。

 

館長ご夫妻の丁寧な解説を受けながら住宅内をゆっくり見て回りました。

 

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青木繁が寝泊まりし海の幸を描いただろうとされるこちらの部屋には

上記のように原寸大の写真が飾られていました。

 

第1回白馬賞を取り 没後西洋画として初めて国の重要文化財になったという

日本西洋美術界にとって記念碑的なこちらの作品、

歴史や美術の教科書で幾度となく目にしたように記憶していますが

原寸大のものをじっくりと時間をかけて眺めたのは初めてでした。

はじのほうなどラフなスケッチでとどまっているような箇所があることに気づいたり

真ん中に浮き上がっている恋人福田タネの白い顔が殊更に印象的で、

この顔があるのとないのではだいぶ絵の雰囲気が違ってくるだろうな と感じたり。

なんでも福田タネとその前列にいる男性の顔は後から青木繁が加筆したもので

白馬賞に出展当時には描かれていなかったとのこと。

では加筆後のものは白馬賞として評価されたものとは別物になっているのだから

果たしてどうなのだろう? という疑問も沸いてきましたが

没後半世紀以上の時を経て

西洋画として初めて国の重要文化財に指定されたということなのだから

たとえ別物になったとしても高い評価を受けたということ。

、、、と美術作品の鑑賞眼には自信のない私などは

つい受賞歴や文化遺産として指定されているか否かに頼ってしまうところもあるのですが

でも一方でいつまででもこの前にたたずんで眺めていたいと思わせるような

魅力というか魔力は写真とはいえ明らかで

この一枚のためだけにでも足を運ぶ価値のある

圧倒的な存在感のある作品なのだろうと思いました。

 

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海の幸が飾られた向かいの部屋には 同じく重要文化財に指定された

青木繁のもうひとつの代表作 わだつみいろこの宮 の原寸大コピーが飾られていて

両方の絵を眺めつつt畳敷きの部屋に置かれたちゃぶ台の前に座りコーヒーをいただきながら

ひとしきり青木繁や海の幸についてお話を聞かせていただきました。

当時のこの家の持ち主のご子孫にあたるという館長ご夫妻から

先代、先々代から伝わる青木繁滞在時にまつわるお話やその後のことなど

感激しつつ伺い、青木繁関連の本などを眺めていたら

あっという間に時間がたっていました。

 

**************

 

卒業旅行といっても青木の滞在時期はちょうど真夏の頃。

学校の4月入学がはじまったのは明治の後期から

大学などで取り入れられるようになったのは大正になってからということなので

青木繁が東京美術学校にいたころはまだ9月入学6月卒業だったのだろうと想像します。

 

評伝を読むと天才にありがちな破天荒で傲慢不遜な性格だっという青木繁。

彼を含むいかにも面倒くさくひとくせもふたくせもありそうな貧乏な絵描きの卵たちを

快くひと夏のあいだもてなしたというこの家の主とは

いったいどんな気風の持ち主だったのか と興味深く感じていたのですが

ご子孫の方の温厚で包容力のあるお人柄に触れてその謎はとけたように思いました。

 

才能を認められながらも貧困にあえぎ

28歳で亡くなるまで不運続きの恵まれない境遇だった青木繁が

安定した精神状態の中で創作活動に没頭し海の幸という傑作を生みだし得たのは

おそらくこの家の暖かなもてなしがあったからこそ と想像し

その場所がこうして時を経て記念館として現存している事実に胸を打たれました。

 

3時間弱の滞在でしたがまだまだゆっくりしていたいような気持でした。

 

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記念館の小谷家は海辺の家、少し歩くと静かな海岸に出ます。

 

こちらの景色 どこかで見覚えがあるなと思いしばらく考えたのち

母の友人で私が絵を習っていた画家のアトリエに

大量にこんな景色の絵があった記憶が蘇りました。

子ども心によく似たような絵を飽きることなく何枚も書けるものだと思ったものです。

 

我が家にもその画家の同じような絵が飾られていましたっけ。

 

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母が一緒に館山方面にその画家夫妻とスケッチ旅行に行った話も思い出しました。

なぜ千葉県房総半島なのか 近くにも海はあるのにとその時分思ったものですが

今になればわかるような気がします。

おそらく画家にとってはこの場所は聖地なのではないでしょうか?

それを示すかのごとく記念館前にある記念碑には多くの画家の名前が記されていました。

小谷家住宅を記念館として残すにあたり尽力した海の幸会なるNPOのメンバーの方の名簿だそうです。

ちなみにこちらのNPOの理事長はノーベル賞学者の大村智さんでした。

受賞前の広く一般にそのお名前が知られる前から

記念館の建設にご尽力されていたそうです。

なんか さすが と思ってしまいました。

 

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いかにも絵心をくすぐるような景色がどこまでも広がる館山の海と空。

 

台風の心配もあったのですがお天気にも恵まれて

記憶に残る旅となりました。

子猫騒動後、おそらく近所にいるに違いないと

しばらくは出かけるときなどきょろきょろとあたりを見回すようになりました。

 

母猫の白猫は2,3度小走りに道を横切っていく姿を見かけたのですが

子猫たちの姿を見ることはありませんでした。

 

人間の4歳児並みの頭脳を持つというカラス集団が

意味ありげな鳴き声で電柱の上で会話しているのを見ると

あの子猫たちを狙っているのではないかと気が気ではなく

改めてカラスの周囲に子猫はいないかと窓から身を乗り出して探す日々。

 

この郊外の住宅地の中でも野生の生存競争は繰り広げられているのです。。

 

そもそも猫って何を食べているのでしょう?

 

トカゲとか? カエルとか? ネズミとか?

この際食べれるものはなんでも食べるだろうからミミズとか????

虫もかな?

 

カラスは雑食で子猫は多分餌として認識されているのだろうな

 

なんてことを考えつつ子猫たちの無事をただただ祈り、、、、

 

とある日 裏のお宅であまり聞きなれない猫の鳴き声が。

なんだか後ろが上がり調子の人間の感覚からすると甘えている感じのしわがれ声

 

昼間っからデートかしら と思いつつ掃除していた風呂場の窓から声のする方向をのぞいてみると

なんとあの白猫と一緒にあの子猫らしき子たちがいるではありませんか?!

しかも2匹だと思っていた子猫は実は3匹。

すっかり自分の足で歩き回れるようになっていてお目目もぱっちり。

ものすごくきれいで愛らしい姿でじゃれあっていました。

ちょうどユーがうちに来たくらいの大きさでしょうか?

月齢的にも同じですね。

 

思わずうっとりと見惚れてしまいました。

 

ものすごく美しいものを見た気分。

ほんと 子猫って天使ですよね。

 

その翌日もやはりあの甘えた声が聞こえたので慌てて

風呂場の裏窓を開けてみるとやはりあの親子が庭でじゃれあっていました。

 

そしてその次の日も。

 

実は裏のおうちは少し前より空き家なのです。

よくぞ見つけた。母猫あっぱれ。さすが野生の勘!

、、、、、

と思ったのもつかの間。

 

どうやら 裏のお宅に住処があるよう と思ったのは3日間だけで

その後また姿も声も私の前からぱたりと消えてしまいました。

 

どうしたのでしょうね。

 

定期的に管理の手が入るので 追い出されてしまったというところでしょうか。

 

自分が育てられるわけでも

野良猫のボランティア活動しているわけでもないので

無責任なことはいえませんが

やっぱりご縁のあった命。

どこかで元気でやっていってほしいと切に願います。

 

思えばあの白猫がおそらく猫たちのパパであるオス猫(子猫と模様が同じ)と

仲良く寄り添い並んでデートしている姿を見かけたし

同じく今思えば出産前に草むらで横たわっていたのも見ました。

そして子育て中の母として子猫を守り愛する姿も。

 

こんなにじっくりと猫の一生の中での節目イベントを垣間見るなんて私の人生でも初めて。

きっと猫に限らず他の動物も含めこんなことはパンダ以外にはないでしょう。笑

(パンダはメディアを通してですが、、、、)

 

姿は見えねどこっそり絶賛応援中です。