知人に誘われ、地域の盆踊りを見てきました。私は踊りはからきしダメなのでもっぱら見物でしたが、小さな神社の境内でのこじんまりとした踊りの輪は子どものころを思い出させるなつかしい光景でした。

 

神社は現代では遊び場ではなく、多くの子どもたちにとっては縁遠い場所です。私が小さいころは、神社には遊具がありました。遊具はもちろんですが、神社そのものが遊びの空間でした。今でも郡部では神社が公園を兼ねているところがありますが、めっきり少なくなりました。

 

夏祭りはイベント化・巨大化していて、それはそれで面白いのですが、余韻が残らず情緒もなく、消費されるだけの面があります。

 

出店もなく、出し物もなく(といいつつ、途中から仮装した住民たちが現れましたが…ミニオンズの衣装でした)炭坑節や、地域の歌で踊る老若男女の姿がいつまでも 脳裏に残っています。

 

お昼にママ友とランチをしながら、ゲームセンターで遊ぶと一瞬にしてお金がなくなるというような話をしました。ゲーセンでの浪費は無駄遣いのわかりやすい例で、むかーしから学校でもよく言われていました。

でも今は生活そのものがゲーセンでの浪費なのです。消費そのものがせわしなく、常に使え使えと急き立てているのです。ゲーセンや、大人ならパチンコや競輪競馬、競艇に行かなければ大丈夫という時代ではないのです。相対的貧困の問題はそこにあると思うのです。

 

いかにして金を浪費せずにすませるか、貯蓄&長期投資をしつつ、最良の経験をするための知恵・工夫が必要と言えます。

 

節約もいいが、収入アップもはからねば…

 
 

にほんブログ村