現在、衆議院選挙の只中にある。8日が投開票日だ。高市総理が「総理大臣でいいのかどうかを問いたい」と電撃的解散をした大義無き選挙だ。「日本を強い国にする。日本の経済を強くする」と声高に訴えている。故安倍総理は「美しい日本」を作ると言った。これらは、具体的な中身のない言葉だ。国民感情に訴えて煽っているに過ぎない。威勢が良い言葉に騙されてはいけない。高市首相の過去の発言を思い出す。放送法解釈を巡る総務省公式文書に対する発言(参議院予算委員会)。「全くのねつ造文書だ。(ねつ造でなければ閣僚や国会議員を辞めるかと問われ)結構ですよ」と答弁した。「公文書をねつ造」嘘だと言い切る人間だ。人間性に疑問を感じる。こういう人物の人気が高いことが異常である。嘘を平然と言い切る人間の言葉を信じることはできない。

 投票は、候補者の言葉の意味をしっかり理解し、好き・嫌いの感情だけで投票してはいけないと、私は思っている。「日本を二分するような政策を推進する」との高市発言は、トップリーダーの資質を欠いている。異なる意見を合意形成に向けて、対話による協調と包摂こそ大事ではないか。現実の生活者に根ざす、日本の将来を託せる人物、政党に投票したい。「人間主義」の理念を掲げ、「生活者ファーストと平和」を掲げる「中道」に期待し、投票をする。

 以前テレビで、「女性の心理」をタレントが語っていた。女性は、過去の記憶に上書きをすると。ある男性は、別のホルダーに保存すると言う。男女の過去の恋愛に対する行為の違いである。例えが、適切で面白いと思い記憶に残った言葉だ。終わった恋愛は、すべて破棄するのが女性だと言う。あるタレントは、恋愛が終わった翌日には、恋人からもらったものはすべて処分すると言った。この感情は、恋愛に限ったことではない。女性の政治家は、過去の発言を平然と破棄する。おしなべて政治家はそうであるが。

 人間として大切なことは、相手の気持ちを「思いやる心」が大切ではないか。自分の思いを優先するのは「エゴ的感情」と言わざるを得ない。多かれ少なかれ、これは男女の区別ではなく、「人の問題」だと考えるが。私自身も、自己意識が強い人間だが、自分の考えを押し付けることを嫌う。押し付けられることを嫌うからである。

 一般的に言えば、女性は「生きる力」が強いのが特性である。実に現実的である。前伊東市長の田久保発言も酷い。卒業していない東洋大学の卒業証書があるとの嘘だ。嘘を言い切り、事実を認めようとしない。これが彼女の本性だ。女性に限ることではないが、政治家は、都合の悪いことは「記憶がない」との言葉で逃げる。

 人間は感情の動物である。しかし、感情のままに言葉を使っていいのだろうか。大事なことは、自らの言葉に責任を持つことだと思う。パスカルは「人間は考える葦である」人間は自然の中で葦のように弱く儚い存在だが、「考える」という力を持つため、宇宙全体に押しつぶされてもなお、その尊厳において宇宙よりも偉大であるとの意味だ。

 何事も、自分の頭でしっかりと考えなければならないとの思いである。