2014年の8月に、次男がアメーバブログのアカウントを作ってくれた。
ブログが何たるものかも知らなかった。2012年に、42年間の教員人生を終えた。数々の記憶が残っている。それまでの経験を基に、居場所を求め、自らの思いを書き残すためにブログを始めた。
「私の人生の記憶」として、幼少の頃から定年退職までの60年間の記憶を文章として書き始めた。ほとんど文章を書いたことのない人間の新しい挑戦とも言える。
2010年に、再任用教員として勤務していた沼津城北高校の生徒の参考になればとの思いで、幼少時代から高校時代のことまでを書き、プリントして生徒に渡した。生徒の反響があったことを記憶している。
ブログの開設に伴い、大学時代から定年までの「自分史」を書き残すことにした。一般的には、自らのプライベートを公にすることを好まない傾向にあるようだが。教員にはその傾向が強いと言っても差し支えないだろう。私自身は、生徒との信頼関係を築くためにプライベートを含め自分の考え方を授業の中で正直に話しをした。「自分らしく正直に」を信条として生きて来た人生である。
教育及び人生の所感や身近な事柄のエッセイが多くなっている。最初の投稿が「安全保障問題」についての所感だった。政治への関心も深く、政治の問題についても書いてきた。政治家への信頼感を失っている。選挙のことしか頭にない政治家や政治を稼業にしている世襲議員の「政治家としての矜持の無さ」には、あきれて物が言えない。
2015年に、ソニーの一眼レフカメラを買った。たまたま、写真付きで外出の記録向きのグーブログを見つけた。それ以来10年間、200件を越えるブログを書いてきた。読み返すと、記憶として蘇ってくる。グーブログのサービス終了が迫ってきた。このブログの記録を諦めかけていたが、一つ一つのブログをコピーして、アメーバブログに投稿できることが分かった。外出の記録として、ブログの引っ越しを始めることにした。読み返すと、時々の事が懐かしい思い出になっている。すべてのブログを移動することにはならない。適当に選択して残して置く。富士山の写真を多く撮ってきた。四季折々に、様々な姿を見せてくれる。主として、裾野・御殿場及び箱根や富士五湖にも足を運んできた。富士山の写真は、フェイスブックに投稿してきた。富士山を好きな人たちが喜んでくれることがモチベーションになっていると言える。
私のブログは長く、特にアトラクティブな記事にはなっていない。読んで頂ける人に感謝の気持ちでいる。今後は、本数の減少は避けられないが、可能な範囲でブログの発信を続けていきたいとは思っている。今後とも、「gobowlerのブログ」をよろしくお願いします。