お墓を裾野へ
昨年(2015)、裾野市営墓地に申し込みをした。
第3号地のト列12号に抽選で当たった。
裾野市立深良中学の少し上の箱根西麓に位置している。

富士山の眺望がとても良い場所だ。
家の墓は川崎市緑が丘霊園にあった。
昭和46年に父親が建立した。
母は、昭和31(1956)年6月16日に病死した。
私の9歳の誕生日が過ぎた深夜だった。享年41歳。
母と写っている最後の写真。
私はこの母の顔の記憶しかない。笑顔を知らない。
両親の結婚の写真と出征する前の写真。


私の生後百日の祝いで母に抱かれている写真。

父は平成2(1990)年3月26日に他界した。享年79歳。
母が亡くなった1年後に、父は母の妹と再婚した。
義母の若い頃の写真だ。この写真は母によく似ている。

義母は平成14(2002)年1月25日に他界した。享年81歳。
ようやく9月28日に遺骨を裾野市営墓地に納めることができた。
長男の仕事が休みだったので、3人で納骨をした。


母は死後60年が過ぎ、父もほぼ30年になるので、
二人一緒に土へと帰した。雄大な富士山を眺めることができて
喜んでくれていると信じている。
その上に、義母の遺骨の壺が置かれている。
長男の責任が果たせたとほっとした気持になっている。
私の気持ちを墓誌に刻んで残す。「心こそ大切なれ」。
私もこのお墓に入ることになる。
これからは頻繁にお墓参りに来ることができる。