<「命」を天秤に掛けること>を当然の如くに“正義”であると説く者がいる。
しかも、“絶対的結果が固定された天秤”に、だ。
では、あなたがその天秤に掛けられて見捨てられたら、如何様に感じるであろうか?
如何様に直面したその光景を眺めるであろうか?
極限に置かれなければ実感出来ぬのであろう。
言葉は慎重に発言された方がよい。
「現場」に直面していない者が、涼しげなエスケープゾーンから
尤もらしい“正義”とやらを振りかざすその愚行、この日本の社会に於いて
“善行”と捉えられている側面もあり、もう、悲憤慷慨の何ものでもない。
ただ、筆禍とならなければいいが、とは思う。
「言霊」の力を侮ること勿れ。