男性版産休が法改正により新設されたことを受けて、男性としての育休経験を話してくれないか、という依頼がちょこちょこ来ています。

 

そういったセミナーや討論会に限って、平日の18時〜20時といった、保育園のお迎え〜夕飯〜お風呂と、最も忙しい「育児のホットタイム」に設定されているのは、本当に子育て環境を理解しているのだろうか…と複雑な気持ちになるのですが、ともあれ男性の育児参画に関心が高まっていること自体は喜ばしいことだなと思います。

 

育休経験者としてよく質問されるのは「キャリアはどうなるのか」という話です。

出世に響く、将来の収入減、魅力的なプロジェクトのメンバーから漏れやすくなる…さまざまなチャンスを逃すことを懸念する気持ちがどうしても拭えない人が多いのだな、と思います。

 

かくいう私自身もつい最近まで同じ葛藤に囚われていました。しかし、なぜそんなモヤモヤを感じるのか、という根底の原因に思いを馳せたとき、あることに気付いたのです。

 

「なんで自分は自分のキャリアを会社任せにしているのだろう?」と。

 

モヤモヤ期の私は「自分のキャリアは会社が用意するもの」と思っていました。

 

その考えは「いつ会社が自分にチャンスを与えようという気になっても、すぐに反応できるように構えてないといけない」というプレッシャーに繋がり、時間の融通が効かないことや、突発的に過程を優先しなければならない事態が続くと、会社が「私に適したキャリア」を提供することを渋るようになるのでは、と疑心暗鬼になってしまうのです。

 

しかし現在の私は、それは「半分当たっていて、半分間違っている」と感じています。

 

確かに私は会社が想定するキャリアのレールからは外れました。そのため、ただ元の仕事をこなすだけでじっと待っているだけでは次の仕事、次の役職は訪れてきませんでした。

 

待っていることに飽きた私は、会社から業務として頼まれたわけでもないメルマガの執筆や、セミナー講師や、イベントの企画や、事業の立案といった動きを、自分の興味の赴くままに「勝手」に行いはじめました。

 

すると、それらの動きが人々の記憶に残り、ふとしたときに「前に彼はあんなことをやっていたな」「あんなアイディアを発表してたな」と議題にあがり、「相談があるんだけど」「ちょっと意見ちょうだい」「これ手伝ってもらえる?」という非公式の問い合わせが不定期にやってくるようになりました。

 

そしてそういった困りごとに面白がって首を突っ込んでいると、次第にそれが形になり次の仕事、次の役割へと繋がって行ったのです。

 

このとき私は「あぁ、自分のキャリアは途絶えたのではなく、既製品から手作りに切り替わっただけなのだ」ということに気がつきました。

 

 

会社から与えられた目標をクリアし続ければいずれ次のステージが与えられるキャリアとは違い、いちいち自分で目標を見出し、自己評価し、改良を加えていくキャリアは無骨な作りになりますし手間も時間もかかります。

 

けれどもそうやって紆余曲折を経た「わだち」は、自分にしか出せないオリジナルの味わいが出てきます。

 

整った直線の美しさを良しと思うか、曲がりくねった獣道を良しと思うかというのは人によりけりだと思いますが、そもそも人生は自分のものなのに、その主導権を他者に委ねてしまっては働きがいも感じにくいのではないでしょうか。

 

 

私にとって育児休業という選択は、今になって振り返れば、それまでろくな考えもせずに手放していたキャリアの主導権を、自らの手元に引き寄せる重要なターニングポイントになったなと思います。

 

自分のキャリアの行く末が不安で育児休業を躊躇している人は、「そもそもなぜ自分のキャリアを会社に決めてもらおうと思っているのか?」と自問してみることをおすすめします。