前日、長女のピアノの習い事に立ち会った時のお話です。
その日は半年に一回の保護者会の日で、家庭での練習の様子や、レッスンについての質問や要望についてヒアリングを受けることになっていました。
一通りレッスンが終わり、保護者だけ残ってください、と子どもたちは別室に通されました。私以外は全てお母さんで、私は少し緊張しながら、事前に紙に書き出していた質問事項をおさらいしていました。するとスタッフの女性が恐縮した様子で私に予想外の声がけをしてきたのです。
「あのー、今日は保護者会といって普段の家での練習の様子などを伺わせてもらってるんですが、ご存知でしたか?ご予定とかあったら帰られて構いませんよ」
私は一瞬言葉を失いました。スタッフの方は私の存在を認めて、このように解釈していたのです。
①父親が保護者会に参加するはずがない
②なぜならば、父親というものは母親の都合がつかなかったときの代役で座っているだけの「置き物」であり、普段から子どもがピアノを練習する様子を確認しているはずがないからだ
③なので今日ここに座っているのはスケジュールを知らなかったからに違いない。
私は慌てて
「いや、保護者会ということは認識して立ち会っています」
とだけ告げて席につき、司会から話を振られた時は、自分なりの言葉で娘の練習している様子と、音楽教室に期待することを一生懸命伝えました。
習い事がピアノだったからかもしれませんが、なかなかジェンダーバイアスがきついなぁと感じました。お母さんが「家での練習の様子はよく見ていないのでわかりません」などと述べるのは許されないのに、父親だとなぜか許されるというのはどういう理屈でしょうか…。
そんなエピソードを妻に共有すると、
「そういえば私が付き添った時、別のお父さんが、自分で答えても問題ないような質問を『それは妻に聞いてみます』って答えてたよ」
と教えてくれました。
父親の皆さん、上のような当事者意識の低い振る舞いを平気でしていると、私たちはいつまでも子どもの習い事の監督者として「半人前」とみなされたままです。しかも、その状態からの改善すら期待されていません。笑
父親の「地位回復」に向けて、当事者意識を高めていきましょう!