彼女とは、「英語で京都ガイド」というサンケイリビングのカルチャーで知り合いました。
仲良くなってからは、特別拝観に一緒に行ったりしていました。
元中学校の先生で、京都に関する知識も豊富で、いつも連れて行ってもらってました。
私が適当に勉強して京都検定受けると言って、3級に合格した次の年、3級と2級をダブル受験して合格していました。私は2級をなんとか合格しました。
彼女は、几帳面で真面目だから毎日勉強していると言っていました。
元々よく知っているのにさらに勉強を怠らないひとでした。
彼女がいたから、京都にさらに関心を持ち、彼女がいたからあちこち行けたのに、
昨年3月の霊鑑寺拝観を最後に、具合が悪くなってカルチャーはお休みされて
ました。
そののち、入院して手術もしたし、化学治療や放射線治療も辛いのにがんばってました。
ご飯が食べられないと1月にラインで話した時言っていました。
良い兆候ではないなと思っていましたが、あまり煩雑にラインするのもよくないかと
気になりながら過ごしていました。
そしたら、電話があって彼女からだったので、退院したかなと思ってでたら、
男の人の声が、旦那さんでした。もしもの時の連絡先に私の名前が書かれていた
のだそうです。
今はまだ意識があるから、面会できますよといわれました。
でも、次の日の朝、もう意識がないから来られてもわからないと思いますとのこと。
もともとコロナで面会は無理だから、病院名とか聞いていませんでした。
でも、会えるなら会いたいと思っていた矢先でした。
その後、ショートメールで旦那さんからお通夜と葬儀の連絡が入りました。
3月2日午前、大雨で寒い日でした。
旦那さんが、妻は、晴れ女でしたが、逝ってしまったので今日は私が雨男なので
雨になってしまいましたと言われて、そういえば彼女と出かけたときに雨には
あまりあった記憶がないなと思いました。
羊毛フェルトやりはじめたから、可愛いのが出来たらプレゼントするねと約束したので、
写真の作品を棺に入れさせていただきました。
ご冥福をお祈りいたします。
