いのくらネットの徒然ブログ

いのくらネットの徒然ブログ

 いのくらネットは、特定非営利活動法人(NPO)です。高齢者の成年後見、小零細企業の福利厚生・定期健康診断の推進を目標に、不安からの解放・癒し、安心と生きがいを目ざし、大阪で活動する元議員の元気なシニアの集まりです。ブログには、仲間も参加します。

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 今日は、3月11日、6年前の東北大震災に思いを寄せ、風化させないことを改めて誓う日です。私はこの間、2回のボランティアに参加してきました。更に、大阪のボランティアのイベントを探し求めて参加してみる日です。そんなことで朝から平野を出て、JR高槻富田まで行きました。

 最近は「子どもの貧困」が、世間の耳目を集めています。高槻富田地区では、私の先輩である岡本茂さんが中心となって地域ぐるみの様々な取り組みが展開されています。その一つが子ども食堂です。「子どもたちの夕刻を支える場って?」と題して、桃山学院大学準教授の金澤ますみさんの講演が最初に行われました。子どもの居場所について、夕刻を支える場の重要性を、地域の一体となった取り組みが必要立ち\と熱く語ってくれました。

 自らが住んでいる地域で何ができるのか、それを考えさせるひと時となりました。

 これが終わって、私は会場の高槻市ふれあい文化センターを後にしました。来る途中でたまたま見つけた国乃長の蔵元を訪問するためです。

 この日、国乃長では蔵開きが行われており、誰もが入場できました。私は会場で売られていた500ミリの特別純米原酒と富田漬を買い求めました。家に帰って食べるとちょうど良い加減の漬物でした。

 下の写真が桃学の金澤准教授

 2月26日、大阪市ボランティア・市民活動センターの開設30周年記念事業が、環状線大阪城公園駅すぐの大阪看護協会が入っているナーシング大阪で、記念シンポが行われ私山岸も参加し勉強してきました。午前10時から夕方4時過ぎまでの6時間に及ぶ長丁場でした。「あんなんこんなん誰でも参加できるボランティア」と題して行われました。

 午前中は9つに分かれ分科会が行われ、私は第2分科会「地域家族・居場所づくり」に参加、ここには「団地の寺子屋」を名乗るNPOからの実践報告も、さらに旭区で取り組むNPO年間売り上げ1億8000万に及ぶとの報告もあり、「イヤー、NPOって、バカにできないな!」と吃驚しました。

 昼は公園駅近くのカフェに、彼を食べました。何とここは荷物の一時預かりを1個600円でやっているのです。大阪城では色んなイベントを開催されており、この日も4人も来ていました。「便利なこと、この上なしです!」

 午後からは、記念事業にちなんでヴォーカルユニットによる音楽演奏が行われ、これはなかなかにきれいな声で唄ってくれました。感激しました。

 この後が、この日の基調講演、同志社大社会福祉学科教授の上野谷佳代子さん、この方は業界ではかなり有名な方です。私が聞きたかった先生です。

 

 

 

 昨年の2月に斑鳩町へ行って、酒蔵で「初時雨」を買い求めて来てから、1年ぶりになります

 先日2月12日、ホンマに久し振りに伏見稲荷へ行って、スズメとウズラを食べてきました。去年も3月に行ったのですが、その時はスズメはなく、その後もインターネットで「スズメ」を探し求めましたが、どこにも無く、すずめは国際保護鳥に指定されているから、もう食べられないんだと諦めてきました。ところがひょんな事から、「スズメは伏見稲荷で売ってるで」となったのです。

 早速それじゃ2月5日に行こうと、一緒に行く奴も段取りし当日をワクワクしながら待ちました。2月5日は生憎の雨模様、次の週へ日延べを余儀なくされてしまいました。12日は、10時過ぎの電車で、一路伏見稲荷へ。11時半前に着きました。

 駅前で同伴者と落ち合い、まず日野屋さんへ、混んでるではないか、奥の慶福さんへ、空いてると席に座り注文。スズメもウズラも両方取りました。待つことしばし、ウズラは初めて、ガブっと食べると、「ウーン、これはチョット骨が硬い」、バリバリっという訳にはいかない、ボリボリっという感じだ。次にスズメに、「やっぱりこれだ、頭も香ばしい、骨ごとバリバリだ、美味い。」

 実は私が住む平野の杭全神社の鳥居のすぐ脇に焼き鳥屋があり、そこではスズメを出してくれました。15年以上前のことであり、私の好物でした。その店がやめると、他でもスズメを見ることはなくなっていましたが、2年前に同じ慶福さんでいただき、余りの懐かしさに「もう一度」と、ずっと思ってきたのです。

 

 

 

 

 

 

 風が強く、寒い日でした、それでも念願の太田酒造へ行って、写真を撮ってこようと、朝の11時過ぎに電車に乗り、王子まで行きました。そこから歩き始めましたが、何と遠いんでしょう!大和川を渡って、竜田側を渡って、とにかくどんどん歩いて、ようやく着きました。言うたら法隆寺と王子の中間、幾分王子が近いかなという感じです。

 太田さんの所では酒は造っておらず、岸和田にある工場で兄さんと共同経営で営んでいます。

酒造工場はどこにあるかは問題ではなく、立派な蔵元だということです。

 太田さんは若い時から東大阪市水道局に勤め、定年まで勤め上げたということです。


 店の内部。立派な暖簾が架かり、右奥には表を描いた絵も飾ってあります。

 店の表、いかにも蔵元という杉玉と旗が架けられています。


 私が買った「初時雨」の一升瓶です。甘口でもなく、ちょうど

いい感じの辛口でした。


 上は11月に、これは2月に買ったものです。

 

<法隆寺東院・夢殿→法輪寺→法起寺→法隆寺五重塔へ>

 去年の11月29日、これも古い話で申訳ないんですが、40年近く前、斑鳩町を流れる竜田川のほとりで焼き肉パーティを楽しみ、帰りに催しを世話してくれた太田さんから酒を頂きましたが、何とその酒ビンが割れてしまい、以来ずっとそこの太田酒造を訪ねたいと恋焦がれてきました。60も過ぎて時間的余裕もでき、今まで見てなかった法隆寺も見、ついでにそこへ行こうとJRに飛び乗りました。法隆寺駅で降り、観光マップをもらい歩き始めました。タイトルにあるように計画を立て、まずは近くの夢殿へ、、この後がいけません。行けども、行けども届きません。小じゃれたお店があり、そこの「たぬき」のうまかったこと、周りを見ると干柿が並べてあり、聞けば近くで取れたものだと言う、250円を払って食べれば、これが美味い、感謝です。小ぶりでしたが、5つも入っていました。

 漸く法輪寺に着き、聞けば拝観料は500円、夢殿は300円だったのに、外から拝み、法起寺へ、、これも300円。その後歩いて、西院へ、これも外から拝んで、目的の太田酒造へ。着かない、まだ着かない、とにかく歩く、しかし着かない、タクシーはと見ても、通らない、とにかく歩け、歩けだ。

 これ以降は次回で。と言うのは、とにかく疲れてしまい、写真を撮るのも忘れてしまったのです。太田さん井王子駅まで送ってもらい、感謝しつつ次回を誓いながら、家に帰って飲んだ朝明の美味かったこと、次回を楽しみにしてください。


 法隆寺五重塔

 夢殿

 法輪寺
    
 法起寺 


<子どもの貧困対策法が制定されました、これは一体何や?>

 こんな素朴な疑問を抱いていた私が、先月の1月30日、JR高槻駅すぐ近くのクロスパル高槻(高槻市総合市民交流センター)まで行ってきました。

 子どもの貧困対策法が一昨年6月に制定されました。子どもの貧困とは何か、子どもの成長にとって必要な環境や、経済的支援が与えられておらず、それが家庭の責任とされ、貧困の悪循環(連鎖)の内にある子どもの状態を指しています。ひとり親家庭、生活保護世帯、わが国は先進諸国の中でも貧困率が高いとされ、子供にとって危機的状態が持続的にずっと続いています。

 私は、こんな訳のわからない法律を作って一体どうなるるんや、と思ってきました。世の中を変えようとするなら、当事者の声が一番大事だ、しかし、ひとり親世帯も生活保護世帯も、さらに子供たちも毎日の生活があり、そんな当事者の声を挙げることさえ難しいんではないんかと・・・。

 しかし、シンポに行ってその認識はかなり変わりました。中3の女生徒が発言をしている、ひとり親世帯で育った大学生が学習塾を仲間と立ち上げている、同じように地域ぐるみで子どもの支援活動を行っている元親子劇場のNPO、どっこい人間は生きている、元気だと力づけられました。遠い高槻まで来てよかった、帰りの電車の中でしみじみと思ったものです。


 NPOあっとすくーる 渡 剛さん
 NPO山科醍醐こどものひろば 村井琢哉さん 

 富田地域の「わんぴーす」の中3生 

<テトとは!?旧暦の正月です。ベトナムでは、国民祭日としてこぞって国民

  全体が祝います。>

 

 1月26日、サンスクエア堺でベトナム総領事館の主催で「ベトナム文化の集い」が行われ、私も参加してきました。

 今年から「大阪GHR(グローバルヒューマンリソース)事業協同組合」を立ち上げ、外国人労働者を受け入れる予定です。当初は、介護分野の受け入れを考えていましたが、残念ながら新法の成立が大幅に遅れ、その他の事業にも受け入れざるを得なくなりました。旧知の安原社長の紹介で日越友好協会の古賀さんを紹介いただき参加することになりました。

 この日は、総領事、堺市長の武山さんも見えられ歓迎のあいさつを述べられ、いよいよ始まりました。ベトナム音がjyは、日本とはかなり異なり、1軒琴、ニー琴、打楽器で奏でられ、ベトナム人のすぇいしんを謳いあげます。日本の歌も歌われ、たっぷり2時間位及ぶコンサートでした。最後にベトナム人も舞台に上がり、故国戸の交流を深めたひとときとなりました。

 ベトナムは、かってアメリカにも中国にも勝った民族力あふれる国です。この国と交流ができるなんてすばらしいことです。私もぜひ日越協会に参加します。


   堺市武山市長  

 ベトナム総領事

 日本とベトナムの司会者











 もう随分古い話で申し訳ないが、昨年9月5日に部落解放同盟大阪府連の支部を訪問してきました。このイベントは大阪府連が呼びかけ、早朝8時半に大阪府連に集合、バス2台で泉南の樫井地区、東大阪の荒本地区、北摂の道祖本地区の3か所を回ってきました。

 私は、大学に入った時から部落解放に関わるサークルに入会し、その後は大阪府連のキャップであった国会議員の秘書を務め、自身も地方議員となり、今はこのNPO(いのくらネット)の代表となっています。

 それだけに懐かしさも加わり、参加を申し込んでしまったのです。


<樫井はやっぱり樫井だった>
故繊維協同組合の説明  故繊維協同組合

ムラの宮さんの前で  ムラの宮さん

樫井川の堤防を歩く  樫井川の堤防を歩く

 

 到着してムラの中を回り、お寺、お宮さん、保育所、順番に回り、最後に故繊維協同組合で組合長の説明を聞きました。故繊維は古キレとして回収され、その昔はウエスの材料となり大変な用途がありました。それが何とリサイクル製品として重宝されています。ビックリしました。


<荒本は助成の力で、生きがいを事業化>

  


 後方で説明しているのが地域のリーダーであるNさんです。この地域は住民、世帯も減少しており、東大阪の中でも高齢化は極めて高く、都市部落の典型です。

 女性の力は強い、当たり前です、当然です。


<道祖本には朝鮮人会館もイスラムのモスクも混住していた>
朝鮮人会館  朝鮮人会館
スワン。ベーカーリ  スワンベーカーリ
モスク  モスク


 この地域は、ゴルフのキャディーさんの出身者が多く、有名なゴルファーもいてました。今では

特筆すべき磁場産業もありません。

 障碍者の雇用確保でスワンベーカーリが頑張っています。








【BCP研究会とは?】

 阪神淡路大震災や東日本大震災では障害者支援が、大きなテーマとして鋭く問われました。この時の経験を踏まえ、2014年4月から大阪府下の団体から始まった取り組みです。今回は「ゆめ風基金」の八幡隆司さん(元箕面市議会議員)を講師に招き、大阪府下の団体担当者が寄り集まって議論していきました。私たちいのくらネットと連携する「ノーマライゼーション協会」の小西さんから案内をいただき参加しました。

 当日約50人の方が集まり、議論しました。

 私は高齢者の成年後見を行っていますが、利用者の中にも視覚障碍者がいてます。83才のおばあちゃんです。

 いざという時に、私たちに今、何ができるのか、できないのか。


八幡隆司さん





 会場は長居公園にある大阪市障碍者スポーツセンター、私は初めて訪問しました。この日も多くの方が訪れ、楽しんでいました。何と建物の中にスロープが設置されているではありませんか、

びっくりしました。ちょっと考えれば、当然であり、普通のことです。








 私たちは長年、いのくらネットの一層の発展のために学者の協力を求めてきました。

 これが漸く実現に漕ぎつけました。大阪府庁の地域福祉課の紹介により、9月22日、柏原市旭が丘の関西福祉科学大学・都村尚子教授を訪問しました。都村教授はこの日、ちょうど自らが主宰するバリデーション研究会があり、私たちも覘いてきました。バリデーションとは認知症患者とのコミュニケーション論を指し、この場には多くの福祉職員や学生が参加していました。

 いのくらネットにとっても成年後見の制度論ではなく、コミュニケーションという所に大きな関心を持ちました。教授は私たちが行う「NPO成年後見人養成講座」の講師も承諾してくれ、ちょっと講座に箔がつくと期待しています。都村教授を訪問したのは、山岸(右)、中村(中)、佐藤(左)の3人でした。

 都村さんは武庫川女子大学を卒業後、福祉職員として実践をしながら学者の道を目ざしてきたすばらしい人材、これがこの日の私の率直な印

象でした。こんな人が社会的にもっと注目されたらとイイのにと強く思っています。これからは教授に何でも相談し、力になってもらおう、これがいのくらネットの思いです。

 都村尚子教授に感謝です。




都村教授

研究会の様子