『奥深き神々の世界-1-』~"鬼"とは何か?※最新追記あり

2月3日は節分でしたね。皆さんの中には豆まきをされた方も多いはず。「鬼は外、福は内」・・・・・・ちょっと待てぃ❗ アカンて、鬼を追い出したらアカンですってばよ❗(笑)

というわけで、世界中の神話や神様について、様々な視点から解説していくコラムの第1回は、馴染みはあるけど謎の存在である"鬼"について紐解いてみます。

皆さんは"鬼"と聞いて何を想像しますか? 子供のおとぎ話のような虎皮の腰巻きをして、頭にツノを生やした赤や青い肌をした大柄な化け物だったり、あるいはもっとグロテスクな怪異をイメージするでしょうか。ごく一般に浸透している鬼の姿のイメージは、ほとんどが室町時代以降に、噺(はなし)や物語の数々の中で描かれたものが定着したものです。

実際の"鬼"は、「得体の知れない、目に見えない何か」全般を意味します。目にはまったく映らないが、何か心が不安や恐怖に掻き立てられる感じ・・・・・・それが中国では"鬼(キ)"と呼ばれました。

プラスエネルギーの"氣(キ)"に対する、マイナスエネルギーが"鬼(キ)"という考えもあるかも知れませんね。

また中国の伝承の中における"鬼"の姿は、地獄で罪人に罰や拷問を与え続ける獄卒として描かれます。大変おどろおどろしい姿、光景ではありますが、逆に考えると「天国にも行けないような穢れきった魂を、荒療治で浄める存在」とも言えますね。

インドでは悪鬼としての側面が強く打ち出され、『ヤクシャ(女性はヤクシニー)』や『ラクシャーサ』・・・・・・仏教で『夜叉(やしゃ)』、『羅刹(らせつ)』と呼ばれる、人間を襲って喰らう、まさに恐ろしい"鬼"らしい姿で描かれています。

日本はどうかというと、これ❗ というハッキリした形で表されるものではなく、実に多くの姿、多くの側面を持った存在として扱われています。ある時は人間に害を成す化け物。ある時は逆に人間と仲良くしたいと願う優しい存在。ある時は不浄な霊魂の集合である魑魅魍魎(ちみもうりょう)。ある時は遥か異国の地から流れ着いた外国人全般。ある時は大和朝廷に仇成す不届きな海賊。そして強い悪意を持った人間そのもの・・・・・・。

しかし、日本における"鬼"の本当の姿はそんな低俗なものではありません。

"鬼"という文字を書いたラベルを蒸留水のボトルに貼り付け、凍らせてから顕微鏡で水の結晶を見てみると、まるで空間にポッカリと空いた深淵のような不気味な様相を見せます。何か生命の「芯」あるいは魂を抜き取られたかのように。

つまり"鬼"とは「本来あるべきものを抜かれた空虚な存在」と言えます。それは何か? 実は"鬼"を「オニ」と読むのにはその根拠が今でもハッキリとした起源がわかりません。一説には何もない事、あるいは霊魂そのものを意味する「隠(お)ぬ」が訛ったものとされていますが、この「おぬ」が物の怪や魂を示す名詞として使われた痕跡がないため、そこから変化したというのはちょっと疑わしいところもあります。

「オニ」ではないとしたら、"鬼"とはいったい何なのか・・・・・・"鬼"に隠された真実は、この漢字に与えられたもう一つの読み方を見れば一気に謎が解けます。

それは「カミ」です。そう、"鬼"とは"神"そのものであり、「神としての力や魂を奪われたもの」と解釈できます。

では魂を抜き取られてしまった"神"とは何を示すのか? それこそが日本古来より存在していた土着の神々・・・・・・「地祇(ちぎ)」や「国津神」と呼ばれる存在です。

古代シュメール地方辺りから流れてきた「天神」・・・・・・「天津神」が日本に根付き、勢力を拡大する中で、大和朝廷を確たる存在にしようとする中において、各地で信仰されていた国津神の存在は邪魔以外の何者でもありませんでした。

"天照大御神(あまてらすおおみかみ)"によって、それまで日本で最も力を持っていた出雲の主神・"大国主神(おおくにぬしのかみ)"より覇権を奪った天津神は、国津神が反抗反乱をしないよう、その神としての力を奪いました。

現実には朝廷が実権を握った事で、日本各地の有力豪族を失脚させた、という事になるでしょうか。

こうして力を失った国津神たちが"鬼"となり、あるいは"妖怪"と成り下がり衰退していった、という事です。

中には怨念を増幅させた者が祟り神となったり、魑魅魍魎、跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)といった凄まじいマイナスエネルギーの存在となった者もいるでしょう。

神とは人々の厚い信仰があって力をもらい、それらに応えて益を返す存在。その信仰の力を失えば神はエネルギーを失うことになります。プラスエネルギーを貰えなくなったなら、マイナスエネルギーを喰ってでも自らの存在を維持しなければならないでしょう。そうした先に行き着くのが"鬼"という事になるのではないでしょうか。

"神"と"鬼"は表裏一体の存在。とすれば、「鬼は外、福は内」という行為がますます本来"神"である者をさらに貶める行為であるのか分かっていただけるかと思います。

とはいえ、中には今でも神として伝統的に、小規模ではありますが奉られている存在もあります。東北地方の"ミシャグジ様"や、北関東地方の"荒吐神(あらはばきのかみ)"、諏訪地方の"建御名方神(たけみなかたのかみ)"など。大々的にはやはり出雲の"大国主神"でしょう。

しかし、こうして敵対勢力を地に貶めるのは日本神話だけではありません。有名なのはインドのヒンドゥー教とペルシャのゾロアスター教はかなり顕著ですね。それについては次回詳しくやってみようかと思います。

そしてこのコラムの最も根幹を成すものとして、ユダヤ・キリスト教における神と悪魔の関係性、その真実なども含めてこれから解き明かしていこうと思いますので、どうかお楽しみに🌟

あと、もし良かったら、「この神話を取り上げてほしい」とか、「好きなこの神様や天使や悪魔をもっと詳しく教えて」とかリクエストがあれば遠慮なしにコメントください🎵

🎯追記(2022年2月3日)
ついつい最近になって、最新研究の結果として、古文書の鬼に関する記述と、平安時代頃に描かれた絵巻の関連性の分析から、鬼の語源になった『隠』(おぬ)が示す意味が明らかになり、《鬼の真の正体》が明らかになりました。

奈良時代から平安時代にかけて都として整えられた京都の町は、地形的には湿地の盆地であることはよく知られていますが、町の外と内でその様相はガラリと一変します。

町中は煌びやかで華やかな日中とは打って変わり、夜は明かり1つない真っ暗闇。当時は夜な夜な、山賊や盗賊による襲撃が多い治安の非常に悪い所だったので、長らくはそれら賊が鬼ではないかという説が主流でした。が、今回は完全にそれが否定される結論が出ました。

平安京で有名な、大量の『魑魅魍魎』(魑魅魍魎)が、【一条通り】を「西から東へと練り歩く」、いわゆる『百鬼夜行』に答えが隠されていて、その絵巻の一部に描かれた、『餓鬼』のような姿の化け物が、病気の寝床にある家主の家の中をひさしから覗き込んでいる様子が描かれているのが、【歴史上、初めてハッキリと『鬼』として表されたもの】と断定されました。

そして、百鬼夜行のスタート地点となる都の入り口には川が流れているのですが、この川が度々氾濫することにより、京都は何度も《疫病》(主に『天然痘』)が流行りました。

今でこそ科学の進歩で顕微鏡によって『細菌』や『ウイルス』が目で確認できる時代になりましたが、それでも「普通にはそれらは目で見えない」ものですよね。

川が氾濫する度に謎の疫病によって、町の人々が大量に病気になる現象に、当時の都の人間は【人知の及ばない目に見えない「たたり的」な恐ろしい力】であると感じたでしょう。だからこそ、そういう意味を込めて『隠』という字と概念が生まれたのです。

つまり【『隠』→『鬼』の正体とは『病原菌』】のことを明確に表していたということです。

だからこそ『鬼』が「得体の知れない、目に見えない何か」という意味だと、コラムの始めに書いたことに完全に一致するというのもうなずけますよね。

古代から伝えられてきた大きな『鬼』というミステリーは、科学によって証明された貴重な事例となったのには、大きな意義がありますよね。

そして、今現在、全世界を襲っている『鬼』こそ、『新型コロナウイルス』であり、ひいては『コロナワクチン』であるという現代における大規模な【人間と鬼との戦い】が繰り広げられている、というのも何だか因果なものですよね(笑)。

ですが忘れてはいけないのは、【『鬼』と『神』が表裏一体であるということ】。

なぜなら、【『ウイルス』の存在があるからこそ、「人間や生物は進化できてきた」という科学的事実もまた真なり】なのです。それはまさに【ウイルスという『神』のなせる業】でもあるのです。

#鬼の真の正体は疫病を起こす病原体そのもの