久しぶりの更新です。 | 徒然なるままに

徒然なるままに

これまで歩んだきた軌跡。そして、これから歩みゆく未来。徒然なるままに書き綴っていきます。


お久しぶりで~す。
久しぶりすぎて何を書いていいかわからないんですけれど
とりあえず最近思っていることをつらつら書いていこうと思います。

まずは勉強仕事面から。

俺は今、ICUに通いながら教育コンサルティングの仕事に携わっています。
教育のコンサルティングっていうのは簡単に言うと
クライアントさんの目的に合わせ、学習の方法や計画といったものを
認知心理学や大脳生理学といった知見からプランニングする仕事です。

カウンセリングを通りしてその人の認知のクセを調べ
その人に合った最適の学習プランを一緒に考えて行く。

ざっくりと言えば、皆さんの学びをお手伝いする仕事です。



今の社会は…というか一般的に「人は」といった方がいいのでしょうか
どうしても「表」に出てくるものでしか物事を測ることができません。

表に出てくるものがその人の全てであり
それを均一な価値観によって測り、優劣を決めてしまおうとする世界。

それが、いわゆる学歴社会です。

俺たちは、そんな世界に待ったをかける仕事をしています。



人間はコンピュータと違い、inputしたものを
そのままoutputできるわけではありません。

人間はそんな単純な生き物じゃない。

そこには心内過程と呼ばれる心理的な情報処理のメカニズムが存在します。
そしてこのメカニズムは、人によって大きく異なる。

世界から切り取る情報は人によって大きく違い
そこにはその人の興味関心・経験・生活環境が大きく影響します。

だから同じ歴史の話を聞いていたとしても
人によって心の中に残る情報は違う。

そしてそれはただ違うというだけであり
どっちが優れているというわけではないんです。

ここに、個性の違いというものが生まれる。

情報の処理方法やアウトプットについても同じようなことが言えます。

こういったところに人々の多様性が存在するのであり
社会に対する個性の活かし方、つまり仕事に対する適正が隠れているわけなんです。

そして本来ならば、大学受験はそういった自身の適正を試す場だった。


東大入試と聞くと、多くの方が日本一難しい入試だと思われると思います。
しかし、問題一つ一つの難易度で言えば京都大学の方が圧倒的に上です。

以外と知られていないことなんですが
東大入試問題の一つ一つはそれほど難しいものではないんですよね。
(もちろん標準以上の問題であることは変わりないのですが)

ではなぜ東大入試は難しいとされるか?

それは、時間に対して問題数が異常に多いからです。

東大が求める人材とは、限られた時間内で
ある程度の難易度のものを大量に処理できる能力を持つもの。

これに対して京大は、問題数は多くないのですが
一つ一つの問題の難易度がえげつない。

京大は一つの問題を深く細かく洞察できる人材を求めています。

国家官僚の多くがなぜ東大出身者なのか?
東大よりも京大の方がなぜノーベル賞受賞者が多いのか?

この背後には、こうした適正の問題が隠れているんです。


こういった「適正」の問題について
そもそも一つの価値基準で測れるはずがない。

というか、教育っていうものがこの適正について
学力という一つの価値基準でヒエラルキー化しようとすることが間違ってる。

教育は個人の違いに価値をつけるもの。


俺は、その信念のもと毎日の仕事に励んでいます。

とりいそぎ今日は勉強・仕事面についてでした。
ではでは。