
郷里の方言に「てぶる」という言葉がある。
「放ったらかしにする」あるいは「(途中で)止めるというような意味だ。おそらく「手振る」という漢字を当てるのだと思う。どういったときに使われるのかというと、
例えば、
「あそこの家の息子は最近若いおなごとよう遊び歩いちょるがどねえなっちょるんかの」
「あんた知らんのかね。ありゃあ嫁も子供もてぶってしもうたんじゃ」
「ほんまか。ばかたれじゃの」
「タツーも入れたんてよ」
「タツーて、お前は外人か?西川ヘレンか?墨じゃろおが。墨ちゅうてちゃんと言えや」
というように、あまりいい文脈では使われないことが多い。
「最近インターネットちゅうもんを始めようかと思うんじゃが、どねえすりゃええんかの」
「パソコンとかスマホとかがありゃあできるいや」
「ナンボするんか?高いんじゃろ?」
「おおそう言やウチの納屋に、てぶっちょるMacBook Air 13インチがあるけえ持って帰ったらええいや」
「おお貰うてええんかの」
「ええいや。どうせ、てぶっちょったもんじゃけ。あれじゃったらiPhone5も2,3個あるけえ持って帰れや。5Sじゃないけどの」
「悪いのお。でもわしにゃ難しいんじゃろ?」
「いや、Mac製品はみやすい(簡単)で。年寄りやらでもすぐ使えるいや」
「そりゃ普通の年寄りじゃろ?わしはただの年寄りじゃないからの」
「そりゃどういうことか?」
「年寄りのアル中じゃ」
「おおそうじゃったの。まあでも手が震えてフリック入力には向いちょるかもで」
「あっはっは」
と、いうシチュエーションで使うケースもあるが、これは稀だと思う。
そういうわけで、最近のニュースなどを見聞きするとこの「てぶる」をよく思い出す。
田舎者の感覚から言うと、政府は福島を「てぶった」ように見える。
ネットでは「棄民政策」などという表現もあるが、おれから見れば、「政府もわやじゃの。困っちょる国民をてぶってオリンピックか。バチが当たるで」というようなもんである。
今話題のドラマ「明日、ママがいない」も大人から「てぶられた」子どもたちが出てくる。
そんな中、めでたく大東京都知事様に就任されたタレント学者様の噂を聞いた。
なんて言うか、「そうか…あんたもてぶったんか…」という感じである。
テレビに出て、「えらっそ(偉そうなこと)」言うても身内をてぶっちゃ話にならんがのぉ、という感じである。
まあでも孤独死、ネグレクトの話題が尽きることのないこの国の首都の顔としては相応しいと言えば相応しいのかもしれない。
「てぶる」の本質は薄情ということであるのは、言うまでもない。