ふらりと入ったブックオフでのことだ。
105円のコーナーに歩を進め、一番奥にたどり着くと、何とも言えない悪臭が漂っていた。
伊勢佐木町界隈では馴染みのホームレスの匂いだ。
悪臭の主は色の浅黒い青年だった。大きなリュックを背負い、数冊の本を手にしている。リュックの中から、「ラッキーを手にする!」みたいな本がのぞいていた。
おれはそっと彼に近づいてみた。
まだ完全なホームレスではなさそうだ。ネットカフェ難民だろうか。風呂にはしばらく入ってないだろう。ボサボサの髪は脂ぎってテカテカ光っている。アウトドアタイプのパーカーに普通のチノパン、スニーカー。悪臭さえなければ、ごく普通の格好だ。
おれはもう一度、少しだけ開いている彼のリュックを一瞥する。
なぜか、折り畳まれた新聞が電話帳3冊分くらい入っている。
手にした本を見ると、すべて、「~すれば、今すぐ幸運が訪れる」というようなタイトルのものばかりだった。
そうか君も大変なんだね。
おれは心の中でそう呟いた。
すると、突然彼が何か喋り始めた。宙に向かって。まるで親友に語りかけるかのように。
「そうなんだよ…やっちまったよ…うんうん…だよなぁ…そう、それだよ…」
詳細は聞き取れなかったが、とにかく彼はおれには見えない誰かと喋っていた。
こういう人はたまに見かけるが、目の前で見るとやはり一瞬たじろいでしまう。
人は誰しも心の中で始終ブツブツと呟いているものだが、普通、あまり声には出さない。
彼はおそらく内と外とを隔てる膜のようなものが破れかけているのだろう。
その膜の裂け目から彼の自我が流出している。そんな印象を受けた。
…と、おれはこれを公園のベンチで書いているのだが、たった今隣に腰掛けたおじさんも同じように何やら喋り始めた。
年収100万円などと言われ始めたこのご時世だ。これからこういう人は増えていくのかもしれない。