この記事は昨年書いたものを再投稿したものです。
何度か投稿しては、削除しました。
今年は2回目の大規模なリストラがあった。
従業員が半減した。
1万人の企業なら5000人。
1000人の企業なら500人。
そういう大規模なリストラだった。
経営側は今後の事業がもうだめだと判断し、踏み切ったようだ。
会社には2本の柱があったが、もう両方ともだめだ。
中国に子会社を作っていたが、そこが売り上げの1/3を占めるくらいになってきた。
但し、そんなに利益はでない。
今後、取引量が増えればなんとかなるかもしれない。
でも日本側には人はそんなにいらないことになるだろう。
2階の技術開発関連の部署でも大規模なリストラだった。
技術開発関連の人達は殆ど全員がリストラされた。
いままでぱっとしない、何を技術開発しているのかわからなかったが。
消滅させるということは、もう研究開発は不要で会社をたたむ積りかもしれない。
技術開発の人で仲の良かったSさんが亡くなった。
リストラを宣言されて、翌日から出社しなくなった。
数日後、総務部の課長とSさんの兄がSさんの家を訪ねると、
Sさんは亡くなっていた。
原因は心臓肥大?らしい。
急激なショックのためだったのだろう。
Sさんは、プレイステーションを複数台つなげて何か凄いことをやる?
研究をしていた。
完成したらきっと凄いものが世にでていたのではないかな。
私の所属する製造部も大規模なリストラだった。
私の所属する課だけでも結構な人数を切った。
T課長。工程管理を教えてもらったAさん。
一緒に仕事をやっていた、K1さん。K2さん。
資材管理のMさん、Nさん。
倉庫管理全般の2回に席のあったK課長。
みな首切りにあいました。
部署の移動だけで済んだ人達もいる。
他の製造部の課も同じだ。
次の仕事が見つかっている人は多い。
ただ、K2さんは直ぐに転職したのだけれども。
直ぐに止めてしまった。
K2さんは気の短い人だった。
製造現場の人間をこれだけきって、会社はどうしたかというと。
製造請負の会社を少し増やした。
複数の請負会社を中にいれることによって、価格競争をさせている。