一年前に比べて自分はどれぐらい成長しているか…

ちょうど一年前に二人目の子供が生まれて…
あの日から4人家族になった。

子供二人は目まぐるしい成長をしている。

上の子は、弟を想う気持ちが芽生え、家族というモノを理解し、たくさんの言葉と文字を使えるようになった。
一人じゃ何もできなかったのに、一人で着替えることも、お箸を使って食事をすることも出来るようになった。
折り紙も絵を書くことも…上手になった。
種まきをして咲くのを楽しみにして、毎日様子を見て、芽がでると、喜んで…
枯れた花を見れば可愛そうって思える感情があって…
お手伝いも進んで出来るようになった。

まだ、オネショはしちゃうけど…
一年前に比べたらたくさん、たくさん成長してる。




下の子は、おっぱいを卒業できたし、
気に入らないことがあれば怒って、嬉しいことがあれば満面の笑顔になって、しっかりと自分の気持ちを表現してる。
ハイハイも上手、早いし…音楽に合わせて身体を上手に揺らしたり、お兄ちゃんに遊んで欲しくて追いかけたり


二人とも目が離せないくらいやんちゃで…

彼ら二人には彼らのペースがあって…
その成長を見ていられるのは本当に嬉しくて、これ以上の幸せはない。



でも、自分が父親として成長しているのだろうか…

一年前に比べても何も変わってないような…

父親としてどうあるべきか…悩んだところで簡単に答なんて出せないし…

言ってあげられることなんて、ほんの少しで…
そばににいて、子供の言葉を聞くことぐらいしか出来ない。


自分の父親も悩んでいたのかな…なんて思ったけど
本当にどうあるべきなんだろう。
一年経ってもあの瞬間の恐怖は忘れられない。

死を覚悟した恐怖。
大人の自分が震え上がるほどの恐怖。
二度と経験したくないと思うほどの恐怖。

それ以上の恐怖を目の前にし、亡くなった子供たちがいるということ…
それ以上の恐怖を感じ、頼りたい親を亡くし、すがることもできない子供たちがいるということ…


一年経って…被災地、被災者のために僕は何かできただろうか…
きっと役にたつことなんて出来ていないだろう。


がんばれ東北とか復興とか…絆とか
言葉だけがそこにはあって、何も変わってないような気がする。

子供たちが夢や希望を持って生きていける環境を大人の僕たちが作らなきゃいけないし、言葉だけじゃなくて行動しないと…それが大人の責任だろう。


大人に先はない、先があるのは子供たち…
子供たちを最優先に考えないと、日本は終わる。
電車の中で寝ちゃう人の気が知れない。


三大欲求を人前でさらすことはあまり好きではない。

食事をしているところを見られるのも本当に嫌だ。
ましてや、セックスなんて絶対に無理。

心許せる人の前でしか出来ない。



小さい頃から…
人に見せるものじゃないって教育されてたからしょうがないのかな。
恥ずかしいことだと。

基本的に他人のそれも見たくないな。



ま~完全に無防備な状態になるわけで…危ないよね。




何でこんなこと書いたか…今自分が電車に乗ってるから。



目の前の女の子のパンツ丸見え
上向いて口を開けて寝てる。

起きてれば
結構可愛い子なのに…
もったいない。

恥じらいがないな。



DocomoのBlackberryに機種変更。




なんのストレスもなくサクサク。
電車の中。

障害者を見た。
僕より若くて、今どきの子。

左手は無くて…手首まで。
右手は…指が一本だけ。きっと中指。


世の中に、障害者の方はたくさんいて
当たり前に社会生活をしている。


『障害者も当たり前に社会生活している』
僕はそのことを忘れていた。
忘れている自分が、正直、ショックだった。

自分の経験してきたことを考えれば
忘れることなんてないはずなのに…



8年前。


ある女性を好きになって、付き合うことになった。
彼女は障害者手帳を持っていて、骨肉腫が原因で左膝が人工関節になっていた。
素肌をさらすことも、杖を使うこともしなかった。
だから、外見だけでは障害を持っているとは判別できない。

しかし、走ることはできない、
長時間歩くことも難しい、
なにより二人になれば服を脱ぐこともあるわけで…
足の傷を見れば、やっぱり障害者なんだと…
いろんな場面で気付かされる。

あの頃の僕は、
僕の生活の中に当たり前に彼女がいて、
その彼女が障害者で…
障害を持った彼女が生活の一部で
障害を特別視することはなかった。
たくさんデートもしたし、ケンカもした。

でも、障害ということを切り離して生活することはなかった。
常に、出来ることと出来ないことがあって…
些細な事でも気にして…健常者は想像もできないことがたくさんあった。

出来ることと出来ないこと。
それを常に考えて生活してた。
それを考えることは、特別なことではなく、当たり前で
彼女といるときは、それが普通だった。
本当に、普通の生活だった。


障害を持つ彼女が障害に対して思うことや考えていること
『やりたいこと』と『できる事』たくさん話を聞いた。
力になってあげられる事、話を聞く事しかできない事
健常者の僕には全く理解できないこともたくさんあった。


彼女は、
ただ、健常者と同じように社会生活をしていきたい。
それを望んで、専門学校に進学した。

その間、バイトも始めたし。親とケンカもしてたし…
女友達もいたし…おしゃれもしていたし…
どこにでもいる女の子。
年頃の女の子と、何一つ変わらない。
障害を持っていても普通に社会生活していた。


障害をもっている人だって、当たり前に社会生活している。
障害者も社会の一部、健常者も社会の一部。
特別なことじゃない。

障害者の人を見ると…
いろんなことを思い出すし、いろんな事を考える。

障害者の人も当たり前に社会生活をしているということを
忘れないように…



彼女と別れて6年。
彼女を忘れることはないが…
時間の経過は僕の中にあった『当たり前の感覚』を消してしまった。
でも、障害者を見て思い出した。


いろんなことを忘れていた自分に
正直、ショックだった。
自分自身の、
感覚だったり、物事の捉え方、考え方とか…
大切なことだと思ってて…

でも、僕のそれは結構、流動的。

『今』『この瞬間』なんて思った時には、もう過去になってて…

僕のそれが、わずか一瞬で過ぎ去ってしまう。



僕のそれが
いつか消えてしまうかも…
もう消えてしまっているかも…
いつか変わってしまうかも…
もう変わっているかも…


僕のそれは、
「その瞬間」本当に大切なモノだったはず。
「感覚」「捉え方」「考え方」を大切に、書き残しておきたい。



きっと
そこが、僕のルーツなのだから…



これがブログを始めるきっけだった。
自分の思い描いたように物事が進むなんてことは、ほとんど稀で
大半が思い通りになんかならなくて…

もう、そんなこと当たり前じゃんってなってる自分が普通で…



いつからだろう…そんなふうになっちゃったの。




良くも悪くも、変われるのなら。




これからだって変われる。
どんなふうにだってなれる…



そう思う。
ずっと待ってた。
本当にずっとずっと待ってた。



正直、待ちくたびれた。






どんな気持ちで向き合えばいいの?

でも、やっぱり最高。
僕の気持ちも色あせてない。
3.11から一ヶ月。
あの日から、全てが震災一色。




一日でも早く
全て人が安心して暮らせますように