保存 | 何か色々 憲法&民法ゴロ合わせ跡地
『幸せのゴール』  今日は大学の合格発表の日  本日は日本晴れである。  外で蝶が戯れ、桜が風に煽られ、  正に春真っ盛りである。  私は朝から賑やかな食卓を囲んでいた。  私の萎れつつある容姿と裏腹に、  お父さんとゆーちゃんは精一杯の笑顔を見せている。  …それがプレッシャーとなって更に私の心は沈んでいく。  「さて、今日は久々にこなたの大好きな鶏肉の唐揚げでも作ろうか、  ゆーちゃん!」  「うん!楽しみにしておいてね!」  「ちょっ、ちょっと!まだ合格したって決まった訳じゃないんだからさ…!」  私は普段なら有り得ない程豪勢と言える  朝食の目玉焼き、サラダ、食パンを早めに食べ終わり、  大学へと向かった。  397 :学生さんは名前がない:2008/04/29(火) 21:32:56 0胸は終始高鳴り続け、自分は多分落ちているという不安が募る。  その方が落ちていた時に気が楽だというが、  実際には同じようなものだろう。  受かっていたらその反面喜びも大きいかもしれないが。  満員電車から降りて、ようやく大学に着くと、  デパートの看板程の大きさの掲示板に、  無数の豆粒のような番号が散らばっていた。  思惑通り人だかりが殺到しており、  歓喜の雄叫びを上げて抱き合う生徒達、  肩を並べて泣いてる生徒を慰める生徒達…  まさに、青春である。  「おっす!こなた」  振り返ると、かがみんが立っていた。  「あんたも見に来たのね」  「ああ、うん…全然自信ないよう…」  「まあ見て来なさい、当たって砕けろ!」  かがみんは…恐らくというか絶対受かったんだろうな…羨ましい。  「つかさとみゆきさんは?」  かがみんは親指と人差し指で輪を作った。  受かったのか…  大体、私がかがみん達と同じ大学に行くというのが既におかしい。  確かに、自分らしく無い程勉強して、  みゆきさんやかがみんに追い付き、  つかさと共にかがみん達に負けじと成績を上げたのも、  実際友達と離れたくないからである。  398 :学生さんは名前がない:2008/04/29(火) 21:33:28 0私は他の生徒に揉まれながらも強引に掲示板に近づき、合否を確かめる。  刑事が指名手配犯の人物像と容疑者の顔を照らし合わせるように、  自分の受験票に書かれた番号と掲示板の番号を照らし合わせる。  あった。  信じられなかった。  これでかがみん達と一緒の大学だ。  私は人だかりに構わず跳び跳ね過ぎて、  その拍子に周囲の男子女子生徒の顎を殴り上げたりもしてしまったが、  無事合格が決まって良かった。  「かがみん!受かってたよ!良かった!」  「そう、良かったわね!」  その時、かがみんの表情に陰りが見えたような気がした。  刹那の沈黙が宿る。  かがみんは、私から目線を逸らした。  私はそれを打ち消すように、態とのように再確認する。  「これで同じ大学だね、かがみん!」  「そ…そ…だね」  さっきのテンションが嘘のようだ。  かがみんの肩が震えている。  「あ、こなちゃん!お姉ちゃん…」  つかさが歩いて来た。  つかさは啜り泣くかがみんを抱きしめる。  私は全てを悟った。  399 :学生さんは名前がない:2008/04/29(火) 21:33:56 0「まさか…かがみん」  私なんか比べものにもならないくらい頭が聡い女の子が…  私の目標としていた女の子が…  そんなの嘘に決まってる。  私はかがみんの握っている受験票を受け取り、掲示板に走った。  しかし、その番号が見つかることは無かった。  自分は受かって嬉しいのに、何故だろう…  テンションは既に下降線を描いていた。  「こなちゃん、悪いけど今日の昼からの打ち上げは無しね。  お姉ちゃん、こんなでしょ?」  「うん…仕方ないね。みゆきさんは?」  「ゆきちゃんは残念そうに帰ったよ。ゆきちゃん自身は受かってたのに…」  「そっか…じゃあ今日は失礼するよ。あんまり気を落とさないでね、かがみん」  「…うん」  つかさの懐から篭ったかがみんの声が弱弱しく聞こえた。  私は大学の書類を貰った後、  帰路につき、ふとお父さん達に合否を伝え忘れたのを思い出し、  携帯で実家に電話を入れる。  「お、こなた…どうだった?」  電話越しに固唾を呑む音が聞こえてくる。  「受かった」  空気が一瞬滞り、歓喜の声が響く。  「良かったなあ!こなた!よし、今日は奮発してK〇Cにでも行くか!」  「お姉ちゃん、おめでとう!」  「い、いやあ…ありがとう」  400 :学生さんは名前がない:2008/04/29(火) 21:35:08 0「そういえば、お前の友達も受けたよな?その大学」  「あ…うん。そうなんだけど…一人落ちてね」  「え…そうか…残念だったな。  でも俺はお前が合格してくれればそれでいいんだ。おめでとう、こなた」  「…うん」  私は電話を切った。  私は家に帰り、お父さんとゆーちゃんからの盛大な祝福と  温かいK〇Cを頂いたあと、緊張感が解きほぐされたのか、  時計が12時になる前に、早くも布団に横になった。  小鳥の囀り、清々しい青空、今日はいい天気である。  その天気と裏腹に、私の気分は氷山に当たって船首が沈んだ客船のようだった。  私は朝ご飯を食べに食卓へと階段を降りた。  何故か一つ空席がある。  「おはよう、こなた」  「おはよう、お父さん…ゆーちゃんは?」  「ああ、ゆーちゃんなら小早川家に帰ったそうだ。急用があるからって」  「ふーん…急だねぇ。いつ帰るの?」  「…さあ」  「さあって何!?」  私はテーブルを叩く。  牛乳が少し零れてしまった。  「こなた、落ち着きなさい。多分…向こうにも色々都合があるんだ」  私は黙って座り、その後も黙々と朝食を食べ続けた。  401 :学生さんは名前がない:2008/04/29(火) 21:35:40 0やっぱりゆーちゃんがいないと暇だなあ…  いつもはゆーちゃんと一緒にゲームしたりすることで  休みの日は暇を持て余していた。  外は天気がいいし、一旦外に出る事にした。  近くの簡易公園のブランコに座って、  私は色々と物思いに耽っていた。  かがみん…どうして落ちちゃったんだろう…  あんなに一緒に勉強してたのに…  考えれば考えるほど罪悪感が芽生えてくる。  私たちだけ受かっていいのか。  もしかしたら、やっぱり試験番号を  間違えてたんじゃないだろうか。  でも、あの日はきちんと大学の書類をもらって帰ったのだ。  私はやっぱり家に帰る事にした。  久々にネトゲでもやるかな…  大学受験のため、インターネットは遮断されていたのだ。  それは親の強制ではない。  自分からそう決めたのだ。  かがみんと同じ大学に入りたくて、  誘惑に負けたくなくて。  私はパソコンのメインスイッチを入れた。  402 :学生さんは名前がない:2008/04/29(火) 21:37:35 0ネトゲで遊んでいると、時の経つのを忘れることが出来る。  今、現実に入り浸っていたくない自分にとって、  ネトゲは私に快感を与えてくれた。  現実が風邪だとして、ネトゲは風邪の特効薬だ。  いや、もしかしたら覚醒剤なのかもしれない。  私は夜になったにも関わらず、現実から逃げたいがためにネトゲをやり続けた。  現実逃避なのは解っていた。  頭で解っていても、身体が言うことを聞かない。  夕食に呼ばれた時には既に夜の8時だった。  私は、一人抜けて妙に寂しくなった食卓を眺めながら夕食を食べた。  一人抜けただけで、食卓は無言に包まれた。  いつもおいしいご飯が…今日は味が違った。  その日も私はすぐに布団に入った。  日光が差し込み、カーテンで閉ざされた部屋がセピア色に染まる。  私は鬱々真っ盛りの気分で食卓へ降りた。  ゆーちゃんは…いない。  「おはよう、こなた」  「おはよう…まだ帰らないんだね」  お父さんは黙って食事を続ける。  今日は友達と逢おうかな。  流石に一日ネトゲは身体に悪いし。  私はつかさの携帯に電話をかけた。  403 :学生さんは名前がない:2008/04/29(火) 21:39:08 0「もしもし」  「もしもし…あ、つかさ。かがみんは…大丈夫?」  「うん、結構落ち着いてるよ。替わろうか?」  「ああ、別にいいよ。あのさ、今日は皆で会おうと思ってさ。  みゆきさんとも…」  「こなちゃん…ゆきちゃんならアメリカに行ったよ?」  まただ…  「…え?」  「聞いてないの?お母さんの都合でアメリカに行く事になって、  ゆきちゃんも留学することになって…」  ゆーちゃんの時と同じだ…  「そんな…急過ぎるよ!じゃあみゆきさんがあの大学受けた後に  急遽決まったってこと!?冗談じゃないよ!」  「こなちゃん、落ち着いて…じゃあ、今日は私達3人で逢おう?  私達がこなちゃんの家に行くよ」  「あぁ、いやぁ、でもそれは悪いよ…」  「いいから、こなちゃんは家で待ってて」  「…うん」  そして、1時間程して玄関でチャイムが鳴った。  私はすぐに玄関へ向かう。  お父さんは居るのに…まるで存在感がない。  ドアを開けると、頭に黄色いカチューシャリボンをつけ、  珍しく黒色のミンクコートを着たつかさが立っていた。  404 :学生さんは名前がない:2008/04/29(火) 21:39:36 0「お邪魔します」  「あれ?…つかさ一人?」  「…うん。やっぱり顔合わせできそうにないって…」  「そっか…そんなの気にする事ないのに…」  「でも、相当ショックだったんだろうね…」  私達は2人で雑談をした。  みゆきさんがどの大学に行ったのか、  他には最近お互いどんな様子か。  …4人いないと何か物足りない。  会話の繋ぎ目に断続的な沈黙が入る。  そして、いつしか話題が無くなって、沈黙が続いた。  「あ、そろそろ帰るね。あんまり遅くなるといけないし」  「あぁ、うん…今日はありがと」  そしてつかさは私の家を後にした。  私はすっかり堕落してしまい、  もはや大学に行っても何になるんだろうと興ざめし始めた。  私の親友が2人私の前から去った。  私は底知れぬ恐怖感に見舞われた。  まさか、このままつかさまで居なくなるんじゃないかって。  不安で仕方なかった。  405 :学生さんは名前がない:2008/04/29(火) 21:40:10 0翌日  目は半開きのまま、食卓へ向かう。  いつもより目覚めが悪い。  私は、食卓に降りてかなり意表をつかれた。  そこには、誰も居なかったのだ。  人間が居ない代わりに置き手紙があった。  『こなたへ  石川のおばあちゃんの具合が悪くなったそうだから  お見舞いに行ってくる  今日の夕方には帰るから  昼ご飯は自分で何か作って食べなさい  お父さん』  今日はお父さんもいないのか…  でも、大丈夫だよね。  夕方には帰るという言葉は、  私にかつてない安堵を与えてくれた。  それまでの辛抱であることを意味する。  しかしそれまで暇である。  そういえば、ゆーちゃんはどうなったんだろう…  電話でもかけてみようかな。  「おかけになった電話番号は、現在使われておりません」  「…え?」  406 :学生さんは名前がない:2008/04/29(火) 21:40:53 0支援  407 :学生さんは名前がない:2008/04/29(火) 21:41:28 0まさか引っ越したのかな…  私はかつてない不安に襲われた。  皆が私から避けてる…?  私は衝動に駆られ、慌ててつかさの携帯に電話をかけた。  「もしもし?」  「つ、つかさ…よかった…よかった…」  「どうしたの?こなちゃん」  「い、いや…何でもないよ…ただ声が聞きたかっただけ」  「あはは、変なこなちゃん」  私はつかさに自分の恐怖を伝えた。  誰かに打ち明ければ少しは落ち着くと思って…  「ふーん…そうなんだ…でもきっと偶然だと思うよ?」  「そんな…だって、4日連続で順番に居なくなるんだもん…」  「…こなちゃんは考え過ぎだよ。あまり気にするのは良くないと思うよ?」  「…うん」  つかさに完全否定されてしまった。  いや、つかさにとっては最大の慰めであったのかもしれない。  偶然  確かに、その単語でこの奇妙な現象は全て一蹴される。  偶然と奇妙は紙一重である。  でも、私は別の言葉が欲しかった。  自分でも何を求めていたのか解らない。  ただ、安心感が欲しくて…  408 :学生さんは名前がない:2008/04/29(火) 21:42:02 0私は布団に仰向けに寝転がった。  夕方になるとお父さんが帰る。  私はそれまで眠ることにした。  昨日、つかさはみゆきさんが  とあるアメリカの有名な大学に行ったと話してくれた。  電話しようと思えば番号も教えてもらったし、電話も出来る。  …でもそれはまたにしよう。  今は眠い。  ただ、私の知らないところで事が進みすぎているような気がする  あれからどれくらい眠ったか解らないが、  外では太陽が西側に半分だけ顔を出しているだけのようだった。  恐らく時計の短針の半回転分は眠っていたのだろう  ふと、一本の電話が入った。  空虚な空間に、呼び出し音が大きく不気味に鳴り響く。  「…もしもし」  「もしもし、泉さんのお宅でしょうか」  「はい、そうですが…」  「こちら金沢市民病院なんですが、  泉そうじろうさんが交通事故に遭いまして…」  「え…」  409 :学生さんは名前がない:2008/04/29(火) 21:42:39 0聞く所によると、お父さんは乗用車と激突し、  一命を取り留めたらしいが、昏睡状態にあるのだという。  私の家から石川は、今から行くには遠すぎるし、  あさってからは大学の入学式なので、  お父さんの安否を聞くだけで終わった。  また私の前から人間が居なくなった。  本当に偶然なのだろうか…  翌日、空は少し曇り空だった。  灰色の空は私の目覚めを更に悪くさせる。  当然ながら食卓に朝食の用意がないため、  買い置きしておいたチョココロネを食べることにした。  暇なので、テレビをつける。  テレビの中でレポーターが何やら叫んでいる。  レポーターの背後には、燃え盛る炎に包まれた建物があり、  消防士が必死に消火活動を続けている。  そういえば、この時間はニュース番組しか放送していないんだっけ。  私はレポーターの台詞に耳をやった。  その瞬間、チョココロネからチョコレートがフローリングの床に  ポタリと垂れ落ちた。  410 :学生さんは名前がない:2008/04/29(火) 21:43:30 0「ただいま、鷲宮神社前に居ますが、かなり燃えています!  火は本日早朝から上がっており、周りの被害も甚大とのことです。  たった今新しい情報が入りました!  柊…つかささん、柊つかささんの遺体が確認されました!  まだ、家の中にあと一人残っている  柊かがみさんの遺体は確認されていません!  今後も遺体が見つかるまで捜索は続きます。繰り返します、只今…」  ガシャン!!  私はテレビをバットで殴った。  レンズが割れ、砂嵐の音しか出さなくなった  スピーカーだけのただの箱となった  私は…とうとう一人になった。  的中して欲しくなかった予感が的中してしまった。  私はみゆきさんに電話をかける。  このことを…伝えないと…  多分みゆきさんはアメリカの大学だ。  「もしもし、あ、英語じゃなきゃだめか…えーと、Is Takara Miyuki there?」  「No…I don't know…I have never heard about her.」  私は電話を切った。  みゆきさんがまるで学校に在籍していないような言い方だった。  先生はみゆきさんの名前を聞いたことが無いという。  そんなことがあるはずがない。  じゃあ、何で私の前から姿を消したのか?  つかさがアメリカへ行ったというのが…嘘?  いや、つかさが嘘をつくはずがない…  411 :学生さんは名前がない:2008/04/29(火) 21:44:07 0もう訳が解らない…  私はすぐに石川へ行くことにした。  電車賃は何とか足りるだろう…  一刻も早くお父さんの存在を確認したい。  その一心だった。  6時間かけて、私は金沢市民病院へ向かった。  大学の合否よりも期待と不安が募った。  私は電車の中で手を合わせていた。  受付に飛び込み、お父さんの病室を訊ねる。  「あの、お父さん、泉そうじろうの病室は…」  受付の人はパソコンに向かって調べ始める。  「そのような名前の方はいらっしゃいませんね…  入院の履歴にもありませんよ」  「そ、そんな馬鹿な!昨日電話したじゃないですか家に!  交通事故に遭って、ここに入院してるって!」  「…すみませんが、何かの勘違いではないでしょうか」  ここまで言われるともう引き下がるしかない。  「…そうですか…すみません」  私の前から姿を消しただけじゃなくて、存在まで消えてる…  もう、何も解らない…  偶然かどうか何かはもうどうでもいい。  ただ、この現実は私のセンチメンタルな心に深手を負わされた。  私は病院を出た。  412 :学生さんは名前がない:2008/04/29(火) 21:44:35 0ふと、黒い車からサングラスをかけた黒服の男が私の前にやってきた。  背丈は私よりも遥かに高い。  「泉こなたさん、お待ちしていました。どうぞ」  「何故私の名前を?」  「とりあえず車にお乗りください」  私は随分車に揺られ、何処かも解らない建物の前にたどり着いた。  周りに高い建物が見えたのを見ると、関東に戻ってきたのだろうか。  しかし、この建物はその周りにある立派な鉄骨のビルとは裏腹に、  脆そうなプレハブ住宅の風情を感じさせる。  不思議とこの男に対する不信感がなかったのが逆に恐怖だった。  それほどショックが大きかったのだろう。  ビルに入り、階段を登って上の階へ行くと、会議室のような部屋に着いた。  壁も床も白く、改装間もないような室内だ。  遠近感がなくなって、若干気持ち悪い。  しかし、プレハブの予想は当たっていたらしく、歩くと地面が響く。  「お疲れ様です。どうぞ、おかけ下さい」  部屋には10以上の椅子が並んでいる円形テーブルだと言うのに、  二人だけで座るのは妙に殺風景であった。  ようやく少しずつ不信感が沸いてくる。  会議室脇の何やら白いA4の紙を取り出して私の隣に座った。  「さて、あなたをここにお呼び出ししたのは当社の人間レンタルの  契約完了のサインを頂くためなんですね。  期間は大学入学式まで、ということですので」  413 :学生さんは名前がない:2008/04/29(火) 21:45:24 0「ちょっと…訳が解らないんですが…」  「あぁ、そうですか。まず、これをご覧下さい」  男は私に一枚の写真を見せた。  その中にはかなたお母さんと、見知らぬ男が立っていた。  お父さんではない。  私のお父さんと似ず、律儀で紳士的なイメージを感じさせる。  「それが、あなたの本当の両親です」  私は固唾を呑んだ。  「え…嘘…じ、じゃあ…泉そうじろうは…?こんなのお父さんじゃないですよ!」  「落ち着いて下さい。あなたのお母さん、泉かなたさんは、  あなたが生まれたすぐ後、  自分の身体が弱いという事で当社の人間レンタルを契約しました。  実はあなたの実の父は、既に自殺していました。  授かり婚だったんですよ。  かなたさんのお腹に娘を残したままで。  彼女は将来のためにあなたのお友達もレンタルしましたので、資金が一杯一杯でした。  だから母親まではレンタル出来なかったのです。  つまり、泉そうじろうさんを含め、柊さん、小早川さん、高良さん他は  全員我が社の派遣社員です」  一気に沸騰していた頭が真っ白になった。  「全てこの会社の設定だったってことですか?」  「そうです」  「私の人生が?」  「そうです」  414 :学生さんは名前がない:2008/04/29(火) 21:46:38 0バットがあったらこの男を殴り殺したい衝動に駆られた。  しかし、そんな癇癪を起こした所でどうにもならない。  いくら足掻いても、  本当の家族でも、本当の友達でもないんだから…  でも、私にはそれが信じられなかった。  家族、友達としか思えないような思い出が  次々に脳裏を過ぎり、口から出てくる。  「冗談じゃないよ…だ、だって、  私が小さい頃川に落ちたときに助けてくれたのは、お父さんなんだよ!?」  「…」  「ゆたかちゃんも小さくて病気がちだったけど、私と沢山遊んでくれたよ!」  「…」  「つかさもかがみんも、高3の時、  私が虐められそうになった時に必死に助けてくれたんだよ!?」  「…」  「みゆきさんも私に一杯勉強教えてくれたよ!!」  「…」  「みんなで一緒に修学旅行にも行ったし、コミケにも行ったよ!!」  私は必死に男に訴えた。  お父さんは、私のお父さん  友達は、私の友達  レンタルだなんて…そんなの信じられるはずがない  そんな現実を受け入れられるはずがない  私はテーブルを叩きつけながらも、  呆れ半分怒り半分が頭の中で交錯しながら煩悶していた。  冷や汗が頬を濡らし、背中を寒気がぞわりと伝う。  415 :学生さんは名前がない:2008/04/29(火) 21:47:52 0この男は嘘をついてるんじゃないだろうか…  「嘘に決まってるよこんなの!」  「嘘じゃないですよ。現に、あなたの家族も友達も居なくなってるでしょう?」  そうである。  ここ数日、私の家族や友達が存在ごと消えているのは、  契約が切れたから…  しかし、いかんせん家族、友達ではないから、私から簡単に離れられた…?  感情もないままに。  ただのレンタルビデオのように。  「…さて、ここにサインをお願いします」  「そんな…う、うわああああああん!!」  私は机に突っ伏して泣き叫んだ。  最早この現実を受け止めるしか、手段はなかった。  そして私は、契約完了のサインをした。  もう、生きていても誰もいない。  家族も友達もいない。  今まで付き合ってきた友達は全員レンタルで、ましてや家族までもが  レンタルだったなんて…  あの男の侘びなのか慈悲なのか、私は車で埼玉まで送ってもらった。  生きる気力を完全に失った私は、風が吹くビルの屋上にいた。  私は、柵に足をかける。  416 :学生さんは名前がない:2008/04/29(火) 21:48:46 0「こなた」  誰かが私の名を呼んだ。  咄嗟に私は振り向く。  そこには、かがみんが立っていた。  いつものツインテール、そして釣り目が私を優しく見つめていた。  毛皮のコートが風に靡いている容姿は、少しだけグラマラスに見えた。  でも、私には疑問を隠せなかった。  「え…今日、契約完了のサインしたよ?」  「そう」  あっさり流された。  かがみんは笑顔で一蹴した。  疑問に思うまでも無い。  かがみんが目の前に今居るのだ。  「それより、もうこんなに暗いけど、何処か遊びに行きましょ?」  「…うん!」  私は決壊寸前の目頭ダムをせき止め、頷いた。  私達は、暫くの間あてもなく埼玉の桜の並木道を歩いた。  並木道には、所々に街灯がともっているだけで、  辺りには誰も居ない。  あまりの静けさに戦慄さえ感じる。  大して寒くもないのに、私の手は小刻みに震えていた。  417 :学生さんは名前がない:2008/04/29(火) 21:50:02 0「こなた、あんた何処行くつもりよ」  「さあ…何処に行こうかな。このままかがみんと居られたら  それでもいいかもね、私は」  「え!?それは…ちょっと恥ずかしいわよ」  「でも良かったよ。元気なかがみんが見られて」  「うん。くよくよしてても仕方ないのよね。やっぱり思い切って、  新しいスタートを切ろうと思ったの」  「そっか。かがみんは偉いねぇ」  私はかがみんの頭を撫でる。  かがみんは白い顔を真っ赤にする。  「ちょっ…やめなさいよ!照れるじゃないの」  大学になってもツンデレは変わらない。  ただ、かがみんと離れることが一番怖かった。  それだけだった。  もし独りになったら、私も新しいスタートを切ろう。  そう胸に誓った。  突然涙が込み上げる。  私は、かがみんに抱き着いた。  「離れたくない…離れたくないよう…かがみん…」  「こなた…私も…」  その時、強い風が吹き、桜の吹雪が舞い降りて来た。  所々に立っている街灯の明かりが、一つ一つの桜の舞いをキラリと光らせ、  スポットライトのように桜色を際立たせる。  その桜は時に私の頬を掠め、時にかがみんの頬を掠め、アスファルトの並木道に  模様を描いてゆく。  その桜は私達を励ましてくれているようで  二人の別れを暗示しているかのようで  418 :学生さんは名前がない:2008/04/29(火) 21:51:25 0このまま時間が止まればいいのにと何度思ったことだろう  「綺麗…」  私は思わず声を漏らした。  「本当ね」  かがみんも小さく囁いた。  「かがみん…ずっと一緒だよ…」  「…うん」  私達はいっそう強く抱きしめあった。  その時、どこからか12時を告げる鐘の音が聞こえてきた。  かがみんは、冷めた声を漏らす。  「…終わった」  かがみんは、するりと私から離れる。  さっきまでの友情関係は、夢だったのだろうか。  「バイバイ、かがみん…今までありがとう!」  かがみんは私に背中を向け、無言で歩き出した。  私は、ただただその場に佇立していた。  もう、かがみんは私のことをこなたと呼んでくれない  もう、友達として遭えない。  あれが最後だった。  だがその時、かがみんは背中を向け遠のきながらも、私に小さく手を振ってくれた  419 :学生さんは名前がない:2008/04/29(火) 21:53:37 0かがみん…  私は思わず涙を流した。  かがみんは、最後の最後まで私の友達であってくれたのだ。  かがみんは、どんどん遠ざかってゆく。  私は、かがみんには見えていないのにも構わずいつまでも手を振り続けた。  私はかがみんが完全に見えなくなって、ようやく手を振るのをやめた。  ようやく全てが終わったのだ。  私は再びビルの屋上へ上り、柵に足をかける。  念のために振り返るが、今度は誰も来なかった。  理不尽なマラソンコースのゴールは目前である。  その時強風が吹き、私の身体は宙に舞った。  私は、号音迫る新しい人生のスタートラインに立っている。  そして新しい人生への号音が鳴り響く。  私を幽閉していた鉄格子は今、解き放たれた。  私はゴールのないマラソンコースのランナーの一人として走り始めた。  (終)