マイミク奥さん のしあかず作品w
本人達意外にはあまり知られていないことだが、大江和那はいつも3人前の弁当を手作りして登校している。
具体的な彼女のスケジュールは、朝4時に起床し、1時間半の鍛錬の後、1時間近い時間をかけて弁当を作っている。
浮いた話がある訳では無く、神条紫杏に命じられ、浜野朱里と3人で食事をとる様にしているからである。
一見して料理を作れるようには見えない彼女だが、実家にいた頃には常に家事は率先して行っていたのだ。
黙って尽くしている内は家に置いておいてくれるだろうと考えていたから。
腫れものを落とすように高校は完全寮生の物を進められたので、和那はそれを喜んで受けることにした。
だけれども、習慣として身に付いた毎朝の鍛錬と家事全般を、和那は苦と思う事は無い。
それが神条紫杏が遠慮なく和那に弁当を頼む理由である。
が、それは完璧な理由では無い。
「なるほど、毎日鞄が膨らんでるわけだ」
「うん、言うてなかったけど料理は割と得意」
休み時間、別館。
2年時の和那のクラスからなら通路一本を挟んだだけであり、誰に気付かれる事も無く移動することはたやすい。
窓際の壁へと背を預ける和那の直ぐ傍の机、天月五十鈴は腰をおろして和那へと体を向けていた。
「天月さんは料理するの?」
「あぁ、毎日自分で作っているよ」
昼休み教室に入ればわかることだが、和那は昼休みは直ぐに自治会室へと向かってしまう。
昼の初めから30分の間は、紫杏と朱里と和那以外は誰も立ち寄らないので、人目を気にせずに済むのだ。
「和那さえよければ作るけど」
「わ、ほんまに?」
2人きりの時だけ名で呼び会う、1人でも他者が入れば関わることは決してない、それが2人の関係。
五十鈴は気にしないが、どうしても和那が拒むのだ。紫杏の様に力がある訳でもなく、只でさえ孤立している五十鈴を、自分と関わることでさらに孤立させることだけは嫌だったから。
「なんやかんや誰かに作ってもらった事って無いからめっちゃ嬉しいかも」
「お昼は何時もいないが大丈夫か?」
「流石に大丈夫やと思うで、ってか紫杏がそこまでする理由もないやろ」
「ふふっ、どうだろうな、和那を独り占めしたいんじゃないか?」
「あははっ、そらないわ」
いや、ある、断言してもいい。
「なら明日、作ってくるよ」
「マジか、じゃああたしも天月さんの分作ってくる」
現に自分がそうなのだ、戻ることすら惜しい、この時間をもっと長く共有したい。
だけどもそう伝えてしまっては、繊細な和那がどう動くかわからなかった。
「…そろそろ戻ろうか」
「うん、そやね」
先に和那が部屋を出る、部屋を出る瞬間、微笑みながら掌を見せて。
五十鈴も頬笑みで返し、直ぐに2人の空気の余韻に浸る。
五十鈴が和那と初めて出会ったのは、海岸での事だった。
いつも自分のいる場所に、巨躯を撓らせ舞っていたのだ。
教室で日蔭を好み、誰とも交流を取ろうとしない少女の一面に、強く惹かれたのだ。
「なぁ紫杏、明日はよそで飯食っていいか?」
「突然だな、どうした?」
五十鈴と食べるなんて言えず、ましてや自分が外を好むなんて言えず、ちょっとなという曖昧な言葉で誤魔化そうとした。
「勿論許可しないことが前提で聞いているが」
だけど、それすら許されず和那は驚きの後に暗い表情を見せた。
紫杏が断言した以上それが曲がることが無い事は知っているからだ。
「…えっと…ちょっとなんて理由じゃあかんよね」
「勿論だ、さぁ今日も頂くぞ」
悪げも無く紫杏は微笑んで、和那に弁当をせがんだ。
和那に何があったかは見当がついた、恐らくは芳槻奈桜か天月五十鈴のどちらかだろう。
あいつらはあたしの和那に近づきすぎている。
「で、何があったのよ」
話を直ぐに終わらせようとする紫杏の意思に反するように、朱里が和那にそう訪ねた。
驚きに紫杏が朱里へと顔を向ける、今まで一度として自分の意を組まず行動したことが無かっただけに驚きが大きかった。
「いや、まぁ、ちょっと…」
「いいじゃない一日ぐらい、ねぇ、紫杏」
これは珍しい事もあるものだと、ここで和那も気付いた。
朱里が自分のフォローをしてくれている。
「ちょっと次第だ」
「まぁ当然の要求よね」
紫杏としても朱里の意図が読み切れなかった。
だからもう少しだけ泳がしてみる、圧倒的優位に立っているのは自分なのだから、和那の主導権は揺るがないと信じている。
「それぐらいは答えてもらわないと」
後で調べれば直ぐにわかる事だろうと言わないのは、目の前に和那がいるから。
あくまで見えない糸で縛らなければ意味が無いのだ、それが紫杏が持つ恋愛の価値観であり、最大の譲歩なのだ。
和那は背中を朱里に押してもらえたことで、言ってみるのもいいかもしれないと思った。この2人なら嫌がらせを五十鈴にしたりはしないだろうと。
「いす…」
「椅子?」
五十鈴と言いかけた口を咄嗟に止めた。
「…椅子がやっぱちっこいねん」
「面白い理由だ、さぁ飯にしよう」
「ほんまにごめん、嘘や嘘、あ、天月さんに一緒に飯食べんかって誘われたのよ」
言ってみて、やはりと言うか紫杏は表情も何も崩さなかった。
少しでも機嫌がとれればと言葉と一緒に差し出した弁当箱を手にした紫杏は、冷静に包みをほどいていく。
「ふむ、ここよりそっちが良いと」
「いや、そういうことやなくて、た、たまにはと」
「ははは、たまにはじゃなくて、初めてだろう」
言われて見ればその通りだった。
「じゃあ初めて記念ってことで」
「ならば私も初めてで返そう、お前の弁当を明日は私が作ってきてやろう」
思わず和那は朱里の分の弁当を落とした。
瞬間、朱里の弁当へと伸ばしていた腕は、和那の分の弁当へと矛先を変えた。
「うむ、これならばカズも納得してこちらに来るだろう、さぁ頂くぞ」
「え、いや、ちょっ、あの」
あまりに動揺して、和那はこれ以上何も話せなかった。
何を言っても紫杏は作るだろう、それに朱里も今度は背中を押してくれようとはしない。
「楽しみにしておくといい」
「な、何でそんなに天月さんの所に行かせたくないの?」
正直な気持ちをぶつけてみた。
「五十鈴って呼ばなくていいのか?」
意地悪。
和那と朱里は同じ事を思ったが、考え方は全く違っていた。
自分が嫌いなのかと思った和那に対して、朱里はどんだけ和那の事が好きなのだと考える。
求められた人格で無く、素の人格が出始めているぞと、直ぐにでも言おうかと思ったが朱里は現状を楽しんでいた。
「さて、では頑張るとするか」
「経験無いの?」
「あるが家庭科の時間程度だ」
これは期待できないと思ったが、逆にそれが楽しみだとも思えるだろう。
どうやら誰からも料理の出来る紫杏は望まれていないと本人は認識していたようだ。
「まぁ私も自信が無いわけではないな」
「…な、なぁ、紫杏」
最後の勇気を振り絞って言おうとした拒絶の言葉、出来れば五十鈴の方に程度のものだったが。
「楽しみにしていろ」
そんな無邪気な笑顔を見せられては、それすら言う事は出来なかった。
何も否定できずに追い込まれていってしまうとは哀れなものだと朱里は微笑む。
「この揚げ物は美味いな」
「う、うん…そらぁ…昨日の晩から揚げとるし…」
思わずその揚げ物を食べようとしていた朱里の箸から揚げ物が落ちた。
いい感じにパニックを起こしてるカズに話しかけると面白いと紫杏は思って、大笑いして見せた。
望まれたわけでもない事をすると思うと楽しみで仕方が無かったのだ、それで和那が喜んでくれたらと想像すると、本当の自分が笑っている気がした。
どうやら本当の自分なんてものは上手くコントロールできないらしい。
「まぁだからこそ面白いんだがな」
「確かに面白いわね…」
そんな訳で放課後。
五十鈴は真っ直ぐ部活へ向かおうとしていたが、和那が自分の服の裾を一瞬引っ張った。
何時もの場所での合図、放課後になんて初めてだったから、五十鈴は思わずその場でこくりと首を頷けて返事を返してしまった。
と言うわけで再び別館。
「…ふむ、つまりは明日一緒にご飯は出来ないと」
「うん、ほんまにすまん…」
楽しみにしてくれていたのなら申し訳なかったと、五十鈴に嫌われてしまうかもしれないと、和那はうつむいていた。
ゆっくり近づいて来る五十鈴に、和那は怯えた。
「和那はどうしたい?」
「ど、どうしたいって…紫杏の場所に行くしか無い…から」
中々に自分の言いたいことが上手く伝わらない、伝わらないから五十鈴は何時もの距離を詰めた。
壁際にいる和那と3席ほど離れた机、何時もの距離から立ち上がって和那のいる壁際へと向かい肩を合わせる。
俯く和那と目があって、和那に背中を向けられた。
出来れば向き合ってほしかった、何時もの時間より長く、お昼を一緒にしながら。
「私は…作る体制に入ってたよ」
「あ…ご…ごめん」
友人を作ることに慣れてない、好かれることに慣れてない、そして嫌われる事を知りすぎていて些細なことでそれに怯える。
和那はそう言う子なんだと思って、五十鈴はずっと接してきた。
だから歩み寄らなかったし、壁際と机の距離感を互いに好んでいた。
「一応作ってくるよ」
「で…でも…」
「明日になれば神条さんの気も変わるかもしれないだろう?」
「無いと思うから…」
五十鈴が動いたのは、紫杏に対する敵対心が理由だった。
「交換だけでもいい」
「…あ…うん、それなら…」
救いの手に見えたのか、和那はその言葉が嬉しくて振り返った。
そして驚きに顔を赤く染めて固まる、何時もの距離より間近で見る五十鈴の笑顔があまりに綺麗だと感じたから。
五十鈴はそっと背伸びをして、和那に抱きついてみた。
「え…な…なん…!?」
「うん、やっぱり大きいな、和那は」
「い、五十鈴、ちょ…どした…の…?」
口も上手く回らない和那を可愛いと感じたのと同じぐらいに、思わずこれ以上に感情を出したくなる。
好きだと伝えられたら、いや、結局はそんな勇気は無い。
「いや、何でも無いさ…じゃあ、最悪は交換だけでも」
「え…あ…いや…ちょっ…」
真っ赤になって口を動かしてはいるものの、何も言葉の出ないカズを置いて、五十鈴は部屋を出た。
今までに見せた事も無い笑顔を置かれて言っても、取り残された自分はどうすればいいかよくわからなかった。
「えぇぇぇぇ…」
ただ情けない声を出して、和那は腰を抜かした。
と言うわけで翌日。
和那は紫杏の分と朱里の分と五十鈴の分とを作り、教室へと向かっていた。
基本的に和那は朝早くに教室にいる、自分が入ってくるとどうしても目線を集めてしまうのが嫌だからだ。
そんな和那だからこそ、大体誰がどんな順番で教室に入ってくるのかはわかる。
五十鈴と紫杏はそんな中でも飛びぬけて速い方だ。
時には自分より速い事もある、あの2人らしいと思うし、人が全くいないなら話すことだってできる。
「おはよう、相変わらず速いな」
「ん、おはよ」
先に教室に来たのは五十鈴だった。
クラスの他にはまだ誰もいない、お弁当を作って来たとは思えない早さだが、自分もそうしているのだから五十鈴に出来ない訳は無い。
「…今日は皆遅いねんな」
「そのようだな…これ、今の内に渡しておくよ」
「うわ、ありがとう」
初めて人から受け取った手作りのお弁当が嬉しくて、和那は中身も分からない風呂敷を両手で掲げて見せる。
五十鈴も肉親を除いて、手作りをするだなんて初めてだったから、和那の笑顔がとても嬉しく思えた。
「あー、五十鈴には敵わんかもしれんけど、あたしのも」
「あぁ、ありがとう」
「あたしこのお弁当めっちゃ大切にするわー」
「驚いた、食べてはくれないのか」
「あはは、五十鈴もそんなこと言う…」
がらっと教室のドアが開いた。
「…あ」
「…楽しそうだな」
誰かが教室に近づけば、何時もなら気配でわかる様なものなのだが、今日にいたっては完全に気を抜いてしまっていた。
最も気まずい相手が次には言ってくるだろうと知っていた、だけど、それだけじゃない、その相手が何故か傷だらけなのだ。
「ど、どしたの…その怪我」
「意地悪した罰でも当たったのかも知れないな」
今の現状を、含めて。
「天月と一緒にいる現場を目撃するのは初めてだな」
「まるで浮気現場に遭遇してしまったような言い方をするね」
「冗談を言う顔付では無いんじゃないか?」
五十鈴は真剣な表情で、皮肉る様に紫杏に言葉を向けていた。
紫杏は和那の前で感情をむき出しにするとは馬鹿めとも思った、絶対に和那が戸惑うばかりだと五十鈴も知っているだろうから。
「まぁいいさ…カズ、今日は天月とご飯を食べていいぞ」
「え…な、何で?」
私の前であんな笑顔を見せた事はなかったじゃないか、そう言いたい、だけど言うべきではない。
「私の前であんな笑顔を見せた事はなかったじゃないか!!」
だけど、どうしてもこの気持ちを前にしてしまうと自分が制御できないのだ。
誰かを好くなんて望まないとできない、望んだ上で彼女の最高の人格でありたいと思う。
だけどどうして恋愛はこんなに難しい。
「…し、紫杏」
「何だかドジばっかりだし、傷つけてばっかりだし、お弁当は上手く出来ないし」
和那の視界に映らないように隠してた紫杏の手には、包帯が巻かれていた。
不器用なりに頑張ったのだろう、何でもできる印象と違い、影ながら努力して自分を作り上げてきた少女だ。
そんな少女が恋を前に本音をさらけ出している、自ら望んだ自分の姿を。
五十鈴も和那も、初めて見る紫杏の人間らしさに驚いていた。
「…なぁ、紫杏」
「…何よ」
和那が立ち上がって紫杏に近づく、机の上に五十鈴のお弁当を置いて。
「…ご、ごめんな、五十鈴、あたしやっぱ紫杏と食うわ」
「和那がそう思って動いたのならそれでいいよ」
悔しいと思う、だけど、好きな人が自分から動けるようになるまで成長したのだ。
嫌われる事を知っていても、和那は自分で自らそう動く事が出来たのなら、このお弁当だって無駄にはなって無いと思う。
「…泣くなや紫杏」
「泣いてない」
「…泣いとるやん」
「…なら…止めて見せろ」
そう言って紫杏は和那を見上げる。
キスしろと言うことなのだろう、五十鈴にはそれが直ぐに理解できて、あてつけかとすら思ったが。
「…?」
この電柱女はそんな事を何にも意識していなかった。
「え、えっと…ハンカチ…」
「違う」
「…じゃ、じゃあそんな汚れてないと思うから」
「服で拭くな!!」
さっぱり分からない様子の和那に、涙目の紫杏が思い切って飛びかかる。
「あだっ!!」
突然の事態に、受け止めきれず後方へと倒れ込んだ和那。
当然机や椅子を巻き込み、あちこち強打しているが、この女はその程度では傷一つつかない強靭な肉体をしている。

押し倒され、何もわからぬまま唇を奪われ、ようやく和那は理解した。
「…え…あ…し、紫杏」
「…なんだ」
「…紫杏って…あ、あたしのこと…好き…なの?」
瞬間、紫杏と五十鈴の空気が凍る。
「…待て、私はずっとお前が好きだったぞ」
「そ、そな…え…なんであたしみたいなのを」
「ついでだが私もだ」
「え!?」
「むしろその反応に驚きたい私がいるが」
そもそも、スタートラインにすら立っていなかった事に気づく2人。
思わず顔を見合わせて、笑って見せた。
「天月、お前も今日は一緒に私達とご飯を共にしろ」
「…そうだな、語りたいことが多くある」
「え、え…な、なんでそうなったん?」
どちらが和那を物にするか、これは本当に初めの第一歩。
「「和那が鈍感で可愛いからだ!!」」
廊下
「はーい、ここから先はまだ立ち入り禁止よ」
「え、でもそこ教し…」
生徒意識混濁、即空教室送り。
「せっかく上手くいったんだから」
紫杏に反発して、五十鈴を紫杏にぶつける。
そして紫杏の独壇場だった舞台を一度0に戻すことで。
「私も言わないと絶対伝わらないわね…あの鈍感電柱女」
ライバル他多数、今後の展開にこうご期待。