江戸の町を、大根を売り歩く男がいた。

一生懸命、声をあげて売ろうとするが、
昼過ぎになるのに、まだ1本も売れていない。

家には、女房とと3人の子供が待っている。
貧乏でその日暮らし、これでは生計が成り立たない。

すると、ある武家屋敷から声がかかった。

屋敷の主人らしき侍が、大根屋の男に値段を尋ねる。

「1本、33文でございます」

「高いな。24文にしておけ」

「それだけはご勘弁を…」

すると、侍は

「では、よそう。帰ってくれ」

と、ピシャリと障子を閉めてしまった。

すがるような思いで、家族を養っていかねばならないことを
中に向かって訴えるが、返事はない。

あきらめて帰ろうとしたとき、目の前の小さなタライが目に入った。
珍しい金属製のタライである。

「これを売ったら……」

男は起こしてはならない心がむらむらとわきあがり、
あたりを見回し、すばやく大根の下へ隠した。

急いで立ち去ろうとしたとき、

「これ、大根屋」

と呼び止める声がする。さっきの侍であった。

「その大根を、皆、買ってやろう。ここへ並べてくれ」

カゴから大根を出せば、タライを盗んだことがばれてしまう。
しかし、今さらタライを元へ戻すこともできない。

大根を売らないとも言えない。
逃げることもできない。

「きさま、何を慌てている!
 まず盗んだタライを出して、大根を数えるんだ!」

「アッ……、ど、どうか、お許しください!
 ほんの出来心で盗んでしまいました。
 命だけは、どうか命だけは、お助けください……」

震えながら、地面に頭をすりつけ、男は詫びた。

侍は、

「大根を数えてみよ、と言っているのだ」

と催促する。

男は、カゴから大根を出した。23本あった。

「おまえが最初に言った値段で買おう。
 それに、このタライもつけてやる」

「え…?」

男は、驚いた。

「いくら貧しいとはいえ、他人の物を盗むとは、
 おまえの性根は、よほど汚れているらしい。
 タライは手足を洗う道具だが、使い方によっては、
 心を洗う方法もあるだろう。
 このタライを持ち帰り、心のあかを洗い落とすがよい」

侍は、こう言い終えると、障子を閉めて中へ入ってしまった。

タライと銭を受け取った男は、呆然とした足取りで家に帰ってきた。
女房が、すぐ異変に気づいて尋ねる。

事の顛末を語るうちに、男は恥ずかしくなった。

「おれは間違っていた。どんなに苦しくても、
 自分の心に恥じる行為をしてはならない」

その後、夫婦で力を合わせ、人一倍、働いた。
その努力が実り、3年めには、立派な八百屋を開くことができた。

男は、タライを与えてくれた侍を訪ね、お礼を伝えた。

思いがけない再会を喜んだ侍は、

「おまえのように、自分の過ちを認め、改めようとする姿は、実に立派だ。
 その心さえあれば、誰でも、やり直すことができるのだよ」

と励まし、屋敷の出入りの商人に加えたという。


要約ですが、このような話が、
『思いやりのこころ』という本に紹介されていました。


人間、誰でも過ちを犯すことはありますが、
心から反省をし、努力するチャンスを与えられれば、
必ず生まれ変わる、ということを教えられる話です。


兵庫県で、消防士が交通死亡事故を起こし、有罪判決を受けたが、
遺族から嘆願書が提出され、停職6ヶ月の処分となったという
ニュースがありました。

消防士の誠実な態度と深い反省が遺族に伝わり、

「仕事を続け一人でも多くの命を救うことで罪を償ってほしい。
 母もそう望んでいる」

と、遺族が処分の変更を求めたとのことでした。

ニュースではものの数分で終わってしまう内容でも、
事故を起こしたのが昨年の11月でしたから、当事者にとっては、
長い7ヶ月だったと思います。

「ココロ」とは「コロコロ」からできた言葉とはよく言ったもので、
昨今の政治の状況に、人の心の変わりゆく様を見せつけられた思いでしたが、
自分に目を向ければ、「よし、今度こそは」と決意しても、
3日経てば、その決意も思い出すのもやっとの有様。

だからこそ、深い反省と、誠意の言動を続けることは、
なかなか出来がたいことと思うのです。

26歳の消防士ということでしたが、これから、という年齢です。
遺族の方々の願いを受け、職務を全うされること、
仏縁と共に念じたいと思います。


◆ ひとりごと ◆


「反省」とは、仏教で善い行いとして教えられます。

善いことはなかなかでき難いものですが、
反省もまた、難しいものです。

どんな悪い結果であっても、
自分の受けた結果は、すべて自分の蒔いた種、
と素直に受け入れることは、本当に難しいです。

しかし、少しでも他人のせいにする心があると、
なかなか反省は出来ません。

他人のせいにしている心があると、
自分を反省しませんから、自分が変わりません。

悪い種を同じように蒔いて、
また同じ失敗を繰り返すことになります。

「蒔かぬ種は生えぬ。
 刈り取らねばならぬ一切のものは、
 自分の蒔いたものばかり」

自戒して、光に向かって進ませて頂きたいと思います。

明日から2日間、年に一度の親鸞聖人降誕会です。


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