( ↑ 今日の夕方、仕事場の窓から見た景色です。 秋の気配を感じさせる心地よい風が吹いていました)
「私の生きる意味は何でしょうか」
という悩みには、いろいろな答えがなされます。
「自分の能力を発揮することが、人生の意味ですよ」
「社会に貢献するために、生きているのです」
「生きる意味を探すのが、生きる意味です」
「今まで生きてきたことは、立派なことです。
あなたは、生きているだけで、意味があるんですよ」
「あなたが"これだ"と選んだことが、あなたの生きる意味です。
大事なのは選択です」
その他、もっともらしい解答は、幾つもあります。
聞いた時は、感動したり、いやされたりするかもしれません。
しかしそれらはすべて、時間がたつと、
「でも本当に、こんなことをやっていて、意味があるのだろうか」
という疑問が生じて、スタート地点に逆戻りです。
根拠のないアドバイスだったからです。
「生きる意味は何か」という問いは、
「あなたが生きる意味は○○です」と答えを聞いて、
「何だ、そうだったのか」と解決する問題ではないのです。
本当の幸福に生かされて、「人間に生まれたのは、このためであったのか!」と、
生命の大歓喜を味わった時、それまで胸にふさがっていた、
「生きることに意味などあるのか」という暗い心が吹き飛びます。
同時に「この幸せになるための人生だったのか」と、
生きる意味も目的もハッキリしますから、
もはや「生きる意味なんてあるのだろうか」と問う必要がなくなり、
「問い」そのものがなくなってしまうのです。
(『男のために自分探し 』伊藤健太郎 著 より)
・・・・・・・・・・
これまで、「生きる意味」について、いろいろな角度から論じてきました。
もちろん、まだまだ検証していないことは、たくさんあるんですが、
最後に、また別の観点から考えてみたいと思います。
冒頭で引用した本の別のところに、次のようなくだりがあります。
・・・・・・・・・・
どんな人生が、意味のある人生か。
ウィトゲンシュタイン(20世紀のオーストリアの哲学者)は、
「意味のある人生」とは「幸福な人生」だと言います。
そう聞くと、「不幸な人は、生きる価値がないのか」と反発されるかもしれませんが、
もちろんそれは誤解です。
ウィトゲンシュタインが言いたかったのは、
人生に大満足している幸せな人だけが、
「私の人生は意味がある」と実感できる、ということです。
(『男のために自分探し 』伊藤健太郎 著 より)
・・・・・・・・・・
どんな人も、幸福を求めて生きています。
不幸を求めて生きている人はありません。
ですから、生きる目的は何かと問われれば、
一応は「幸福になるため」と答えることが出来ます。
幸福を感じるとき、人は、喜びにあふれ、生きる意味を感じます。
ならば、その人その人が「幸福」と思うものを求めたらいいじゃはないか。
何も難しいことを考える必要などないじゃないか。
そんな声が聞こえてきそうですが、それで問題ないなら、
私も、こんなことを取り上げたりしません。
何日にもわたって記事を書く必要もありません。
「人それぞれ、幸せと思うものを求めたらいい」
その1行で終わっていいんです。
じゃあ、何でまた、くどいほど問題にするのか?
大雑把な言い方ですが、日本という国ほど、
「その人その人が、幸せと思うものを求めて、
手に入れることの出来る国はないから」
です。
世界を眺めれば、毎日の生活さえままならないところが、どれだけあるでしょう?
世界の年間の餓死者数は約1500万人と言われます。
1日に約4万人が、飢餓のために亡くなっている計算です。
誰もが幸せを欲している中で、
望んだものを努力すれば手に入れられる環境に生きている人は
どれだけあるでしょう?
いくら不況とはいえ、日本は、努力次第で
充分に夢を実現できる国と言えるでしょう。
でも、そんな国が、なぜ“自殺大国”なのか?
年間3万人を超える自殺者数を出す日本社会は、何が問題なのか?
戦後の荒廃した状態から、懸命の努力で建て直し、
経済大国とまで言われるようになりました。
「求めているものが手に入る可能性を多くの人が持っている社会」
日本は、本当にすごい社会だと思います。
なのに、個人の幸福感が乏しいと評される日本人。
次回から、「幸福」をテーマに、いろいろ書いてみたいと思います。
■┓徒然なる ●┓
┗● ひとり言┗■
予告どおり、私事ですが、マイカーにトラブル発生。
以前、調子が悪いということで、チェックに出した後、
戻ってきてからは、とりあえず走ってました。
ただ、どうも、音が何か変。
いくら安物のポンコツでも、エンジン音ってこんな音?
私のよりも型が古そうな車でも、そんな音はしてない。
うーむ……。
で、最近になって、やっぱり音がおかしくなってきたんです。
あれあれ?
でも、走るには走るんですよね。
ところが、一昨日、出勤途中、明らかに音がおかしい……。
シートの下から、何か変な音がするし。
翌日は、福野ヘリオスでの勉強会 だからなぁ……。
修理に出すかなぁ……。
そう思いつつ、運転をし、交差点で信号待ちをしていたら、
何とエンジンが停止。
「え?」
表示を見ると、バッテリー切れのランプがついている。
「ええ?」
しかも、微妙に何かが焼けたようなコゲくさい臭い。
「これは、マズイな……」
まぁ、とにかく、こんな道路の真ん中で止まっていたら大変だからと、
もう一度、エンジンをかけると、
(これはちょっと危険な判断でした)
「お、かかった、かかった」
幸いにも、購入した店まで、あと200メートルくらいの位置にいたので、
そのまま走らせることに。
朝7時過ぎで、店が開いてるわけもないけど、
とりあえず、車をそこに置き、後で社長さんに知らせることにして、
徒歩で仕事場に向かいました。
徒歩と言っても、そこから20分もかからない場所なので、良かったです。
店が開く頃に電話をし、状況を説明。
明日の勉強会のこともあったので、事情を告げると、
何とかその日中に修理をしてくれるとのことでした。
さて、原因は?
夕方、連絡をもらい、「修理完了」ということで、車を受け取りに行きました。
すると、バッテリーには異常なし。良好な状態でした。
では、何が悪かったのか?
エンジンのベルトを引っ掛ける
プーリーというベアリングで回る滑車のようなもの。
これがロック気味になっていたため、
ベルトが回らず、それで焼けたような臭いがした、ということ。
なので、プーリーも、ベルトも交換。
修理代はかかったけれど、
まぁ、事故とかに比べたら、はるかに安い値段で済んだわけで。
いざ、愛車に乗ってみると、
「おおー!!」
ぜんぜん違う!
買った当初から気になっていた音が、ほぼ無音に。
めっちゃ走りが良くなりました。
「なんだよー、結局、ここに原因があったんじゃないかぁ」
お店屋さん、ちょっとぐらい値段が上がってもいいから、
最初からこの状態で売ってほしかった……。
というわけで、気になっていた問題は解消。
すばらしい走りをみせる、我が愛車です(溺愛??)。
車は、「音」と「臭い」で異常を
敏感にキャッチしないとダメだな、とつくづく思いました。
「何か変だな」と思ったら、即チェック。
いい勉強になりました。
さて、最後に、最近、やっぱり名曲だなぁ、とつくづく感じた曲を紹介しましょう。
名曲だし、歌手の声もまたすばらしい。
心から感動できます。
小学5年生の時だったと記憶していますが、
クラスのみんなで歌った思い出もあります。
銀河鉄道999、佐々木功さんが歌ってます。
声、しびれます。
汽車は闇をぬけて光の海へ
夢がちらばる無限の夢中さ
星の架け橋わたって行こう
ひとは誰でもしあわせ捜す旅人のようなもの
希望の星にめぐり逢うまで歩きつづけるだろう
きっといつかは君も出会うさ 青い小鳥に……
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