舛添知事に期待すること | 関(仮名)の価値化ブログ

関(仮名)の価値化ブログ

私が日々行っていることを価値化するために努力するブログです。
いろいろなことについて書きます。
記事のテーマを参考にしてご覧ください。

舛添知事に期待すること ブログネタ:舛添知事に期待すること


舛添新都知事に期待することは、優秀な人材をいち早く探し出して適材を適所に配置することでしょうか・・・・・


例えば、

13日の自民党総務会で、集団的自衛権行使を可能にする憲法解釈変更をめぐる安倍晋三首相の国会答弁に批判が相次いだ。
 問題視されたのは12日の衆院予算委員会での発言で、首相は解釈変更について「政府の最高責任者は私だ。政府の答弁について私が責任を持って、その上で選挙で審判を受ける」と強調した。(時事通信)


今の日本の政治システムでは

総理大臣といえども国務大臣の一人にしかすぎません。

閣議決定が全員一致であることからもそれが窺われます。


ですので安倍総理の発言は根本から間違っているのですが、

人間の本質が問われるのは、何も問題が無い時ではなく、問題が起きた時です。



名古屋の鍛冶の倅だった加藤清正という武将がいました。


超が付くほどの苦労人で、何でもできるので熊本に転封され大大名になっても、領内のことを自分一人でやってしまいます。


結局、有能な家臣が育たずに改易や断絶を防ぐこともできず

お家断絶で再就職するのにも苦労したとか・・・・・。



対して毛利輝元


毛利元就の孫で、父・隆元が早逝したことで毛利家当主になり

祖父・毛利元就、伯父・吉川元治、小早川隆景、穂井田元清、毛利元秋、毛利元康

などに支えられ続けた完全なボンボンです。


関ヶ原合戦で敗北し減封されても自身では何もできません。


必然的に優秀な家臣たちが集まったり、成長したり、無能な家臣が排除されていきます。



優秀な家臣がいなかった加藤家は三代で断絶しますが、

優秀な家臣がいた毛利家は幕末まで続きます。


幕末の毛利家(長州藩)はいろいろな戦争を経験しますが、

当時の毛利家当主・毛利敬親は一切表に出ません。


戦場働きは戦場働きを得意とする家臣たちに任せ、自身は藩政改革にまい進します。


歴代の藩主が同じような行いをしたために長州藩の財政は国内最高レベルまで効率化されます。



蛤御門の変の際に長州藩の砲撃や銃撃で身動きが取れなくなった薩摩藩は

「長州藩は金持ちなので、隠れて(相手の弾が尽きるのを)待っても待っても無駄。突撃しましょう。」

と西郷隆盛が檄を飛ばして攻勢を仕掛けたと言われていますが、

それほどの金持ち藩だったわけです。



結局、都知事が表に出なくても有能な部下がいれば最高レベルの効率化は達成できます。

都知事が有能でも部下が無能であればアウトです。


野球やサッカーの監督、政治家、社長などは自分がその職に就くと自分のカラーを出したがりますが、

自分のカラーを出そうとして長続きした人はいません。


部下を如何に使いこなすかが大事です。



ペタしてね 読者登録してね