かつて日本代表としても期待された宮市亮選手が所属してるので、FCザンクトパウリというクラブの名前はサッカーファンならご存知と思います。


一時期ブンデスリーガ1部にも昇格しましたが、現在は2部の中位ぐらいを彷徨ってるハンブルクのクラブです。


ハンブルクにはずっと2部に落ちたことがなかったハンブルガーSVという、高原選手や酒井高徳選手なんかも在籍したクラブがありますが、そちらもとうとう2部に降格してしまったので、街のライバルである両クラブとも不本意なシーズンを送ってることになります。


私がFCザンクトパウリというクラブに興味を持ったのは、1部に昇格した2010-11年です。
この頃は今のユニフォームよりもっとチームカラーの栗色(茶色)が濃いイメージでした。


確かNumberだったか、スポーツ雑誌にもささやかな特集が組まれていて、他にはあまり類を見ない魅力を持つクラブとして鮮明に記憶に残りました。


前回紹介したレイパーバーンという世界的にも悪名高い歓楽街があるザンクト・パウリという地区にあり、サポーターは庶民的かつ熱狂的。
ハンブルガーSVとのダービーマッチは特に激しいことで知られていること。
またチームのトレードマークがスカル(ドクロ)で、チームカラーは茶色(栗色)と白。
何もかもが異色過ぎて、そしてカッコ良く映って単純に惹かれました。
このクラブのサポーターたちを描いた「狂熱のザンクトパウリスタジアム」という映画もあるようです。


海賊さながらにドクロマークのフラッグを翻すスタンドの様子は、どこかパンクでアナーキーな感じ。
しかし調べてみると、このドクロマークや熱狂的なサポーター集団の成り立ちにも複雑な由縁があって、ただのファッションとして捉える事のできない歴史があるようです。


そのあたりの話は殆ど日本では語られてませんし、ドイツの政治的な背景も絡むので、後ほど少しだけ触れますが、詳しくはネットで調べてみるとより興味をそそられると思います。


このスタジアムの雰囲気をどうしても味わってみたくて、今回リバプールサポーター仲間でリバプール在住のO津くんも誘ってハンブルクで合流して、念願のスタジアムツアーに参加しました。




レイパーバーンの東端にあるUバーンのザンクトパウリ駅前の移動遊園地の横を抜けると、歩いて10分足らずでホームスタジアムのミラントア・シュダディオンに着きます。
言ってみれば新宿歌舞伎町から歩いてすぐの場所にあるような感じですね。

行ってみるとスタジアムの周りを取り囲む、何て名前かも分からないいかつい車のバリケードが。





何かのデモがあったようです。
試合がない日なので周りは人も少なく閑散としてます。

これはスタジアム前にあった、おそらくサポーターが集まるバーでしょうか。



このステッカーのベタベタ感、堪りません。
自分のトランクにも、旅先やビレッジバンガードで買い集めたステッカーをベタベタ貼る趣味があるので、個人的にはかなり惹かれます。





オフィシャルショップの横をぐるっと回ったところに改装中で今は見られないミュージアムがあり、そこがツアーの入口のようです。
この日は少人数で私たちも含め4人の客にガイドが1人付いてくれて、英語で説明してくれました。




しかし我々は日本人だと伝えたのに、宮市の話が一つも出ませんでした。
そこそこ活躍してると聞いてたのに、まだまだ存在感が薄いのかなーと心配になりました。


まずは選手のロッカールーム。
ここにもドクロマークが勇ましく描かれています。



そしてビックリなのはピッチへの選手入場通路。
なんちゅう雰囲気!






WELCOME HELL.  ようこそ、地獄へ…。
今からサッカーの試合に臨むというより、悪の巣窟のような地下のナイトクラブに乗り込むような気分。




収容人数はさほど多くないと思われるこのスタジアムの一番の特徴は、メインスタンド以外の前方が立ち見席になっていること。


最もコアなサポーターが陣取るゴール裏スタンドも然りです。
立ち見席の柵には無数のステッカーがべたべたと貼られ、カオスな雰囲気を醸し出しています。



こんな所でゲームを観るとどんな感じなのか、怖いもの見たさに一度体験してみたい気にもなります。






スタンドのバックヤードも、至る所にステッカーと落書き、そしてあらゆるアートがサッカースタジアムとは思えない異様さを増幅させます。
荒んだ街のあまり人が近寄らない高架下のよう。





しかしここまで徹底してスタジアムを自由奔放にデコレートしてると、まるで一つの大きな作品のように思えてきます。


しかしどこか物騒な雰囲気に彩られたこのクラブには、不況により職を失いストライキなどを繰り返してきた労働者や、その不況とエイズの影響で一時廃れかけた歓楽街レイパーバーンの空き家に住みついたスクウォッターと呼ばれる不法占拠者、職にあぶれた夜の街の人々、そしてそれらを支援する左翼の政治的グループ、アーティストやミュージシャン、移民のコミュニティー、同性愛者の権利団体など、オルタネイティブでカルトな左派の人々によって育てられたという背景があります。


実は未だにブンデスリーガの一部クラブに根付いているネオナチや右翼、排外運動、差別主義者を組織の源とした潮流との幾度の戦いを経て、そのアイデンティティを受け継ぐサポーターたちは、いつしかドクロの旗を翻し、欧州のクラブとしてはいち早く人種差別や性差別への抵抗を示した歴史もあるのです。


世界的にも有名な歓楽街がある地域を拠点とするクラブだけに、あらゆる差別や政治的抑圧に反逆し、人種や国、ジェンダー、階層や貧富を超えて許容するグループがそこにあるというのは、表向きの勇ましく荒々しく男臭いイメージだけ見ると想像もつきません。


ガイドがわざわざ立ち止まって説明してくれたアートの一節。
「Football Is Nothing Without Fans.」


また話は戻りますが、スタジアムのメインスタンド上部には各スポンサー企業のVIPルームがあります。
これはどこのクラブも同じですが、このVIPルームがそれぞれの企業の仕様になっていて、個性的で面白い。









中にはレイパーバーンの有名なストリップクラブなどもスポンサーとして加わっていてその部屋にはポールダンスのステージがあったりします。



ポールダンスのステージは最初ピッチを見下ろす窓際にあったそうですが、スタンドから丸見えで悪影響なので部屋の奥に移したそうです。

またウイスキーで有名なジャック・ダニエルもスポンサーになってます。


このマーケティングの観点からも非常に特筆すべき面白さが見て取れます。


また街中のスーベニールショップ、アパレルショップ、雑貨屋さん、至る所にザンクトパウリのドクログッズが販売されていて、まるでハンブルク自体のトレードマークのようです。


そして欧州のクラブではあまり見かけない栗色(茶色)をチームカラーにしたデザインも、カッコ良いです。
スタジアムのオフィシャルショップでも、マフラーやら帽子やらパーカーやステッカーなど、思わず買い漁ってしまいました。


差別や政治への反逆、そして革命を想像させるクラブのアイデンティティを打ち出したブランディングと、あらゆるデザインのアート性と格好良さ、これを基盤とした一風変わったマーケティング。
一緒に行ったO津くんは私なんかより欧州のスタジアムにたくさん足を運んでますが、その彼をしても「こんな面白い凄いスタジアム初めてです!」と感激してました。



もっとこのクラブを深く知りたい、そしていつか一度ここで試合が観てみたい!と思わせる本当に魅力的で面白いFCザンクトパウリでした。



リバプール、アンフィールドに次ぐ、私のお気に入りクラブとスタジアムに番付け浮上です。


いやー恐れ入りました。