林千恵子 稲垣聡 大阪公演 フォーレ 「イヴの歌」 メシアン 「ハラウィ」 ほか | 音と言葉と音楽家  ~クラシック音楽コンサート鑑賞記 in 関西~

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クラシック音楽の鑑賞日記や雑記です。
“たまにしか書かないけど日記”というタイトルでしたが、最近毎日のように書いているので変更しました。
敬愛する音楽評論家ロベルト・シューマン、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー、吉田秀和の著作や翻訳に因んで名付けています。

相愛大学特別演奏会助成公演 “ハラウィ~愛と死の歌~”

 

【日時】
2017年3月6日(月) 19:00 開演

 

【会場】

ザ・フェニックスホール (大阪)

 

【演奏】
林千恵子(メゾソプラノ)

稲垣聡(ピアノ)

 

【プログラム】
ヴァーグナー(リスト編):イゾルデの愛の死(ピアノ独奏版)
フォーレ:イヴの歌 op.95

  1. 楽園

  2. 初めの言葉

  3. 燃える薔薇

  4. 神のなんと輝かしいこと

  5. 白い夜明け

  6. 活ける水

  7. 起きているの 私の太陽の香り

  8. 白き薔薇の薫りのうちで

  9. 黄昏

  10. ああ 死よ 星のかけらよ
メシアン:ハラウィ ~愛と死の歌~

  1. 眠っていた街 お前

  2. おはよう 緑の鳩よ

  3. 山

  4. ドゥンドゥ チル

  5. ピルーチャの恋

  6. 惑星の反復

  7. さらば

  8. シラブル

  9. 階段が復唱する 太陽の仕草

  10. 星の愛鳥

  11. カチカチ 星たち

  12. 暗闇のなかに

 

※アンコール

メシアン:3つの歌 (1930) より 第2曲「ほほ笑み」

 

 

 

 

 

今日は、歌曲のリサイタルに行った。

ただし、1曲目は歌はなく、ピアノ・ソロによるヴァーグナーの「イゾルデの愛の死」。

おそらくは、後半のメイン・プロであるメシアンの「ハラウィ」への布石的なプログラムであろう。

稲垣聡の演奏は、ヴァーグナーらしい濃厚なロマンティシズムを湛え、ルバート(テンポの揺らし)も過不足なく、また力感にも欠けておらず、ダイナミックな名演だった。

なお、曲の最初に、第1幕への前奏曲の冒頭部分が数小節付加されていたのだが、こういったバージョンは初めて聴いた。

また、最も盛り上がる終盤のクライマックス部分では、耳慣れない音階下降音型が付加されていて、こちらもおそらく初めて聴いた。

リスト編との記載があるが、このような版もあるのだろうか。

 

2曲目は、フォーレの「イヴの歌」。

この曲こそは、私にとっては今日のメインの曲である。

フォーレが60歳を過ぎてから書かれた、彼の後期様式の幕開けを高らかに告げる歌曲集。

そして、この曲における書法の深まりが、ほぼ同時期または少し後に書かれた、あの世紀の大作「ペネロープ」へとつながっていくのである。

「ペネロープ」は、あのドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」に比し、後世に与えた影響としては比ぶべくもないけれども、芸術的価値としては決してひけを取らないと思う。

そして、「ペネロープ」を書き上げたフォーレは、その後ヴァイオリン・ソナタ第2番から彼の最後の曲である弦楽四重奏曲に至る、晩年の孤高の室内楽6曲を書くことになる。

あたかも、ベートーヴェンが大作「ミサ・ソレムニス」「交響曲第9番」を書き上げたのち、後期の弦楽四重奏曲5つと大フーガを書いてさらなる深みへと足を進めたのと、ちょうど同じように…。

 

話を、「イヴの歌」に戻す。

これはベルギーの象徴派の詩人シャルル・ヴァン・レルベルグの詩集「イヴの歌」全96篇より、フォーレが任意に選んで作曲した10曲からなる歌曲集だが、1曲1曲がまさに宝石のように美しい。

フォーレの両の掌からこぼれ落ちんばかりの、十粒の宝石―そう言っても、決して言いすぎではないだろう。

林千恵子による歌は、音程が不安定な箇所がしばしばみられたが、フォーレにおいて何よりも大切な「清潔感」が出ていたのが良かった。

ギトギトのヴィブラートで脂ぎったようなフォーレほど、聴くに堪えないものはない。

ピアノの稲垣聡も、私の好みからすると劇的に過ぎる表現がしばしばみられたものの、美しい演奏をしてくれた。

ヴェロニク・ディエッチとフィリップ・カッサールによる名盤をあまりにも愛している私は、色々と贅沢になってしまっているが、それでも生演奏でこの曲を聴いて、その何とも言えない「空気感」に感銘を受けたのだった。

 

休憩を挟んで、3曲目はメシアンの「ハラウィ」。

彼自身により書かれた前衛的な詩に、これまた一聴して彼の作と分かる独自の和声進行をもつ音楽が付けられた歌曲集である(同時期に書かれた「幼子イエスに注ぐ20の眼差し」に非常によく似た和声をもつ)。

「トゥーランガリラ交響曲」、無伴奏混声合唱曲「5つのルシャン」とともに、「トリスタン三部作」と呼ばれており、メシアンには珍しく、神への信仰ではなく、男女の愛の様子が描かれている。

林千恵子による歌は、先ほどのフォーレに比べて少し安定したような印象を受けた(私の曲への思い入れの強さの差にもよるのかもしれないが)。

稲垣聡のピアノも、やはり劇的に過ぎる印象はあったが(個人的にはもっと冷静な演奏が好み)、過不足ないペダルの使い方で、速いパッセージでも明瞭さが保たれており、良かった(彼は20世紀音楽が専門であるらしい)。

第8曲「シラブル」では、「ピァ、ピァ、ピァ」という動物的な、何となく愛らしい擬音語が連続して出てくるのだが、最後にこれがかなりのスピードになっても、2人の息がよく合っていて破綻しないのは、さすがだった。

マーラーのリュッケルト歌曲集の「私は仄かな香りを吸い込んだ」に似たメロディの出てくる第9曲「階段が復唱する 太陽の仕草」では、ピアノの三連音がもう少し繊細に奏されると良かった。

しかし、第10曲「星の愛鳥」や第12曲「暗闇のなかに」では、「幼子イエスに注ぐ20の眼差し」の第11曲「聖母の初聖体」にも通ずるところのある、神秘的で繊細な音楽がよく表現されていた。

 

「イヴの歌」と「ハラウィ」、頻繁に取り上げられるとは言えないこの2つの名作を取り上げてくれた彼らには、感謝したい。

そして、このコンサートを聴いた私は、「ペネロープ」の実演に接したい気持ちが高まってしまった。

「ペレアス」に比べても、格段に難しいだろうけれども…。

 

 


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