心あたたかいメッセやメールをお寄せ頂きまして、本当にありがとうございます。
どのようにお礼を申し上げたらいいのか言葉が浮かびません。
どのようにお返事をしたらよいのか、思い浮かびません。
なので、お返事とお礼の代わりにブログに近況をアップしようと思います。
本当に皆さま、ありがとうございます。
相変わらず 父は まだ来ません。
バーちゃんも友人もその日の内に(バーちゃんに至ってはすぐ直後に
)来たのに、いったいどうしてしまったのでしょう
わたしがわからないだけ??
先ほどごんちゃん(父がお世話になった鍼灸師)のところへご挨拶へ行ってきました。
わたしの顔を見た瞬間、先生は事情を察したようでした。
昨日、一昨日と、父のこと、わたしのことが頭に浮かんで仕方ないので、電話しようと思っていた、とのこと。
あーさすが。
昨日、よっぽど先生の携帯に電話しようかと思っていたので・・・

・・・で、父がまだわたしのところへ来ないのです。
わたしが気が付いていないだけですか?
と聞いたところ・・・。
あ、いや、いないよ。
まだ来ていない。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
あの分だとウチには明日来るな。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
今、あっちこっちへ挨拶に行っているよ。
家族は最後みたいだね。
みやざきさんのところへは最後に来る。
来たら、何かこういうもの(吊るしてあったもの)を揺らしてサインを出すらしいよ。
初七日の前日くらいに来るよ。
ちょっとびっくりした。
あまりにも父の気配を感じないので、ドリームウォークをいつから始めたらいいのか分からず、タロットで聞いたところ、やはり初七日の前日から、だったのだ。
しかも、浦先生のカウンセリングの後、と来た。
ごんちゃんには祖母、友人、父と本当にお世話になった。
本当にごんちゃんは不思議な人で、死に逝く人にとって「ごんちゃん」という存在感は、とても大きいらしい。
祖母と友人の話になった。
おばあさんはすっごくいいところにいるよ。
本当にすごい光の世界にいる。
ああ、ほんとうにすごいね。
(そりゃ、そうだ。 わたしが連れて行ったんだもの
とは 心の中のわたしのセリフ)Tさんはね。 やんちゃでね・・・・。 (
おてんばという意味らしい。でもごんちゃんと同い年なはずだが
)今でも時々交信していて、向こうに渡った人の様子を時々見に行ってもらっているんだよ。
今向こうの世界で思いっきり遊んでいる、という感じだな。
あの分だと、当分はまだ生まれてきそうもないよ。
みやざきさんは、何かそういう役目(見送るということ?)があるらしいね。
はぁ~~~~。
先に逝った人はいいよ。
遺されたわたしは、生きた人の間で大変だよ・・・・・。
・・・・・というのは。
母からその後連絡がない。
通夜、葬式、葬儀場の連絡がない。
・・・・・・・それってどうよ

一応 長女なんですけど。
この後に及んで、叔母にはどうしても会いたくなかったので、「叔母がいない時間に行きたいので、夜中でも構わないので、教えて下さい。お願いします」とメールしたところ。
マンションには帰りません。 今葬儀場に向かっています。 すぐに葬儀になると思います。
とだけの返事。
あの、母のなんともいえない、頑として動かない大きな岩のようなものを感じた。
どうしようか。
パパにフランキンセンスとスリーワイズメンを塗ってあげたいし。
では、葬儀場の場所を教えて下さい、とメールするべきか?
おかしくないか?
ウチはおかしくないか?
長女に葬儀の場所も教えない母親っておかしくないか??
祖母が亡くなってしばらく経った頃、父に会った時に 喫茶店で「ウチの家系は狂っている!! おかしい!!こんなの信じられない!!」 とわぁわぁ 人目をはばからずに泣いたことがある。
母とは血がつながっていない。
父とも実は血がつながっていない。
叔母はもちろん、祖母ともだ。
わたしはわたしを生んだ父母を知らない。
あなたは わたしの孤独を知っていて、そんな態度を取るのか?
あの得体の知れない、頑として動かない頑なな心。
あの頑なな心。
あれが わたしかーーーーーーーー

しょぼしょぼと認めざるを得ない。
祖母が亡くなる前、そして友人が亡くなった時にごんちゃんから何度も聞いた言葉。
「みやざきさんはね・・・。 大きな役目があるからね・・・・」
ついでにハンコ屋さんの言葉も思い出した。
「アンタは大丈夫
」さらについでに浦センセの言葉も思い出した。
「本当に自分のことを知りたかったんですねぇ」
・・・・ここでわたしが顔を出しても、不愉快な思いをさせてしまうだけ。
父からとても信頼されていたのはわたしがよく知っているから、それは胸にしまっておけばいい。
なので、母が葬儀場を知らせてこない、ということをそのまま受け入れることにした。
・・・・夕べ、布団に入ってから。
突然何年も思い浮かばなかったことが浮上してきた。
わたしは、まだ見たことがない 自分の産みの母親を全く許していなかった、ということ。
深く、深く 封印していて、すっかり忘れてたけれど。
封印していたわたしの怒りの大きさが、あの母の頑なさとイコールだ、と言われれば、 はぁ、そうです、それはわたしです、と認めざるを得ないのだ。
父があいさつまわりをしている間に、わたしもわたしのやることをやる

・・・今 浦先生のセミナーの案内を見たら・・・・。
真実の家族 -絆-
目の前に映る家族は、
自分自身の暗号だった!!
その暗号にこそ・・・
真の絆があった!
もう 「やられた~~~
」って感じ
