「この業界のタブーなんだけどねぇ、ヨガ行者って早死にする人が多いんだよ」

某オカルトグループの指導者から、こんな衝撃的な一言を聞いたのは何年くらい前だったでしょうか。


この話を聞いた時は正直まったくピンときませんでした。


何故ならヨガ(ヨーガ)といえば、今や世界的にポピュラーとなった健康法であり、「早死」という言葉とイメージ的に結びつきません。

むしろ逆のイメージがありました。


ある日、面白い本がに出会いました。

藤本憲幸著『超長寿人になる!』という本です。

これには面白い話が多数載っているので、この本を中核としていくつか話を紹介します。



藤本憲幸氏は年齢が600歳とも1800歳ともいう伝説のヨガの聖者ババジ(25歳そこそこの青年の姿をしているという)に憧れて、ヨガの不老不死の秘法を求め続けました。
ここから藤本氏の苦悩(?)が始まります(‐^▽^‐)。


日本でのババジ研究の第一人者であった関口野薔薇氏はこう語ります。


「人はなぜ300歳まで生きようとしないのか?ババジのように不老不死をめざさないのか?人の命に制限なし。死は因習的観念である。
(中略)
人間は老衰もなく、死もないのである。死は断じてないのである。」
                 

         『不老・不死ハサヨガの行法』より

この本を読んで感銘を受けた藤本氏は、著者の野口氏に連絡を取ったのですが、とき既に遅く、彼は既に亡くなっていましたた。

享年78歳。

その時の藤本氏の嘆きは大きく、


「なぜ?なぜ、これほど深遠な真理を悟っておられながら、亡くなられたのか!われわれに人間は300歳までだって生きられる!と断言してくださった氏がなぜ?」


と、深くショックを受けたようでした。


一般的な目から見れば、78歳なら「早死」というわけでもありませんが、「人はなぜ300歳まで生きようとしないのか?ババジのように不老不死をめざさないのか?人の命に制限なし。」
というような世界ではまさに「早死」なのでしょう。


他にも「ババジの長寿法」や「ヨガの長生き法」などを指導していたヨガ行者たちが何人も平均寿命前に亡くなっているそうです。


そもそも聖者ババジに実際に会ったという人々も長寿ではなく、


ラヒリ・マハサヤ(ババジの直弟子。享年67歳)。
スリ・ユクテスワー(ババジの孫弟子。享年81歳)。
パラマンサ・ヨガナンダ(ユクテスワーの弟子。享年59歳)。

となっています。


皆、ババジの秘法クリヤ・ヨガを修めたヨガの大家なのですが、不老不死とは程遠い年齢で亡くなっています。

これは「ババジの秘法」などとは関係なく、ヨガの世界全体に言えるのかもしれません。


実は「ヨガの大家や行者は普通の人より老けている」人が多いのだそうです。

もちろんその逆の例も僕は知っているので、一概にそうとは言い切れないとは思いますが。


藤本氏の師であるスワミ・シバリンガム氏は、38歳のときには髪も髭も真っ白だったそうです。


それを疑問に思った藤本氏は師に


「ヨガを毎日、3歳のときからやっていながら、どうしてそんなに老化したのですか?何もしないで邪食や体に悪いことばかりをしている日本人の同年齢の人のほうが、よほど師より若いのではありませんか?」

と尋ねました。


師はこう答えました。
「自然に白くなった!これはナチュラルだ」


・・・おいおいと突っ込みを入れたくなるような答えですが、さすがに藤本氏も「これは何かが間違っている」と思ったそうです。



「現代ヨガの会」の主宰者である山手国弘氏は藤本氏にこう告げました。

「藤本さん、注意しなければいけないのは、インド・ヨガにも泣き所があるのです。

それは観念の瞑想法ばかりに執着して、毒素が全身をまわり老化を早めているのです。バグワン・シュリ・ラジニーシを見てごらんなさい。
50歳少しなのに80歳くらいに見えたでしょう。

マハリシ・マヘッシュ・ヨーギにしても50代なのにもう80歳以上の老人に見えます。インド・ヨガには欠陥があるのですよ」

このように藤本氏に語った山手国弘氏だが実は72歳で亡くなっています。


山手氏の弟子によると、生前彼はこう語っていたそうです。

「山手さんは、『自分は、最低でも200歳以上生きる』と話していた。
『屋久島の縄文杉は七千数百年生きているといわれている。同じ細胞の起源を持つ人類が、100年そこそこしか生きられないはずはない。』
『人類は少なくとも1000年以上生きられるようにならないと、本当の霊性は発揮できない』とも言っていた。
『現代ヨガの会』で、彼のエネルギー共鳴を直に浴び、彼の肉体の若返りを見ていた我々だけは、少なくともそれを疑っていなかった。」
    『メディテーション ~イルカの夢、ヒトの宇宙~』より

このように語っていた山手国弘氏が72歳で亡くなるとは、藤本氏もさぞかしショックだったことでしょう。

ちなみにバグワン・シュリ・ラジニーシ(和尚ラジニーシ)は瞑想ヨガの大家として有名です。
世界中で刊行されている講話録は600冊以上に及ぶそうです。享年60歳。

マハリシ・マヘッシュ・ヨーギは世界的に有名なTM(超越瞑想)の設立者です。



藤本氏は不老不死の秘密を求めて、インドやネパールで数多くのヨガ行者を訪ねたのですが、彼らの多くが年齢よりも老けて見えたそうです。


不老不死の秘密を求めてヨガの行者たちを訪ねたというのに、逆に彼らから
「若くなる方法を教えてくれ。何か教本があれば送ってほしい」
「どうしたら若くいられるのか?」
「何を実際に教えているのか?食べ物は?」
と質問攻めにあう始末だったそうです。


ここまでくると、さすがに藤本氏も不老不死の夢に対して、諦めとか割り切りの思いが出てきたようです。
著書の『超長寿人になる!』でこう語っています。

「まずは『若生きのまま平均寿命の80歳』、次に『100歳でありながら60代か50代の若さ』。ここをとりあえずの目標としたい」

不老不死は究極の目標として、現実的には「若生き」をするということのようです。

「能力や体の機能は30代とまったく同じ状態である。視力も両眼とも1.5。私はまさに30歳だといっていい。
(中略)
今、私の人生を振り返ってみると、内心『われ、若返り作戦に成功せり!』と何度も叫びたい気分になる。」


今でもヨガの指導者が30代から50代の若さで亡くなった話をたまに聞きます。


早死の理由について、「ヨガは鍛えてはいけない部分まで鍛えるためだ」と言う人もいれば、山手国弘氏が語っていたように「毒素が全身をまわり老化を早めている」のが原因なのかも知れません。


でも、結局のところ寿命の長さとヨガって関係あるのでしょうか?


ヨガをやっていれば健康で元気に生きられるようですが、ヨガをやっていようといまいと寿命にそう変わりがないような気がするんですよね。


運命論を語るわけではないですけど、人間は死ぬ時は死ぬのではないでしょうか?


たぶんヨガをやっている人の平均寿命の統計を取ったら、早死にでも長生きでもなく平均寿命と変わらないと思います。


ヨガ=健康に良い=長生きのようなイメージがあるので、たまたま若くして亡くなるヨガ行者がいると印象に残って、

「ヨガ行者って早死にする人が多いんだよ」

という冒頭で書いたような話ができたのではないかと思います。


実際に日本人初のヨガの直伝者であった中村天風氏のように、92歳という長寿を全うした例もあります。

早死にした例は印象に残っても、長生きした例は忘れられているだけの気がします。



*「ヨガ」は正確には「ヨーガ」が正しいようですが、日本では「ヨガ」の方が浸透しているので、本文ではそちらで統一しました。
*藤本憲幸著『超長寿人になる!』は現在絶版となっています。

相撲は神話時代の建御雷神(タケミカヅチ)と建御名方神(タケミナカタ)の戦いを源流とする武術で、元々は投げや組討だけでなく蹴りや突きも含めたものだったようです。



神事でもある相撲には、色々と霊的な意味合いもあるようです。

試合の始まる前に行司の言う「ハッケヨイ」は「発気用意」の意味だそうです。

オーラとか気を見ることが出来る人が見たら、相撲というのは凄いエネルギーが渦巻いているのが見えるのではないか?と前から思っていたのですが、もしかしたら下の動画のような世界かも知れません。


まあ、そんなことを考える間もなく、見ていて素直に笑えます(≡^∇^≡)





もうずいぶんと昔の話になりますが、魔術師、魔法使いといわれる人たちの儀式に参加させてもらったことがあります。


ゲームとか小説の中だけでなく、現実に魔術師、魔法使いといわれる人たちは実在します。


ただし、伝説やフィクションの中の人たちのような派手なことはできません。


魔術という神秘思想の実践者というのが彼らの実像です。



現代の西洋魔術師の大半は、19世紀末にイギリスに興った伝説の魔術結社「黄金の夜明け団」の系譜に属していますが、僕が参加させてもらったグループは違う流れを汲むものでした。


そこは黄金の夜明け団の体系だった魔術思想とは異なり、カバラ、ルーン魔術、マヤ・アステカのシャーマニズムなどなど色々と混じりあい、かなりごった煮感がありましたね。


メキシコに源を発するグループだそうなので、こんな感じの何でもありになったのだと思います。


メキシコは宗教的にも魔術的にも結構いろいろと混交するところなので、必然的にこういう魔術グループになりやすいらしいです。



さて、実際の儀式ですが、なかなか興味深いものでした。


ペンタグラムなどの神秘図形が飾られ、香が焚かれた部屋で魔術師たちがラテン語の呪文を朗々と唱えていきます。


天使が召喚され、場を浄めると同時に守護を願います。


続いて四大精霊を喚び出すというように儀式は進められていきました。


もちろん僕には天使も精霊も見えません(^▽^;)


でも彼らには見えているらしいです。


儀式後に彼らと話したのですが、どうやら光の塊(?)のような感じで天使などの姿が見えるらしいです。


ただ見え方は人によってバラバラらしく、光の玉としか認識できない人から、ハッキリと人型の姿で見える人まで千差万別のようです。


僕にはまったく見えないですねーと彼らに言うと、「ほら、そこにも天使がいるよ」と指をさして教えてくれるのですが、まったく見えなかったですね。


幽霊とかは見たくないですけど、天使とか精霊とかは見てみたいものです。だから、見える彼らがとても羨ましく思えました。


彼ら魔術師の中には、日常的に天使や精霊、あるいは神々と呼ばれる存在の姿を見て話す人もいるそうです。


一番羨ましい能力は星気体投射(今では殆ど使われない言葉ですが)の能力、いわゆる体外離脱でした。


彼らはこの能力でアストラル界という異世界を旅をし、幻想世界の住人と交流を持ちます。


グループ全員でアストラル界の神殿(彼らが作った)に行き、そこで高度な儀式を行い、様々な能力や知識を得たりすることもやるそうです。


現実界に帰還してからお互いの見聞きしたことを話し合うと、微妙なズレはあっても同じ体験をしたことが確認できるとのことです。



こんな話を聞いて、魔術師というものにメチャクチャ憧れを持ったのですが、すぐに諦めました。


今はともかく、当時は魔術を学ぶための本、いわゆる魔術書の日本語訳がほとんどなかったためです。


ですから、魔術師になりたければ最低限、英語の魔術書を読みこなす能力が必要でした。


英文を見るだけでクラクラする僕には到底無理な話でした(ノ_-。)


知識を力とする魔術においてこれは致命的です。


ここで根性のある人は「ならば英語を勉強しよう!」となるのですが、僕にはありませんでした(^▽^;)



今後、魔術師になりたいと思う人は英語は必須だと思っていた方がいいですよ。


今は邦訳の良書が多く入手できますが、それでも未訳のものが殆どですから。

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