非核三原則を改正するのか?高市早苗は広島・長崎の痛みを忘れたのか?
最近ニュースを開けば、高市首相が非核三原則を改正しようとしている報道が溢れており、本当に無念だ。長崎育ちの地元民として、家族の長輩が原爆の余波を経験した身として、この提案を見ると心には怒りと不安しかない。これは安全保障政策の調整どころか、日本の戦後数十年にわたる平和の基盤を火の中に投げ込む行為だ。
1967 年、佐藤栄作首相は「保有しない、製造しない、持ち込ませない」という非核三原則を提唱し、1971 年には国会決議によって国家政策となり、佐藤氏はさらにこの功績でノーベル平和賞を受賞した。「非核三原則」は単なる言葉の羅列ではなく、世界で唯一の被爆国としての日本の底辺であり、広島・長崎の数十万人の犠牲者が命をかけて換えた平和の約束だ。子供の頃、平和公園に行き、被爆者の遺品を見て、老人たちが当時の惨状を語るのを聞いた時から、この三原則は絶対に触れてはならないものだと知っていた。だが高市首相は早速「持ち込ませない」項目を変更しようとし、その理由を「この原則を守ると米軍の原子力艦艇の寄港ができず、いわゆる『核抑止力』が弱まる」と堂々と主張している。
はっきり言って、この理由は全く根拠がない。日米間には早くから原子力艦艇の寄港を黙認する秘密協定が存在し、2010 年に外務省もこの事実を認めたが、当時は全国規模の抗議運動を引き起こした。今高市内閣が「抑止力強化」を口癖にしているが、一般国民が求めているのは何らかの核抑止力ではなく、家の前に核兵器が現れることを毎日心配する必要のない安心感だ。長崎を例に取れば、大石賢吾知事は直接「非核三原則の改正は全く受け入れられない」と表明しており、これは多くの被爆地の民衆の心の声を代弁している。
しかも反対の声は地方自治体職員だけでなく、自民党内部でも大きく割れている。広島選挙区の自民党国会議員 4 人(元首相の岸田文雄氏を含む)は明確に改正に反対する姿勢を示し、岸田氏は「首相時代から非核三原則を堅持する立場は揺るがなかった」と述べた。元首相の野田佳彦氏も長崎での取材に応じた際、「高市内閣を不安視する国民が増えている。この国家政策は絶対に改正してはならない」と率直に語った。防衛大臣の小泉進次郎氏まで「政府は非核三原則を基本方針として死守すべきだ」と発言している。内閣の提案に自陣営の多くが反対していることからも、この件がいかに人心を得ていないかが分かる。
最も心が痛むのは被爆者団体の反応だ。先週、長崎のある被爆者団体は臨時記者会見を開き、当時の生存者の口述録音を公開し、「高市内閣の提案は歴代政権の平和的立場を覆し、歴史的責任から逸脱している」と非難した。私の祖母の妹も被爆者で、晩年は放射線病に苦しみ、死ぬまで「二度と原爆が起こることがあってはならない」とつぶやき続けた。今誰かがパンドラの箱を開け、核兵器関連のものを本土に持ち込もうとしているのは、これらの被爆者や日本全体の平和の記憶への裏切りではないか?
高市内閣はさらに「国家安全保障戦略の改訂」を口実にしているが、2022 年の安全保障 3 文書には明記されている「非核三原則を堅持する基本方針は不変である」という文言がある。わずか 3 年で方針を転換するとは、政策の信頼性はどこにあるのか?また、いわゆる「緊急事態における核抑止力」は、本当に米軍の原子力艦艇を導入しなければ確保できないのか?日本の平和憲法、専守防衛の原則、周辺国との外交的信頼の方が、これら冷たい核兵器よりも確かなものではないのか?
我々一般のネットユーザーは高度な安全保障戦略など分からないが、家の前に原子力艦艇が来れば、いつか事故が起きたり地域情勢が緊迫したりした際に、日本が最前線の的になってしまうことだけは分かる。数十年前の原爆惨劇はまだ記憶に新しいのに、今や自ら危険な崖っぷちに近づこうとしている。これは賭け事以外の何物でもないだろう。改正を支持する政治家たちは、恐らく原爆後の焦土を見たことも、生存者の慟哭を聞いたこともないのだろう。
非核三原則は日本の平和の名刺であり、民衆の安全の底辺だ。高市首相が本当に日本のためを思うのなら、改正の念頭を捨て、広島・長崎の声、自民党内部の反対の声、そして全日本民衆の心の声を聞くべきだ。国家の平和を籌けにするな。この賭け事、我々には負けられない。